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第6話 第4ブロック階層/過去と未来

 英国のアカデミーの一団も彼らをあとに再び歩き始めた。一方で、カレルはフィールに歩み寄ると問いかけていた。


「フィール。あれが日本警察のほこる武装警官部隊『盤古』だね?」


 フィールがうなずき、その隣からウォルターが声をかける。


「はい」

「なるほど、ああ言うのは君の専門だからな。で、どうだね、専門家から見た感想は」

「皮肉かい?」


苦笑いを浮かべるカレルはウォルターの問いに真面目に答えた。


「人選と基礎教育は最高だな。ここの警備要員としては非常に優秀だと私は思うね。装備も日本の工業技術の粋が集められた最先端、頼もしい限りだ」

「同感だね。私もそう思うよ」

「ただし――」

「ただし?」

「裏を返せば、日本の治安レベルがそれだけ悪化している事でもある」


 カレルの言葉にウォルターは黙するしか無い。否定することが出来ないのだ。


「考えて見てほしい。一般に対テロ部隊と言うものは、衆目に知られている事は有っても、一般の民間人の中に混じって活動しているものは滅多に無い。だがそれが、こう言う国際規模のイベントの警備に出ている上に、しかも、軽機関銃の様な武装が配備されている。“例”のテロリストの上陸情報が絡んでいるとはいえ、大変残念だ――」


 それを受けて、となりからタイムが口を挟む。


「昔の日本は、世界で最も安全な国だったはずです。女性が夜に一人で往来を歩いても、まったく安全と言う国だったはず」

「時代の趨勢と言う奴ですかな」


 メイヤーがあいづちを打った。そして、ディアリオがそれを締めくくる。


「ですがそれは」


 ディアリオの声に、皆が振り向いた。


「我々、特攻装警も同じでしょう」


 ディアリオは淡々と冷静に告げる。うなずき納得する者もいれば、思案顔でディアリオの言葉を図りかねている者もいる。さらにフィールは、眉をひそめ少し沈んだ顔をしている。だが、ホプキンスはそんな空気を追い払うかのように言葉を継いだ。


「それでも、こうも言えるのではないかね? 盤古や君たち特攻装警がいるからこそ、今の日本の治安は守られている。20世紀から相変わらず治安の回復しない欧米と比べても、この国は遙かに幸せな国だ。銃の乱射ひとつ起こらない町並み――、欧米はもとより世界中でそれを求めているが、成し得ているのはほんの僅かな国々だ。だがしかし、この国の首都にはそれがあるのだ。世界の人々が願う理想が未だに残されているんだ」


 ホプキンスの言葉に皆が安堵の表情を浮かべた。フィールも気持ちに踏ん切りがついたらしく、自然な明るい声を発する。


「みなさん、参りましょう」


 集団が再び動き出す。

 そして彼らの前方に西エリアの展望フロアが見えてきたのである。



 @     @     @



 同時刻――、第1ブロックの周辺で時間を潰していた他の国のアカデミー使節団や、サミットに参加するの様々なジャンルの参加者たちはアナウンスと連絡を受けていた。


 直接にサミットに参加する者。

 サミット参加者をサポートする立場の者。

 あるいは、それをマスメディアへと伝達する役目のマスコミ陣。

 様々な人々がそのアナウンスを耳にしていた。


「これより、サミット会場への入場を開始致します。なお、入場開始時刻の繰り延べに伴いまして、サミットの開始時刻を12正午から、午後1時に繰り延べさせていただきます――」


 人の流れが動き出す。3系統のゴンドラエレベーターと、上り2系統の螺旋モノレール、それらすべては人の流れを上へ上へと運んでいく。

 エレベーターは、リニアモーター駆動と通常の回転式モーターを組み合わせて使用している。その昇降速度は1分間に60mで、ちょうど1ブロックを1分間で通過する計算である。ただし、5フロア毎の停止階が存在するので、その際の加減速を考慮に入れると、じっさいには若干それ以上の時間が入ってくる事が考えられる。

