第8話 第2科警研/レディーズトーク
東京の西方――
中央線で都心から30分以上かけて向ったエリア、かつてそこは単なるベッドタウンでしかなかった。
だが、2039年の今は違う。その地域は、大首都圏の交通の流れをになうメガロポリスの一角を形成していた。
府中市。そこは超高速の中央リニアが走る情報発信都市である。
府中市からやや南に下った地域、京王線とある駅に中河原と言うのがある。その中河原の駅からちょうど西方の方角に白磁の施設が見える。7階建てでビルが4つ以上並んでいる。駅を降り徒歩で歩いてその建物まで十数分ほどである。
高さ2mほどの金網柵に囲まれたその建物の東側の正門は広く、2車線の舗装路と警備員の控えるゲートボックスがある。門の両側のアーティスティックな門柱にはその建物の名称を記した巨大な金属製看板がある。特殊コーティングのステンレスで作られたその看板にはこう記される。
文部科学省付属、府中第3合同学術研究施設群『中河原シヴィライゼーションイクイップメント』
よく見れば、警備員のゲートボックスにも、門から敷地内へと延びる舗装路にも、その施設の名が略号でそこかしこに書き記されている。『N.C.E.』――と。
敷地の中は極めて広い。ドーム球場1つ分はある。その広い敷地の中に十字状に広がる巨大な建物が東西南北に延びている。門を潜ればすぐに敷地内の地図看板が在り、敷地内に入っている様々な学術研究施設の名が記されている。そして敷地内の北側、そこは比較的人の出入りが激しくビル入口には入居している公的組織の名称が示されていた。
【警察庁、第2科学警察研究所】――通称『第2科警研』
そこは、アトラス以下、多数の特攻装警たちを生み出した地であった。
N.C.E.の北ブロックにある第2科警研は、研究ルームや作業ドックを中央ブロックの高さの低いビルの棟に持っている。その中央作業ドック棟の中、3階立てのビルの一角には、第2科警研のコミニュケーションルーム区画がある。第2科警研に関わる面々の集う娯楽室である。
そこで、5人の女性たちがミントグリーンの丸テーブルを囲んでいた。
その中の一人に、ミドルのストレートヘアーの女性がいた。肌は抜けるように白く日本人離れしていて、彼女がハーフ系である事を示している。髪の毛は濃い目の茶で、瞳には薄い碧がかかっている。
第2科警研オフィシャルの白衣の胸に下げられたネームプレートには顔写真とともに、彼女の名が記されている。
「第2科警研主任技術者:布平 志乃ぶ」
思案にふける彼女の前には、たくさんの女性ファッション雑誌が並んでいた。
大人向けのフォーマルな物から、ティーンエイジ向けのカジュアルな物まで、はては少女向けのピンクハウス・ミキハウスまで……、さらにはウォークマンサイズのデジタルマイクロビデオの再生機まである。雑誌から映像資料まで…そのジャンルは極めて多彩である。
その彼女の周囲で、同じくファッション雑誌に取り組んでいる女性たちがいた。丸テーブルを囲んでいるのは彼女の研究作業班のメンバーであり彼女の旧知の人物たち。その一人、長いロングヘアーの切れ長の目の女性が、布平に問い掛けてくる。
「あの子、うまくやってるかしら?」
ロングヘアーの女性――互条 枝里は言葉を続ける。
「確か、今回のフィールの任務ってVIPの護衛よね? SP任務は初めてのはずだけどあの娘に勤まるかしら」
枝里の言葉に志乃ぶは悪戯っぽい笑みを浮かべながらも、やや力をこめて問い返す。
「枝里、自分の手掛けた娘の事が信用できないの?」
「そんなんじゃないわよ。ただ今回のあの娘の相手って、主に海外の学者や知識人たちじゃない? モラルや理解力のあるタイプだったらいいけれど、頭の堅い古いタイプとかち合ったら、あの娘、何を言われるか解らないわ。それに、まがいなりにも国賓クラスの人物と応対するわけだから、ミスは絶対に許されないし」
エルジャポンを開いて読みふけっていた巨大なトンボ眼鏡の女性が顔を上げる。5人の中で唯一の関西系で、名を一ノ原カスミと言う。
「まぁ欧州の方やと、いまだにアンドロイドに偏見をもってる連中はけっこうおるようやしなあ」
「そういうことよね」
カスミの言葉に絵里が続けれるが、カスミの方はその意図はまた違ったもののようだ。
