第5話 リクエスト/案内役
――やがて、列車は有明1000mビルの地下駅へと滑り込んだ。
有明1000mビルは、有明の余剰土地区画を巧みに利用し、首都高速湾岸高速線をまたぐ様に構築されていた。そのアクセスには有明の「ゆりかもめ線」や首都高速湾岸高速線、営団地下鉄湾岸線、そして、大深度の高速地下鉄道が用いられる。
ビルの周囲には、首都高へと繋がるハイウェイが多数延び、その地上/地下には、多数の鉄道路線が繋がれている。東京湾の海上空港から延びる地下鉄道も繋がれていた。そのため、このビルは湾岸都市「有明」の交通の中心ともなっていた。
1000mビルの第1ブロックは一般に広く開かれたオープンエリアだ。誰もが、自由に出入りできるコミニュケーションエリアとなっている。ショッピングモールから文化施設や娯楽エリアなど多彩なエリアが構築されている。この日も、ビルの施設の全てがサミットのために御される訳ではない。施設のその大半は、すでに一般向けの営業を開始していたのだ。
欧州科学アカデミーを含む全てのサミット参加者は、有明のビルの空間を目の当たりにしながら、それぞれ思い思いに行動を始めた。
ショッピングモールにくりだす者、
カフェテラスなどで休憩する者、
サミット事務局の手配した休憩所で休息をとる者、
そして、ビル内の個人的に関わりのある企業に面会に行く者まで現れた。さらには、場所を借り個人的な仕事を始める者も――
秒刻みのスケジュールを送る特S級の学識者・知識人には、使える時間は例え1分でもおしいと言うのが本音だろう。一方、英国アカデミーの面々はフィールに案内役をたのみ1000mビルの内部を散策していた。無論、常時開放されている第1ブロックのみだが。
フィールは彼らを、ビル内部の螺旋モノレールへと案内する。螺旋モノレールはビル内部の空間の内周部を螺旋状に這うように昇っていく。フィールはアカデミーの面々をモノレールの最後尾に乗せて上を目指す。それにはほとんど彼らしか乗りあわせておらず、そこから見えるビル内部の景観は彼らの独占である。
そこからはこの1000mビルの重要箇所が良く見える。自然とウォルターたちは、感じた疑問をフィールへとぶつける。
ビルの子細な数値データ――
構造物の学術的な解説――
管理システムにまつわる情報処理の面での技術情報――
この1000mビルの政治的/経済的な面での意義――
さらにはこの1000mビルが立てられた経緯までが質問対象に上っている。
フィールはそれらを流れるような巧みな弁舌で解説していた。
「この有明1000mビルは、基本発注者を東京アトランティスプロジェクト推進理事会としており、また、ビル自体はその所有権を地権者である東京都と東京アトランティスプロジェクト推進理事会としております。そして、当ビルは、すでに一般のマスコミなどでも報じられている通り、東京アトランティスプロジェクトの一部として計画されました」
モノレールからは有明の地の腑観図が見えようとしていた。その遠くには、レインボーブリッジの向こうに東京都23区の姿があった。
「そもそも、東京アトランティスプロジェクトは、海外の諸国の大都市と比較して大きく立ち後れた首都東京の国際競争力や、経済能力を強化発展させるために企画されたものです。そして、その背後には日本単独ではなく、汎アジア規模の経済復興のための試金石としての意味合いが含まれております」
頷く者もなく、皆、じっと彼女の解説を聞き入っている。
「20世紀末より、戦後日本はアジアにおける経済復興の牽引役ともいえる立場で様々な方面で活躍してきました。ですが経済支援の偏重や、日本国内への企業参入へのハードルの高さなど、アジア諸国との交流は今一歩、公平さと自由に欠ける物であり、バブル経済期の経済的乱開発の問題もあり、20世紀末の日本は大きく不評を買っておりました」
その言葉に、エリザベスが大きく頷いた。傍らで、ウォルターが渋い顔をしている。ガドニックは二人の仕草に苦笑するしかなかった。
「これに対し、21世紀に入り日本国内では政治にも方針が不安定な時期に入り、幾度かの政権交代を経て、周囲のアジア各国と対等な国際関係を結び、これまでの不均衡な経済関係から脱却しようと言う動きが起こりました。これにはその背景に、第2朝鮮戦争の勃発や。中国の内部分裂危機、中・台統合問題における大国の干渉など、アジア全域へと波及しかねない紛争危機の問題がありました。さらには中近東のイスラム軍事勢力の世界的な拡大による、国際的な紛争不安が広がったことにより、それまでのアメリカ偏重の平和維持システムから脱却しアジア独自の国際平和維持のための体制確立が急務となっていました」
20世紀から21世紀にかけて、世界は戦後の発展の時期を終えて、混迷と停滞の時代へと突入した。その中で日本は平和国家としての使命と、独立国家としてのアイデンティティについて悩み苦しみ続けてきたと言っていい。
「その結果――まず、中国/韓国を除く、各アジア諸国は日本を中心として大規模な政治同盟を準備するに至り、4年前についに政治的に新たに生まれ変わった新中国/新韓国が合流することでアジア全体規模の政治経済連合である「T.A.A.(Total Asian Assocition)」が発足する運びとなりました。日本は、国際社会。特に汎アジア圏における国際貢献の最終段階として、東京湾をメインステージに、日本国が主体で巨大開発事業を起こし、これをT.A.A.に参加するアジア諸国を対象に一定条件のもとに開放し技術経済の両面から諸外国と協力しあう巨大経済計画――東京アトランティスプロジェクトを発表する事となったのです」
フィールは流れるように説明を続けた。その解説の言葉に皆、静かに耳を傾けていた。
しかし、エリザベスはその小首を傾げながらつぶやいた。
「本当にそうかしら?」
エリザベスはポツリと洩らした。
「はい?」
フィールはエリザベスの方を向き彼女の顔を伺い見る。それをして、エリザベスは慌ててかぶりを振った。
「ううん、何でもないわ」
それっきり、彼女は窓の外を向いて沈黙を守った。
エリザベスの髪は、ケルト神話のミューズの様なプラチナブロンドだ。腰の附近まで延びたそれが一種のベールとなり、彼女の本音を巧みに隠す。無論、それっきり誰も話し掛ける事はできない。
フィールも止む無しと言った風である。
















