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第5話 リクエスト/休憩の対話

 鏡石は、ゴンドラエレベーターを用いて第1ブロックへと降りてきていた。

 目的は警備本部、第1ブロック内にある1000mビル特別分署の一角である。1000mビル内にも警察は存在する。もっとも、正式な警察署ではなく最寄りの有明に管轄を置く湾岸警察署の出張所であり特別交番と言う扱いである。この日、特別分署の会議室の一つが警備本部として用いられていたのだ。


「ご苦労」


 警備本部のドアを開けた鏡石を出迎えたのは、警備総責任者の近衛警備1課課長である。

 近衛は、警備本部の室内に据えられているビジネスオフィス用の椅子に腰を降ろしていた。

 その前の折りたたみテーブルには警備体制に関して記した書類が並び、傍らにはビルの警備状態を示す情報端末が据えられている。部屋の中央にはミーティング用の楕円形状の長く大きいテーブルがある。

 近衛が座っている所のテーブルの箇所には湯気をたてるコーヒーカップが置いてあった。

 

「あら、近衛課長、もうご休憩ですか?」

「ん?」


 近衛は鏡石の言葉に疑問の声を上げたが、その意味をすぐに解して笑顔で答えた。


「いや、色々と新たに思案しなければならないことが多くてね、すこし気持ちを落ち着けたくてね。どうだ君も?」

「はい、頂きます」


 近衛は同室内の片隅で待機していた女性警官に声をかけるとコーヒーをもう一つ持ってこさせる。それを待つ間に鏡石は近衛と向かい合うように席に腰を下ろした。

 

「でも、新たな思案って、また何か問題でも?」

「いや、問題というほどではないが、第2科警研からの連絡で新たに研修名目の者が回されるそうだ。新たな新人という事だが、新谷所長が迎えに行っているよ」

「新人? 第2科警研の? 新人の技術者をなんでわざわざ所長さんが現場で迎えるのかしら?」

「その新人と言うのは技術者ではないよ。まぁ、彼としてはここでじっと待っていられないみたいでね」

「行ってしまったんですね?」


 鏡石の言葉に近衛は頷いた。

 

「せっかちだなぁ、相変わらず新谷さんは」

 

 鏡石は苦笑いする。自らも技術者としての面を持つ鏡石は新谷の仕事ぶりや人となりに感じ入るところがあった。


「あの方、じっとしてないんですよね。身体を動かしてないと落ち着かないみたいで」

「しかし、あの方は有能だよ。技術者として頭でっかちではなく、組織のリーダーとして広い視点を持っている。特攻装警という難しい目的のために組織という物の複雑なバランス調整を行いつつ、困難なプロジェクトを着実に進めているからな。加えて対外交渉も巧みだ。わたしもエリオットの開発の際には大変世話になった」


 特攻装警の開発は、配属予定の現場との連携が必須となる。真に必要とされる性能を現場の意見から汲み取り、それを開発現場へとフィードバックしなければならない。鏡石はその困難さを技術者として理解できるからこそ、近衛の言葉の意味が痛いほどよく判るのだ。


「そう言えば――」


 近衛は鏡石を見る。


「他の方はどうなさったんですか? お一人しかいらっしゃらないんですね」

「あぁ、その事か」


 近衛は鏡石の問いに微笑むと、目の前に有る情報端末を鏡石の方へと向ける。それは、若干厚みのある液晶ディスプレイと、ボタンレスの薄膜キーボードとで作られた比較的小型にして簡潔な物である。

 近衛はそれを見せて鏡石に答える。


「これがあるから、誰もいらないんだ。ここは私一人が、いざと言う時に頭を抱える部屋だとでも思ってくれればいい」

「かかえる事態にならないといいですわね」

「そうだな」


 近衛はその言葉に思わず苦笑いした。鏡石は近衛にさらに問うた。


「その通信端末だけで、今回の全ての警備体制を管理なさるのですか?」

「そうだ。今後もペーパーレスとネットワーク化をさらに進めて、警備体制管理のための装備の簡略化を行っていくそうだ。今回は言わばその試金石だな」


 近衛は再び頷く。鏡石は感心しながらも近衛の方へと歩いて行く。鏡石は、へぇ、とでも言いたげな表情で通信端末を覗き込む。


「あ、これって新型の双方向通信なんですね」

「うん、私は詳しい事は判らんのだが、この端末では、このディスプレイパネル一枚でお互いの顔を見れるらしい。現場に居ながらにしてこの警備本部と打ち合せが出来ると言う事だ」


 この端末のディスプレイは、偏向フィルターと液晶シャッターの組み合わせる事によって同じシステム内に液晶ディスプレイと小型のパネル型カメラを詰込む事に成功した物である。鏡石も、通常の液晶型ディスプレイと小型CCDカメラとで、同様の原理で作り上げたものは見たことがあった。だが、それでもここまでコンパクトにまとめあげた物となるとまったくの始めてである。


「ところで、このビルの管理システムの状態はどうなってるね?」

「はい、90%程は完了です。あとは最終チェックを待つのみですので、もう10分ほどしたら入場の指示を出せると思います」

「そうか」


 鏡石は持参した小型情報ターミナルを開く。そして、最終チェックとしてビルの管理システムのモニター回線へと接続する。

 そこに接続するには、本来なら何重にも仕掛けられた厳重なプロテクトを掻い潜らなければならない。だが、鏡石は情報機動隊の特権として、トップランクのアクセス権と管理用IDコードを行使することが可能だ。そのためどこからでも自由にアクセスできるのである。

 鏡石が端末を起動させると、さっそくそこに他の情報機動隊からアクセスが開始された。


【鏡石隊長へ連絡。             】

【ビル管理システムの最終チェックの準備完了 】

【チェック開始の支持を請う。        】


 鏡石は、ディスプレイに表示されたその文面を確認して、即座に返事のメッセージを返した。


【鏡石了解、これより、最終チェックスタート 】


 そして、モニターへと表示される進捗状況を眺めながら、鏡石は出されたコーヒーカップを手にする。

 

「よしっ、これで最終チェックが終わればオッケーね。時間的余裕は10分ってところね。近衛課長、サミット開始に間に合いました」


 鏡石の言葉に近衛は頷いた。

 

「そうか。助かったよ」

「いえ、これくらい当たり前です。それにまだ最終チェックが完了して始めてOKなので」


 当然と言える言葉だ。その言葉に頷きつつも近衛の思案顔は晴れないままであった――


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