表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/470

第4話 ブリーフィング/憧憬のヒーロー

 彼らが姿を消すと、あとにはエリオットと近衛と新谷の三人だけが残された。

 近衛は駐車場に設置してあった液晶プロジェクターをスタンドごと片付ける。新谷はその手伝いがてら液晶プロジェクターに繋がれた小型のタブレット端末を片付けている。

 半ば無意識だったのだろう。新谷の口から言葉が漏れた。


「しかし――あれからもう5年以上も経つのか」


 新谷が漏らした言葉に近衛は、手持ちの小さなバッグに液晶プロジェクターを詰めながら感慨深げに言葉を返す。


「えぇ、5年です。長いようでもあり、短いようでもある」


 新谷は片付けたタブレット端末を近衛に手渡しつつさらに声をかける。


「ワシも無我夢中だったからな。気がついたら今この場に立っていたように感じる。それにこの計画を一番親身に支えてくれたのは近衛さん――アンタだからな。現場の苦労に比べれば、儂らの様なホワイトカラーの苦労など吹けば飛ぶようなチリみたいなもんだ」


 近衛は新谷から受け取ったタブレット端末もバッグへと仕舞いこむ。


「何をおっしゃいます。上層部のあんな無茶な要求を阻止できなかったのは私の責任です。それに当時の警備責任の問題もある。私がこの特攻装警計画のために汗を流すのは当然の責任です」


 近衛は謙遜する新谷に対して毅然と言い放った。そして、新谷もまたそんな近衛の態度を否定すること無く静かに受け入れていく。


「近衛さん、アンタならそう言うと思ったよ」


 そして、新谷は神妙な表情で告げる。


「そもそも、今回のディアリオの査問の件で、ディアリオをかばったのはアンタなんだろ?」


 新谷は問いかけるが、近衛は静かに微笑むのみでその問いには答えなかった。答えない代わりに別な話を語りだす。


「あの時――、上層部が第2科警研をはじめ特攻装警計画の関係者に突きつけた条件は――『今後開発される試作体の特攻装警を、全て現場運用できる物にする事』――でした。つまり現場に出れないデスクプランの試作体を何体も作ることは許さない。むしろ、練習台としての試作品を作ることを禁止されれば特攻装警計画を進めることを諦めるだろうと画策したんです」


 近衛が過去を語っている。特攻装警開発の初期に降って湧いたトラブルを感慨深げに語っている。


「しかし、あなた方は時間も予算も限られたあの状況下でアトラスを現場で完全運用できる段階までレベルアップさせた。そして、1年という短期間でセンチュリーを生み出した。それのみならず、それ以降の特攻装警で様々な可能性を提示してくれた。今、警視庁の多方面で特攻装警たちが活躍しているのは紛れも無くあなた方の努力と苦闘があったからだ。私はその恩に一生をかけて報いねばなりません」


 近衛が新谷に向けて送った言葉には一点の曇もなかった。新谷はこの眼前の厳つい男に特攻装警と言う存在を委ねたことが誤りでなかったことをあらためて感じずには居られなかった。

 当然、それ以上の会話は不要である。新谷は満足気に頷くとこう切り出した。


「それじゃ私は警備本部で待機させてもらうとするよ。そのあいつらの現場での姿をしっかりと見るのが今日のワシの仕事だからな。近衛さん。ご武運を祈っとるよ」

「ありがとうございます」


 新谷の言葉に、近衛は敬礼姿で返礼した。近衛が敬礼を終え手を下ろしたときだ。


「あ、そうそう」


 新谷が思い出したかのように語りだす。


「かねてから書面で連絡してたように、今日、特攻装警の第7号機が現場見学に来ます。所轄の引率者が近衛さんのところに顔を出すでしょう。その時はよろしく頼みますよ」

「7号機? あぁ、あの現場研修段階の機体ですね? 資料では目にしていましたが、本人と会うのはこれが初めてですよ」

「そういえばそうでしたね。何しろ成長に時間がかかっていて正式ロールアウトには程遠い。だが、外を連れ回すくらいはできるようになったのでね、アトラスたちの勤務状況を見学させて成長のための刺激になればと思いましてね。先ほど連絡がありましたが、すでに所轄を出立したそうです」

「承知しました。お任せください」

 