 一方の螺旋モノレールは、レールをまたぐ形式の物で東京モノレール羽田線と同様の物である。駆動源はリニアモーター。ハニカムファインスチール製のメインレールに対して、その両側から車体側のリニアモーターが配置され螺旋モノレールは走行する。

 三三五五に少しづつ、それらの巨大エレベーターや構内モノレールに人々が乗って行く。そして、第4ブロックの国際会議場へと人々を運んでいくのである。



 @     @     @



 有明1000mビルの現時点での最上階、第4ブロック最上階層、そこは一般向けの展望フロアだ。

 西・東北東・東南東の3方向に向けて広い視界が広がっている。そのフロアの様相はサンシャインやランドマークタワーの展望フロアの規模を大きくしたものと考えればほぼ間違い無い。とは言え、今日は国際規模のサミットの当日である。そこに英国アカデミーの者たち以外に姿はなく、展望フロアの様々な施設は開店休業状態である。


 その西エリア――、日本の首都東京と日本の首都圏を代表する大都市である神奈川・横浜がその眼下はるかに広がっている。湾岸から見降ろす、超高層の眺望は、湾岸線のラインも手伝ってか眼下の都市を手に取るように見栄えさせた。

 日本と言う名の一大パノラマのその彼方には、日本の頂を預る富士連峰の山々がそびえている。それを見てメイヤーが呟いた。


「いいね、こう言う景色は」

「そうね、オリエンタルマジックって言うのかしら。東京って独特の風情と緻密さがあるのよね」


 メイヤーの言葉にエリザベスが答えた。そして、彼女はさらに言葉を続ける

 

「でもよくよく見ると意外とツギハギなところもあるのよね」

「ツギハギ?」

「こう言う大都市ってロンドンもパリもモスクワも、放射状に伸びるメイン幹線道路と、環状に広がり横方向の移動をサポートするアクセス道路が充実しているのよ。でもよく見て。日本って放射状のメイン幹線道路は充実してても、横方向のアクセス道路は未発達なのよ。日本の道路事情の酷さは知ってるでしょ? 最近になってかなり改善されたけど、それでも他の国の大都市と比べるとまだまだよね」

 

 エリザベスは皮肉たっぷりに言葉を吐いた。一方で、メイヤーは丸い顔の中の波線の様な小さな目を丸くして驚いている。そして、少し困り気味に苦笑しながら彼女に問いかけた。


「なぁ、エリザベス。君、何か日本に個人的な恨みでもあるのかい?」

「そうね。あると言えばあるかも。ねぇメイヤー知ってる? ナリタトラブルって」

「いや? 余り詳しくは」

「今から――、そうね、約50年以上前ね。日本で新たな国際空港である成田国際空港を作る際に、1965年に日本政府は一方的に空港の建設を決定したのよ。その際に地元の住民と正式な対話を行なわないまま空港の建設を強行したために、罪も無い地域住民の反対運動を招き、あげくの果てに3000人以上の無実の人間を不当逮捕。そればかりか1978年の開港以来、半分程の空港用地が21世紀に入るまで確保できない自体が続き、その結果、滑走路が1本しかない世界でも類を見ないお粗末きわまりない国際空港が出来上がる結果となったのよ。つまり、早い話、当時の日本政府は、住民を無視して勝手に成田と言う空港を作ったと言う訳よ」

「ひどい話だな」

「その時の住民との軋轢はいまだに残っているわ。だからこそ成田の拡大を諦めて、東京湾の洋上に第3の国際空港を設けなければならなかったのよ」


 エリザベスは一呼吸置いてさら続ける。


「日本って個々の人間たちはとても優秀で善良なんだけど、政治的な駆け引きや利益がからむと、別人みたいに強欲で利己的な面が現れるのよ。あたしも建築関係の仕事で日本の企業とビジネスしたことがあるんだけど、日本国内の法律がらみの事になると途端にめんどくさくてね」


 その時のことは相当に不快だったらしい。エリザベスは眉をひそめている。


「特に役所や官僚との折衝になると、外国人だからって話を聞いてくれないことがよくあったのよ。日本人の政治的に力のある人に協力してもらって初めて要望が通ったの。その時の事がトラウマになってるのね。だから日本人のそう言うジキルとハイドみたいなところでたくさん嫌な思いをしてるから、どーしても疑ってかかる癖がついちゃってね」

