第6話 第4ブロック階層/爆破
大音響が響き渡る。
フィールがジュリアに打ち倒されたのと同じ時刻だ。第4ブロックの中央台地の周辺、3本の巨大支柱の付近――
そこからビル全体を揺るがすような爆音が3度響き渡った。
爆破事件――それもかなり規模の大きい物だ。そして爆破現場である巨大支柱の附近を一目すれば、異常な事態である事は誰にでも推測がつく。ゴンドラエレベーターを含む3本の支柱の附近は広範囲に吹き飛んでいたのだ。
「総員配置! 民間人を退避させろ!」
号令が響き渡る。第4ブロックの全ての軽武装タイプの武装警官が目まぐるしく動き回った。その手に装備された軽機関銃――ステァーAUG・軽機関銃モデル――を構えつつ危機回避行動を開始する。
まず、そのフロアに居たサミット参加者を国際展示場内部に避難させる。被害者や負傷者は〝ゼロ〟にする事が彼らに課された絶対条件だからだ。
その一方で、不審な影が動いていた。盤古たちが最大級の警戒をしているその傍らで第4ブロックの各所で散発的に銃声と衝撃音が起こる。それが単なる爆破事故でない事はすぐに判った。
3つの異なる動きのシルエットが動き回っている。
這う様に物影を疾走する者――
障害物を切り裂き吹き飛ばしながら1直線に進む者――
幽鬼のように揺れ動きながら触れ得る物を燃え上がらせる者――
武装警官たちは彼らに抗い排除すべく攻撃を開始する。フロア内で飛び交う銃声は彼らの装備から放たれたものである。だが、どんなに必死の抵抗を試みようとも単なる防弾防刃目的の無動力のプロテクターのみでは限界がある。
軽武装タイプの装備は本来は生身の犯罪者との戦闘を想定しているためだ。仮にも凶悪な違法サイボーグや機械化犯罪であるなら自分の身を護るのが限界だろう。隊員たちを率いる小隊長たちは、難しい判断を迫られていた。敵が人間であるか――、否か――、その判断は急を擁するのだ。
そして、数少ない情報が集められる中、一つの判断が下される。
――彼らが交戦している相手、それは人間ではない可能性がある――
その意思決定をしたのは武装警官部隊・盤古を率いる大隊長の妻木である。ヘルメットの通信装備を介して全隊員へと一斉送信する。
「大隊長妻木より各員へ注ぐ! 敵は非人間タイプの機械化武装タイプの可能性がある。軽武装タイプは後退し要警護者の保護と誘導に専念しろ! 標準武装タイプはプロテクター動力をアイドリングモードから臨戦モードへと切り替えて交戦準備! 所持武装も全て動力を入れろ! 武器使用は無制限! これより全戦闘を許可する! 繰り替えす! 武器使用は無制限! 全戦闘を許可する! いいか! 絶対にサミットのVIPを傷つけるな!」
その音声が発せられた瞬間、全隊員たちが一斉に吠えた。
「了解!」
それは意思の統一である。そして、武装警官部隊と言う日本国内最強の戦闘部隊の矜持が試される壮烈なる戦いの時の始まりである。
ちなみに武装警官部隊・盤古の装備には3つある。
無動力で限定された防護能力と情報機能のみを備えた『軽武装タイプ』
装着者へのパワーアシスト能力を備え防護能力を強化した『標準武装タイプ』
さらにこれに加えて『重武装タイプ』がある。
襲い来る正体不明の3つの影、それは軽武装タイプの軽機関銃の弾丸など通用しないだろう。
だが標準武装なら全身のパワーアシストで、常人のレベルを超えた挙動と戦闘力が発揮可能だ。
通常は人目をさけて後方に下がっているが、その威圧的なシルエットでもって〝護る力〟を誇示することができる。
危険を最大限に回避するために最寄りの施設に押し込まれていた警護対象者だったが、幾人かが国際会議場の回廊の窓から外部の様子を伺っており、その視線は盤古隊員たちの有志へと向けられていた。日本警察が誇る〝護る力〟にこの場の行く末を委ねていることだろう。