「けどフィールの器量ならその辺もうまくこなすと思うで。なにしろ〝不気味の谷〟対策は完璧やさかいな! ホンマ心配性やなぁ枝里はん」
図に当たっているので返答の二の句が告げなかった。枝里は、手にしていたファッション雑誌を閉じると、やや荒っぽくテーブルの上にそれを投げ出す。皆が、かすかに声にならない笑いを洩らすのにいくらの時間もかからなかった。
その時、テーブルの片隅から気の抜けたスローテンポな声が流れてきた。ショートボブの典型的な卵顔の日本美人で、金沢 ゆきと言う。
「そう言えば、今日のフィールですけど」
ゆきが笑顔で告げる。
「あの子、警察の礼服がとても似あいますよね。顔立ちが幼いからちょっと心配だったんですけど」
「そうね、これまでも色々と着せてみたけれど、最初は警察のアンドロイドが礼服を着るなんて当たり前すぎると思って考えもしなかったから一度も着せた事が無かったものね」
枝里の言葉にゆきは頭上を仰ぎ思い出してみる。その隣から志乃ぶが言葉を差し込む。
「あたしから見ても今回の礼服はなかなかの傑作よ。ゆきも着付けをしてみて鼻が高いでしょ」
ゆきはうなずく。
「はい。あの娘はプロポーションとてもいいんですよ。服装もとても選ばない。典型的なモデル体形ですから、何でも着てもらえると言うのはたまりませんね」
「理想体形ね」
枝里が感心して言う。その目つきが心持ちに本気になっている。
「あら? 枝里さんたら、羨ましいんですか?」
ゆきが真顔で見つめた。枝里が不意に眉を曇らせる。
「そ、そんなんじゃないわ!」
「そうですか?」
それまで、座の片隅で無表情にB6大のポータブルビデオに見入っていた大柄な女性がいたが、彼女――桐原 直美の前には、2028年モデルのパリコレの録画映像が流れていた。現地の生のフランス語を耳にしながら映像を熱し人眺めている。
直美はゆきと枝里のやり取りにアドバイスする。
「フィールは乾燥重量が約56キロで身長が約150cm。通常の生身の成人女性とほぼ同等。これまでのアンドロイドやロボットの常識から言えばありあえない数値ね。既存技術概念でやれば80キロは越してしまうもの。欲を言えば駆動源を今少し強くできてもよかったと私は思うわね」
「そうそう」
カスミは相槌を打ちながら続ける。
「今、思い出すだけでも気ぃ失うわ。何しろ、体重は平均的な日本人女性のそれを死守するのが第一命題やろ? それでいて戦闘活動にも対応可能な強度や出力が要求スペックなんやから――
それをごく当たり前のそこいらの女の子の体形でまかなおうって、どんだけ無茶ぶりやねん!」
「カスミ、あなた、基礎計算と強度設計にどれくらいかかったかしら?」
「1ヵ月! ラストは研究室に一週間缶詰やん!」
直美の問いにカスミはげんなりした顔で当時の事を思い出す。両手をテーブルの上につくと当時の疲れを思い出したかの様に頬杖をつく。
「あたしも反対したのよ、あれは」
考え込んでいた枝里も腕を組んで会話に戻る。
「ただの単純なヒューマノイド型のアンドロイドだったらかまわないんだけど、あの娘はれっきとした警官の役目を担った特殊なアンドロイドだもの」
さらに枝里は続ける。
「コンピューターシステムや動力源や、その他色々な特殊機器を詰め込むのに無理があったし。結果として、機能の一部を2次システムの装甲として分けなきゃならなかったしね」
「あの、ヨロイの事ですか?」
ゆきの問いに枝里がうなずく。そして、直美とカスミとが順番に追い討ちをかけた。
「あの2次システムの装甲を着せるのだって、大変だったしね」
「大体、軽くするんだって、強度を確保するのに最低限必要な重量ってのが必ずあるのよ。素材に関しては、素材技術のプロの市野さんの手助けがあったから何とかなったけど、戦闘能力と飛行能力を満たしつつ、空を飛ばそうなんて無理がでてくるのは当たり前なのよ。あたしはせめて65キロは必要だって言ったのに」
「だれかさんは、目標50キロにこだわるはるしぃ」
ゆきを抜かした3人は、横目・うわ目で志乃ぶを見る。その3人の視線は強烈に志乃ぶの表情を貫く。だが、当の志乃ぶは、その顔が硬質テクタイトであるかのごとく、何事もなく平和だった。
















