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第8話 第2科警研/夢見る彼女たち

「でも、結果として成功してるじゃない」

「そ、それはそうだけど」


 志乃ぶの反論に枝里が言葉をつまらせた。その沈黙の隙を縫うかのように問いかけたのはゆきだった。


「そう言えば枝里さん」

「ん?」

「フィールの頭のヘルメットなんですけど」

「あぁ、コネクターシェルね」


 枝里がゆきの問いに答える。ゆきはその答えにゆっくりと深く頷く。


「あれ、何とかならなかったんでしょうか? あたし技術的な事はまだまだですけどせめてあれだけはやめたいんですよね。ちょっとかっこ悪いですし」

「それは、こっちに言ってよ。どうしてもあれが無いと無理だって言い出すんだもの」


 枝里は当惑気味に隣のカスミを指さす。カスミはトンボ眼鏡の裏側でおそらくは目を見開いただろう。彼女は驚いて反論する。


「ちょ、ちょっとまちいな! 確かにあれなしでも何とかなったかもしれへんけど、あのフィールの2次システムの構造がどないなのか覚えとる? 頭よ? 頭! 頭のメットに翼が付いとるんやで!? その翼を直接、マウントするための土台を作らなくてどないすねん! 頭がもげてまうがな! フィールが禿になってもええっちゅうんか?」


 まくしたてるカスミに直美が朴訥に低い声で簡潔に告げる。


「設計ミス」


 開発当時、直接に設計を担当した枝里もカスミも言葉を失い座が静まりかえる。だが、オリジナルアイディアの発案と指示を出した張本人に皆は気付いた。ふと、4人は1人1人に視線を収束して一つの方向へと向ける。その先には志乃ぶが居る。

 自分の方に向けられた矛先に志乃ぶは、満面の誇りの笑みを浮かべてそれに抗する。


「なに言ってるのよ。そう言うみんなも、喜んで賛成したじゃない。あたし覚えてるわよー」

「そうやけど……けど、アイディアを出す方は言うだけ言えば、そら楽やがな」

「そう言いながら、喜んで計算に没頭していたのは誰!?」

「うちです」

「2次システムのアイディアをマジになって言い出したのは誰だったっけ?」


 枝里も志乃ぶの言葉に黙らざるをえない。腕を組み、じっと目を閉じてし

まう。


「カスミだけじゃなくて、みんなも何のかんのと喜んでやってたじゃない。結果は結果よ、後から改善すればいいわ。それに。ちょっとこれみて」


 志乃ぶはそう告げつつ、テーブルの片隅においていたパッド型のPCを操作する。そして、その画面の上にとある文書ファイルを表示させた。


「ちょ、これって?」


 そこに記された画像の意味を最初に理解したのは枝里だった。


「フィール、2次改造プランのラフ、これでもいちおう改善案は考えてるのよ?」


 志乃ぶの言葉に、顔色を明るくしてゆきがたずねた。


「ほんとですか?」

「うん、頭のシェルに関しては、取れないまでも何とか小型化できないか、色々とプランを練ってるのよ」

「それでどうなるんですか?」


 ゆきはさらに尋ねる。その声に期待が浮かんでいた。


「技術的には明るいわね。もっとも、あたしのプランの上での話だけど」

「どうするつもり?」


 事務的な落ち着いた声で直美が尋ねる。


「うん、基本的には頭部頭蓋骨を二重構造にするの。これまでのシェルタイプの頭部に相当する物は内部骨格として強度を維持して。その上層に人工頭髪を含むもう一つの頭蓋を設けるの。内部頭蓋と戦闘装備のヘルメットの連結はヘアーアクセサリー見たいな物に偽装するか、頭蓋骨内に収納できるようにするわ。そうすれば見掛け上はあのメットみたいなシェルとお別れできるわ」

「ねぇ志乃ぶ。ひょっとして、頭髪をすべて再現するつもりなの?」

「もちろんよ。ここまできたら、あの娘を本当の女の子にするわ。ファッションだけで満足しないし、お化粧もおしゃれも。あたしたちと同じ、本当の女にしようじゃない」

「当然よ、それがやりたくてあたしは志乃ぶについてきたんだから」

「そうか、たしか直美のテーマって『人間と機械の同一化』だったわね」

「えぇ、人間と機械の垣根を限りなく取り払えたら人はどこまで進化できるのか。それだけを考えてきたから」

「私も負けてられないわね」


 枝里も挑戦的な笑みを浮かべて思惑にふけった。


「彼女にもっと何をさせられるか。いいえ、何をしてもらえる様になるのか」

「いっその事、変身でもさせる?」

「面白いわね。七色のイルミネーション光でもばらまいてみる?」


 枝里がめずらしくも志乃ぶの言葉に吹き出して笑った。志乃ぶはからかいながらも枝里に問う。


「できるの? そんな事?」

「簡単よ。ホログラフィーかレーザー光投影でイルミネーション光はできるし、2次システムのヨロイを誘導磁場かジェット流で自動装着するのも考えられるわ。あたしならできるわ」

「プリキュア――」

「なにそれ?」

「いまネット放送で再放送やってるアニメよ」

「レトロねぇ」

「そう言うあんたも少しは常識ってもんを持ったらどうなの?」

「常識が無いのはどっち?! アンドロイドにはアンドロイドだけの能力があってもしかるべきよ! なぜ機能性を制限してまで、人間臭くする必要があるのよ! 第一無駄だわ」