標準武装の盤古たちは腰の装備ラックから大型の対機械戦闘用の特殊警棒を取り出し予備スイッチを入れる。振り出し動作1つでフル起動可能な飛び出し式高圧電磁警棒である。さらに彼らの所有する武装は軍用の汎用機関銃のU.S.M240E6のカスタムモデルだ。
中には担当個所により、グレネードのアーウェンや、12番ゲージショットガンなどと言った支援火器や、専用特殊装備に該当する装備を所持する者も居た。全装備が着々と起動して行き、臨戦態勢は完成していく。雑談もワイズダックも無いままに、不気味なまで沈黙によって盤古の戦闘準備は完成するのだ。
そもそも――
戦闘行動時の盤古は黙して語らない。その行動に関する通信と指令授受はプロテクター内に組み込まれたデジタル通信装置によって行なわれる。盤古独自のデジタル符形による暗号指令であり、万一、傍受されていても第3者には理解不能である。
戦闘エリアの各所で隊長と思われる一人が先頭に立ち、それ以外の者たちが各々の配置に付いた。
狙撃要員はその姿を隠しながら、見通しの良い身を隠せる場所のポイントへを確保する。いずれも、その足音はもとより装備からでる雑音まですらも聞こえない。その装備の中に含まれた特殊な消音装置のためである。盤古たちはそれを利用して再び建築物の影へとその姿を消して行く。
一方、警護対象者を守り避難と撤退を担ったはずの軽武装タイプは、本来の任務であるVIPの即時退避行動を完了させていた。多少の負傷者が生み出しているが、これも彼らの任務上はやむを得ない物なのだ。
そして、日本警察の布陣が変容する中で、三つの影たちの動きが一旦止まる。これまでとは様相の違う新手が現れた事を察知しビルの高見を見つけ、そこへと移動し眼下を見下ろし始めた。
状況を再判断できると言う事は彼らもそれなりに〝知性〟を有しているのだ。
今、眼下の抵抗者たちを睨みながら、その中の1人の長い黒髪の女が呟いた。
「出てきたわ。鉛の兵隊」
両の腕を組んでいて眼下で展開している盤古の行動をつぶさに観察している。組んだその指の先には真紅のマニキュアが引かれている。彼女の隣にいるのは、純銀の髪をなびかせた女だ。小羊を狙う猛禽の様に冷酷な視線を投げている。
「どこから殺る?」
さらにその足下に伏していたのは小柄なボブヘアの女。彼女は呟いた。
「どこからでもいい」
ほんの僅かに微笑むと、眼下の世界へ向けて早くも身構える。
「みんな消しちゃえばいい」
その言葉を耳にしつつ、純銀の髪の女が言う。彼女の問いに黒髪の女が答える。
「ねぇ、ジュリアはどうしたのかしら?」
「最上階に偵察に行ったら出くわしたらしいわ。本命に」
「あら? それじゃもうおしまい?」
「いいえ、逃げられたそうよ。二匹の警察犬に邪魔されてね」
「どっちでもいいわ。ローラの言う通り、邪魔するのはみんな消せばいいのよ」
「アンジェもそう感じる?」
純銀の髪のアンジェは頷き、そして、問う。
「それじゃ、マリーはどこから行く?」
黒髪のマリーは周囲のビルの高見を眺めて答える。
「そうね隠れたネズミをいぶりだしてみるわ。姿は見えないのに感じるの熱い吐息と、強い敵意を」
マリーが答えればアンジェはもう1人に尋ねた。
「ローラは?」
「めんどくさいから、正面から行く」
眉一つ動かさず小柄なローラは答える。そしてアンジェが締めるように告げた。
「決まりね。じゃ、あたしはローラとは反対側から揺さぶってみるわ」
そして、3人は頷いた。頷いたその瞬間に3人はその姿を消していた。
