 新谷の言葉に近衛は答え返す。アトラスから始まってついに7番目――そう考えると感慨深いものがあった。


「それでは私はこれで」


 新谷は手を振りながら場を後にする。新谷は技術者であると同時に第2科学警察研究所と言う組織の長でもある。組織の管理責任者として現場視察も重要な責務だった。

 近衛はそんな新谷の姿を視線で追いながら、エリオットに話しかけた。


「なぁ、エリオット」

「なんでしょう?」


 エリオットは俯いたまま答える。


「お前が、俺の所に来てからどれくらいになる?」

「1年半、くらいですね」

「エリオット、お前がこの警備部に来てからどれくらいの仕事をこなしたかな?」

「12件です」


 近衛はその言葉をきき頭上を振り仰いだ。


「少ないのか、それとも多いのか」


 近衛は大きくため息を吐く。そこにエリオットのとても穏やかな声が届いた。


「少なくていいんです、課長。確かに、この最近の犯罪者やテロなどに対抗するためには、私の様な力もやむを得ないのかもしれません。ですが、所詮、私の能力は破壊のための能力に過ぎない。抜いてはならない諸刃の剣なのかもしれません」

「諸刃の剣か、そうかもしれんな」


 近衛はそう感慨深げに呟きながら、鏡石からもたらされた情報について思案する。そして、アバローナに乗り込んだまま待機を続けるエリオットに視線を向けながらこうつぶやく。


「エリオット」


 エリオットは近衛の言葉に振りむく。


「今回だけは、お前と言う諸刃の剣を抜かねばならなくなるかもしれん」


 エリオットの前には、いつもの冷徹に物事に対処する青狼の様な近衛の姿があった。

 エリオットは安堵の表情を浮かべ答える。


「いつでも、お抜き下さい」


 そう答えるエリオットは、全特攻装警の中で最も過酷な任務に身をおいている。

 待つことの意味――

 動くことの意味――

 その事の真価をエリオットは知っていた。

 寡黙なる守護者であるエリオット。

 近衛はそんなエリオットに対して頷きながら、足早にその場所を立ち去って行った。



 @     @     @



 そして――


 晩秋の陽光の下、アトラスは巨大なビルの真下でじっと立っていた。その肩には先程のメガクラッシュが薄い布ケースに包まれて担がれている。

 直立不動、じっとする姿は青銅の仁王像のごとくである。西ゲート、そこはすぐそばを通る臨海新交通システムの有明駅の出入り口にあたり、なおかつ有明1000ビルの入口の一つである。そして、VIPを乗せた高級車両もここを通過する事がある。


 VIPが入場する際の護衛、それがアトラスの任務である。言わば、特攻装警の――ひいては日本警察の顔であると言ってもいい。だが、そんなアトラスの服装はと言えば、小綺麗なフライトジャケットただ1着である。

 ときおり、年配の警察関係者が大柄なコートの様なものを彼に着せようとする。だが、周囲の者の警官・機動隊員たちは、それを好意的に押しとどめた。

 

 アトラスに余計な虚飾は無用、良い意味で。


 アトラスを良く知る者はみな気付いている事実である。

 ビルの娯楽施設に遊びに来たのであろう子どもたちが、ときおり、親に連れられてその場を通りかかった。熱心に興味深げにアトラスを見つめている子どもたちだったが、親たちに促されて渋々ながらにそこを立ち去る子もいる。周囲のそんな状況を察して、年長の機動隊員がアトラスに歩み寄りこう告げた。


「行ってあげてください。まだ来賓の到着には時間があります」


 アトラスはその言葉を聞いて思案している。彼も、自分へと向けられている視線の意味が分からないわけではない。ただ任務中であるため踏ん切りが付かないのだ。だが、その年長の機動隊員はアトラスの肩をそっと押した。それと同時に機動隊員がもう一人進み出て、アトラスの担いでいたメガクラッシュを受け取ろうとする。周囲の無言の説得にアトラスは観念して告げた。


「わかったよ」


 アトラスも機動隊員たちのはからいに観念するより無かった。メガクラッシュを預けると、心のなか軽くため息をつきながら歩き出す。

 アトラスは、毎日の任務の中で市民たちが自分に何を求めているのか考えさせられる事がたびたびある。その中でも子どもたちが自分に向ける期待と関心がどんな意味を持つのか、理解できないわけではない。

 一歩、二歩……周囲の人間や子供たちの様子を眺めながら歩み出る。誰が言うとなく子供たちから声があがった。


「あ! アトラスだ!」


 その言葉を耳にしてアトラスは歩道上でしゃがみ込むと、視線を子どもたちの高さへと降ろしていく。そして、瞬く間に小さな子供たちがアトラスを取り囲んだのである。


 特攻装警第1号機アトラス、彼はもっとも最初の特攻装警であるゆえ、目立った特殊機能はさほど持ち合わせていない。だが長い任務経験に裏打ちされた経験値の高さが、彼にアンドロイドらしからぬ人間味を与えていた。

 子どもたちとアトラスの間で、幾つもの言葉とメッセージが交わされていく。

 そこには物語の中の正義の味方のような情景が生み出されていたのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