「機能が高ければいいってものじゃないわよ! それを言うなら人間らしいのも機能の一つでしょう?!」

「でも、それだけを考えても意味はないわ! それに………」


 志乃ぶと枝里は、己れの守備範囲のアンドロイド工学のそれぞれの持つ理念を武器にプライドを剥き出しにして噛み付きあう。敵意と言うよりはライバル意識だ。二人の攻防はやまない。そのやりとりを直美やカスミたちは冷静に傍観している。


「またいつものケンカが」

「おっぱじまったな」


 直美とカスミはまた初まったかとばかりにつぶやいた。こんなときは二人を放置するに限る。下手につっこむと巻き添えを喰うからだ。


「でもなぁ」


 カスミが突然呟いた。


「フィールをさらに人間らしくすると、また大変やなあ」

「どうしてですか?」


 不思議そうにゆきが問う。その問いにカスミはまじめに答えた。


「フィールの構造設計や強度計算とかが、はじめからやり直しになるねん。今までの構造に足すことの人間としての外見部分がくわわるやろ? そうなると頭髪も考えてるって事は人工の皮膚も当然あるって事になるしな。外骨格に人間の様な皮膚を被せるとなると増加する重量をどう処理するか? 今までの部分を軽量化するか。フレームを兼ねている外骨格の素材や構造を根本から見直すか――まぁ、とにかく問題は山積やな」


 カスミが卓上に突っ伏しる。そこに直美が声を掛ける。


「そうね、人間らしいってことはつまりリアル・ヒューマノイドだってことだからね。人間とまったく同じ機能や外見の人工物を考えなければならないものね」

「そうそう――」


 カスミが顔を上げる。


「そして、それがウチらの仕事やからな」

「趣味の間違いじゃない?」


 直美が突っ込む。カスミもさすがにボケようが無かった。カスミはうれしそうに苦笑いする。

 そのかたわらでゆきが笑っていた。そして、すぐにゆきが尋ねる。


「あの?」

「ん?」


 それまで専門技術の会話を傍観していたゆきがカスミに問うた。


「あのリアル・ヒューマノイドって何でしょうか?」

「人間そのままのアンドロイドの事よ。世界中のアンドロイド技術者が夢に見る理想ね」

「人間そのままですか。じゃもっと露出度の高い大胆な服装もさせられるのでしょうか?」


 いつの間にか志乃ぶと枝里の論争が止んでおり、二人が3人の会話に加わってくる。そして、からかい半分に志乃ぶが告げる。


「いっそのこと、イブニングドレスなんかどう?」

「あ、イブニングドレスですかぁ? いいですねぇ。今日みたいなVIP警護の幅も広がりますし――、あ、完全に私服警官になって潜入捜査とかもいけるか――」


 ゆきはゆきで自分の守備範囲となるとトリップしやすタチらしい。それを見て隣で志乃ぶが笑った。


「あ、イっちゃったわね」

「帰ってこないわね」


 枝里も苦笑しながらもそんな彼女の気持ちが解っている。人間と寸分たがわぬアンドロイドはアンドロイドに携わった者なら誰もが夢見る一つの理想である。枝里も本心では多分に洩れない。技術的な課題やハードルが山積みなのは世界的にも周知の事実だ。これまでのアンドロイドは開発過程においてもどこかで妥協しているのがほとんどである。現段階でのフィールも同様である。

 そして、カスミが期待を込めて志乃ぶに問うた。


「それで、話を戻すけど。実作業にかかれるのはいつごろになる見通しやの?」


 枝里が憮然として志乃ぶに言い放つ。


「予算はどうするの? そんな簡単に許可は降りないでしょうね」

「え、そうなんですか?」


 枝里の言葉に、ゆきはトリップモードから帰ってきて思わず両手を組んで志乃ぶを見つめる。その横で直美は半ば真顔でつぶやく。


「せめて、事故でもおこってくれたら、修理代と称してねじり込むことも――」

「直美さん、それは」


 ゆきが今にも泣きそうな潤んだ目で直美を見つめた。彼女のその瞳には、さすがの直美も謝らずにはいられない。


「言い過ぎたわ、ごめん」


 場がしんとなってしまったその中で、志乃ぶだけが微笑みを絶やさないでいる。その姿は他の者の視線を集めずには居られない。枝里が志乃ぶにつっこんだ。


「あ! 志乃ぶ! あなた、何か企んでるわね?」

「あら? そう見える?」


 悪魔の微笑みで、悠然と胸を張って、彼女は背もたれ椅子に寄り掛かっている。


「あなたが何の目算も無しに、こういうことを考えたりする筈ないでしょ?」

「ふふっ。魚心あれば水心、予算の出処はなにも1つじゃないのよ?」

「やっぱり――、ほんとあなたのコネクションって得体が知れないわね」


 呆れ気味に枝里が言えば。カスミも言う。


「なんせ第2科警研の西太后やし」

「あら? 淀君でしょ?」

「エカテリーナ?」

「クイーンエリザベス?」

「ちょ――あんたらねぇ!」


 ノリと勢いで冷やかしが飛び交えば、志乃ぶはそれを苦笑しつつ聞いていた。


「それより……、次にフィールに着せてみたい服だけどみんな決まった? あたしはもう決めたわよ」


 布平は告げた。ふと、他の4人は、自分たちが何のためにここに居るのか改めて思い出した。


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