 

 エリザベスはやや申し訳無さそうにメイヤーに説明した。メイヤーはエリザベスの隣で、彼女の意見をただじっと聞いていた。彼女の気迫に圧倒されたわけではない。アカデミーのメンバーの中でも年長の彼は、どんなに対立する相手でも、その者の語る意見をすべて聞いてから言葉をつぐむ癖がついていた。エリザベスの言葉を聞いてそれを咀嚼すると、優しく諭すように言葉を返していく。


「だが――」


 メイヤーの言葉にエリザベスは耳を傾ける。


「私から言わせていただけるならば、それは日本だけに限った話ではない。我がブリティッシュも非白人系の民族に対して横柄な態度を取ることがある。我々英国人だけでなく欧州に住む民族は、よくテロや民族運動の災禍に巻きこれることがあるが、それは我々の遠い先祖が世界中に対して巻き続けてきた災いの種と言うべきものだ。フランスもパリの街に憧れて世界中から人々が集まってくるが、現実に幻滅して欧州を離れる人は少なくない。ドイツも他国人に対して攻撃的な面が隠れているのは有名な話だ――、日本だけが特別だとは私は思わん」


 そう語るメイヤーの視線は穏やかで優しいものだった。


「古くはローマ、そして、大航海時代、さらには帝国主義時代――、欧州の発展は征服と戦争の連続だ。しかし、この日本と言う国はね、時にはお人好しといえるほどに、他国に対して低姿勢を貫く国でもある。礼儀を重んじ、手続きを大切にし、秩序を尊ぶ。それ故に融通がきかない面があるのも事実だが、どんな相手でも誠意と信頼を結べば末永くパートナーシップを結べる民族だ。かつてこの国に核兵器を落としたアメリカとですら日本は信頼関係を結んでしまったのだ。未だにかつての帝国主義時代の繁栄への未練を断ち切れていない我々ブリティッシュからすれば想像すらつかないことだ」


 そこまで語ってメイヤーは何かを思い出した。

 

「そうそう――今から6年前だったなぁ日本の常任理事国入りの前年だったかな、アジア各国、特に中国/韓国と歴史的な和解と言うニュースがあったな」

「あぁ、そんな事もあったわね」

「先の大戦での責任を巡って半世紀近い泥仕合を続けてきたが、日本はついにアジア全体での連帯の最大の障害だった日・中・韓の完全和解を成就させた。この時点から国際社会に対する日本と言う国に対する評価は全く変ったと言っていい。君は、その頃幾つだったね?」

「22です。カレッジの4年だったはずです」

「その時の事を覚えているかね?」

「いいえ、当時は建築関係以外のことは全く関心が無かったので」

 

 メイヤーの問いかけに、エリザベスは悪びれもせずに答えた。そんな今どきの若者の側面を隠そうとしないエリザベスにメイヤーは苦笑しながら諭した。


「そうか、それはいかんなぁ。もっと広い視野を持たんとな。それも右か左かと言う二極化した視点ではなく、様々な多様な方向からの視点だ。人間というのは生まれたときから対立と争いを抱えて生まれる宿命を負っている。それを肥大化させて騒乱と災厄を世界に広げるか、この世界に存在する多彩な視点と立場に共感する心を養えるか、人間の成長とはそういう所にあると私は思うがね」


 メイヤーの本分は、社会人類学と国際政治学だ。異なる理念が生み出す戦争と災禍について、若い頃から研究を続けてきていた。それだけに若く野心的だが頑なな感性のエリザベスに思う所が出てきてしまうのだろう。

 メイヤーは言い終えると横目でエリザベスの様子を伺う。すると過去の日本でのビジネスでの古傷が思い出させるのか少し難しい顔をしている。それを察してメイヤーは告げる。


「エリザベス、焦ることはない。時が解決することもある」

「えぇ」


 メイヤーの言葉にエリザベスは苦笑していた。

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