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第8話 第2科警研/歩みは遠く

 呉川の宣言に、場の技術者たちが頷き言葉を返してそれぞれ散っていく。

 作業ドックの片隅。折り畳みのパイプ椅子が並んだ休憩のためのブース。皆、そこへと向かいめいめいに座り始める。

 市野と大久保、そして呉川は周囲の一般の技術者から離れ作製途中の電気自動車の所へと向かう。彼らが今、手にかけている最中の作品である。それは少なくとも20世紀の頃にモーターショーの片隅でイベントがてら紹介されていた様な実用に堪えないものではない。


 最高速290キロ、標準走行距離5000キロにもおよぶ超特S級のカスタムスポーツ、ガンメタリックの炭素繊維複合素材モノコックフレームに最新鋭の動力装置や、駆動源となる高出力の無接点ステッピングモーターが搭載されている。

 作製途中のモノコックフレームは低姿勢で疾駆する銀狼のごとき流線形を描き、その攻撃的な完成フォルムを予想させるものである。3人はその電気自動車の所に歩み寄ると、それを眼前に見ながら会話を始める。呉川に大久保が話し掛ける。


「呉川さん。それで、こいつの完成見通しはどんな感じです?」

「そうだな、動力炉装置・統合制御ユニット・駆動動力源。走るための基本部分はほぼ取り付け終わったな。あとは動作テストをして確認をとれば、装備品や外装部の取り付けにかかれるはずだ」

「そうなるとや――」


 市野が目を細め口を挟む。


「返す返すも、試験数値のミスが残念やな。動力炉のコンピューターシュミレーションには最低でも丸一昼夜はかかりまっせ。呉川はん、それを考えると、この遅れはかなり痛とうおまんな」

「しかたないさ。それよりも不用意に腹をたてないことだ。技術者として、万全を喫したいのは解るがな」


 呉川は市野を諌めるように言う。それを聞いて、市野は己れの中の腹立ちを飲み込んだ。


「それはさておき、ところで、志乃ぶ君たちはどうしてるね?」

「あぁ、志乃ぶはんでっか?」

「彼女だったら、フィールの服装の事でかなり盛り上がってました。何かまた、やりそうな雰囲気でしたけどね」

「何か? 何だね? 今度は一体――」


 呉川が珍しくも、大久保の言葉に困った様な途方にくれた情けない顔をする。呉川の不安に市野が答えた。


「そやな、フィールの頭のメットを取り外すよな事をゆうてましたけどな」

「頭のメットか」


 呉川はため息を吐く。だが、その顔はかすかに喜びが混じっている。


「と、すると、いよいよ始めるつもりだな。志乃ぶ君は」

「始める? 始めるってなにをですねん?」

「市野君、志乃ぶ君の研究テーマは君も知ってるだろ?」

「あ? あぁ!!」


 市野はふと脳裏に思いを巡らせる。そして、何かを思い出してやおら頷いた。


「アンドロイドの人間化やったな」

「そうだ、間違いない。おそらくは、フィールのプラスティックの外板の上にどうにかして人造の皮膚にするつもりだろう。頭部や指先が人造皮膚となっていたがそれを全身に施すんだろうな。頭のメットを外すのもその前段階だな」

「なんや随分面倒な真似をしよるなぁ」

「ま、好きにやらせるさ。もっとも上が認めればの話だがね」

「主任は、どうお考えです? 正直なところ、私は認めてほしいと考えているのですが」

「人間化を追求する改造をかね?」


 大久保は頷いた。市野はそれを難しそうな表情で見つめている。


「やってもいいと思ってる。いや、認めるべきだ。私はそう思うね」

「何故ですか?」

「きみがそれを言うかね。それは、君が手掛けたグラウザーを見れば、その答えはすでに出ていると思うが。どうかね?」


 呉川は、大久保に謎問答の様に問い掛けた。その問いに対して答える様に大久保はうなずき、市野もまたうなずいていた。先程のディアリオの逸話を思い出したのだ。そして市野は言った。


