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幕間 知る人々/道化師

■東京スカイツリー、第2展望台屋上付近にて――


 そこは440mの絶界――眼下に首都圏東京の全てを見下ろせる場所が有る。

 日本国内最大のテレビ通信塔、東京スカイツリーである。

 その2つ有る展望台の内、上部構造となるのが第2展望台だ。さらにその第2展望台の屋上となる部分。もはや常識的な人間なら誰も近づかない場所なのだが、平然としてそこに佇んでいる人物が居た。

 それを人はピエロともいう、ジェスターともいう、アルルカンと呼ばれることもある。赤い衣、黄色いブーツ、紫の手袋に、金色の角付き帽子、角の数は2つで角の先には柔らかい房状の球体がついていた。襟元には派手なオレンジ色のリボン――、派手な笑い顔の仮面をつけた道化者。人は彼をこう呼ぶ、

 

――クラウン――


 ひと風吹けば落とされてしまいそうな剣呑な場所だというのに彼は悠然として立っていた。そしてその足元では第2展望台の屋上の縁に腰掛けて脚をブラブラとさせている少女が居た。

 純白の三つ揃えのスーツにシルクハット、さらには猫耳まで付いていた。おしりから生えていると思しきものは猫のようなしっぽである。それが楽しげに左右に揺れていた。そして猫耳少女は甘ったるい鼻に抜けるような声で問いかけた。

 

「クラウン様ー」

「なんです? イオタ」

「始まったねー、乱痴気騒ぎ! もうしっちゃかめっちゃか!」


 イオタは遠く離れた地で始まった事件を茶化して言う。それをクラウンもまた楽しげなニュアンスの声で答え返していた。


「ホホホ、当然ですよ。あのイカれたマリオネットたちにとっては最高のステージなのですから。で・す・が! いいですか? よーく、考えてご覧なさい」


 二人が向いていたのは真南で、その5キロほど先にあるのが有明の1000mビルであった。高さ的には彼らが腰をおろしている位置の方が100m以上は上であった。それが二人には見えているかのようなニュアンスがある。

 クラウンはイオタに向けて問いかける。

 

「あのビルは現在、4つのブロックに分かれています。そしてその中で、事件の対象となっているのは最上階の第4ブロック階層――だがその下のブロックはどうなると思います?」

「そりゃぁ――」


 イオタは少し思案顔になる。

 

「おっかないおまわりさんたちが上がってくるよね」

「そうです。そのとおりです。ではもう一つ。その状態でどうやって逃げるんでしょうかね?」

「え? 逃げる? 逃げるって――歩いて行くわけにもいかないし、空を飛ぶわけにもいかない――第一おまわりさんたちをどうするんだろう? やっぱ皆殺し?」

「日本警察数千人をですか?」

「え? ダメかな?」

「ダメに決まってるじゃないですか! たった7人しか居ないのに!」

「あ、そっか……、あ、でも、あれ?」


 そこまで呟きながら思案していたイオタだったが、そこに至って初めて疑問の確信へとつながったようである。

 

「――じゃあなんであんな所に行っちゃったの? あの人達?」


 不思議そうに首をかしげるイオタに対して、クラウンはカラカラと笑いながら告げた。


「さーて、なぜでしょうねぇ? おほほほほ」

「えー? 教えてくんないのぉ?」

「答えを先に言ったら面白くないじゃないですか。それとも推理小説を最初から犯人が分かった状態で読みたいですか?」

「そっか! それもそうだね」


 イオタはクラウンに諭されて素直に同意する。

 そしてクラウンは歩き出しながらイオタに告げる。


「さて、それでは私はそろそろ行きますよ。私も、あのお祭り騒ぎの中に行かねばならないので」


 主人であるクラウンの言葉にイオタは耳を震わせながら嬉しそうに問いかける。


「わぁ! 僕も行く!」


 喜び勇んでついてこようとするイオタに、クラウンは人差し指を立てて左右に振りながらこう諭すのだった。


「駄目ですよ、今回はあなたはお留守番!」

「え-! なんでえ?」


 クラウンからの拒絶はイオタにはちょっとショックだったようだ。まるで「プンスカ」と擬音でも表示させそうな勢いで膨れるイオタに、クラウンはイオタのその頭を撫でながらこう言い含める。


「私が今回、あそこへと赴くのは、ある方をお迎えするためです」

「お迎え?」

「ええ、そうです。とてもとても大切なゲストなんですよ。何しろあるお方からのたってのお願いでの仕事なのですから。それにあそこはあまりにも危険です。文字通り日本警察の全戦力が集中的に注ぎ込まれてます。そんなところにあなたを連れて行って怪我でもさせたくありませんから」


 そう告げながら何度も言おうとの頭を撫でるクラウンの仕草には、全力で部下のことを思いやる親心のようなものが滲み出てきた。それがわからぬイオタではない。

 すぐに表情を明るくしながら答えたのだ。


「うん! 分かったよ僕、おとなしく待ってるね!」

「ほほほ、いい答えです。でもその代わりちょっとした準備をしていてください」

「準備? どんなの?」


 素直に問いかけてくるイオタにクラウンは人差し指一本立てながらこう答えた。


「お迎えするのは女の子です。そうですねあなたよりちょっとだけ年上でしょうか。あ、いや、ある意味あなたの方が年上かも。ふふふ――まあどちらでもいいことですけど」


 不思議な物言いをするクラウンにイオタはつぶやく。


「変なクラウン様」


 そう言いながらイオタは立ち上がるとその場から移動しなく歩き出す。そして歩きながら不意に振り返り、こう問いかけたのだ。


「クラウン様、その子と友達になれるかな?」


 イオタも年頃である。彼女らしい言葉にクラウンはそっと答える。


「それはちょっと無理ですね」


 イオタの希望を否定する答え。彼女からの返事は返ってこない。だがそんな彼女の気持ちを諭すかのようにクラウンは告げた。


「いいですか? イオタ――」


 不意にくるりと振り向き腰をかがめて目線を下ろしながらイオタに告げる。 


「人間に散々苛められて傷だらけの野良猫がいたとして、その子を助けようとして手を差し伸べた時、どうなると思いますか?」


 その問いかけにイオタは何かに気づいたかのようにこう答えた。


「引っ掻かれるね」

「でしょう?」

「うん」


 言葉にイオタは表情を明るくして素直に頷いていた。


「そういうことです。仲良くなるということにも手順と時間が必要なのですよ」

「うんわかったよ。じゃあ僕、その子がゆっくり休めるように準備しておくね!」

「ふふふ、頼みましたよ」

「はーい!」


 そう笑いながら答えるとイオタは走り出し右手に握りしめていたステッキを振り回して円を描くとその円の向こうへと扉をくぐり抜けたかのように姿を消したのである。

 それを見送りながらクラウンもそっとつぶやいた。


「さて、では私も参りますか。あの乱痴気騒ぎのパーティーの舞台へ。そしてお手並み拝見と参りましょう!」


 クラウンは静かに歩み始める。音もなく霧の中に消えるように気配を隠しながら。そしてこの言葉を残したのであった。


「ねえ、特攻装警の皆さん。ほほほほほほ……」


 スカイツリー第二展望台屋上、通常なら誰も入れるはずがない場所。後には誰も残っていなかったのである。

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