「なんや、なんのかんのゆうて、みんな自分とこで手掛けた特攻装警に情がうつっとんやないか。ま、わいも人の事は言われへんけどな」


 それに呉川が言葉を足した。


「市野君も、ディアリオにはかなり熱を上げて入れ込んでいたからな」

「いや、たのんますから、その辺は言わんといて下さい、呉川はん」


 市野は照れ臭そうにすると、額一杯に汗をかく。それに対して大久保が言葉を挟む。


「たしか、ディアリオは剣術のはずでは?」

「修得した戦闘技術だったかな?」

「えぇ、他が格闘術を修めたのにディアリオだけが違うんですよね」

「わいも、あまのじゃくやさかい。他のとはちごうた才能をディアリオの奴に持たせたかったんですわ。それにディアリオは構造的にフルコンの格闘技はちと難しいよってな」


 呉川は、そんな市野に笑いながら話し掛ける。


「それを言えば、私も同じだよ。何しろセンチュリーは、わしの趣味の塊だからな。大久保君、それを言えば君もグラウザーではそれ以上だったじゃないか」

「そっ、それは主任!」

「図星だろ? 市野君もそう思うだろ?」

「確かにそうですわ。特攻装警で一番手間くってんのはグラウザーやさかいな。衣服をしっかり着せとけば、ほとんど人間にしか見えへんしなぁ。あれはようでけとるで」


 市野の言葉に、呉川もうなずいた。大久保は笑いで答える。まんざらでもないのだ。

 そして呉川が問うた。


「たしかあれは、志乃ぶ君にはまだ正式には見せてないのじゃなかったか?」

「一度、第7号機の特攻装警だと言う事を伏せた状態でチラ見していただいた事はありますが、正式に特攻装警だと言う事は話してないはずです」


 ふと、市野が問う。


「そしたら7号機のグラウザーが、リアルヒューマノイドタイプに近いコンセプトのアンドロイドやと言う事は志乃ぶはんは知らんのか?」

「えぇ。ですけど、グラウザーの事を知ったら彼女の事ですから」

「はは、ぶんむくれるやろな。こっちが先にやりたかったのにとか言うて」

「いよいよ、収りが付かなくなるだろうなぁ」


 呉川は笑い顔で目尻をしかめながら、その目線を眼下に降ろし作製途中の車両に向ける。


「なぁ、市野さん」

「なんや? 呉川はん」

「もうこれで、何機目になったかな? 特殊車両は」

「ん、五つ目ですわ」

「そうか、そんなになるかね」


 呉川が笑う。


「だいたいが、わしらは車に関しては元々が専門外やったしな」

「やろうと言い出したのはどなたでしたっけ?」

「こちらのお方でおま」


 大久保の問いに市野は右手で紹介するように手の平を差し出し呉川を示す。


「おいおい」


 そう言いながらも呉川は笑っている。


「その手間をみんなもよろこんでいるだろ?」

「そやな、失敬」

「ははははは」


 大久保に至ってはなにも言えないでいる。ただ笑うしかない。


「なんのかんの言って、一番手間かかっとんのとちゃいまっか? こいつ」

「そうだな。性能から言ってもトップクラスだな」

「早く」

「ん?」


 大久保の盛らした言葉に呉川と市野が振り向く。


「早く、グラウザーがこいつを乗り回すのを見てみたいですね」

「あぁ、そうだな」

「せやな。さぞ、サマになるやろうな」


 大久保の言葉に二人はうなずいた。その気持ちは解らないでもなかった。


「そうだ、そのグラウザーだが今日はどこに行ってるんだ? ワシは何も聞いてなくてね」

「あぁ、グラウザーでしたら――」


 と、大久保が呉川の問いに答えようとしたその時である。


「主任! 大変です!」

「なにごとだ?!」


 他の場所で休憩していた研究員の一人が駆け込んできたのだ。


「緊急回線に情報入ってます! 所長の行ってる有明がえらい事になってますよ!」


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