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第4話 ブリーフィング/情報機動隊

そして、アトラスが去ったあと、地下駐車場では近衛と鏡石が本来の任務についてやりとりを初めていた。

 

「それで早速なんですが、私達の任務に関する状況を整理させてください」


 アトラスたちと雑談していた時とは打って変わって冷静な理知的な表情の鏡石だった。

 鏡石の言葉に近衛は沈黙しつつ頷いた。そのリアクションを受けてディアリオが説明をはじめる。

 

「現在、この有明1000mビルの基幹コンピュータネットワークに識別不能のプログラムが存在しています。隔壁や自動ドア、その他エレベーターやリフトなど、ビル内の主要な移動・可動設備を管理するビル内施設制御コンピュータシステム群の1次集中システムのメモリー内に存在していると思われます」

「1次集中システム、それって、ビル内の施設を統轄する一番厳重なはずの場所じゃないの。なんでそんな面倒なとこに……」


 鏡石がため息をもらす。彼女が持つタブレットにはディアリオからに渡された資料データが表示されている。と、同時に先ほどディアリオが起動させた立体映像装置が近衛たちにも同じデータを明示していた。

 そこに表示されているのは、この1000mビルの基幹情報システムの構成図とビルの構造図である。

 鏡石はそれをひと通り眺めながら疑問の声を吐く。

 

「この識別不能プログラムをウィルスプログラムと断定したのは誰です?」


 その疑問に答えたのは近衛だ。


「当直の担当技術者だ。今朝ぎりぎりになって報告が上がってきたんだ。本来ならビルの基幹システムのチェックも、サミット会場警備の開始前から我々に移管させるはずだったのだがビルの所有企業と建設企業から横槍が入ってな、ビル管理の管理権限を警視庁に一時移管させるのに法的手続きを要求されたんだ」

 

 近衛の言葉に鏡石の眉間にシワがよった。こう言う横槍や面倒な手続きは彼女の任務にとって一番のストレスになるのだろう。


「それ、関係省庁の官僚が噛んでますよね?」

「いつものことだ。警視庁上層部に働きかけて書面手続き無しで了解させた。『管理権限移管前にトラブルが起きたら、お前らの責任になる』って警察庁OBが睨んでくれたんだ。そうでなければサミットが始まるまで居座っただろうよ」


 こう言う官僚がらみの力関係の話になると鏡石は手も足も出ない。そう言う点においては、近衛は豪胆であり有能だった。伊達に機動隊を掌握する立場にあるわけではなかった。そして、ディアリオがさらに説明を続ける。


「本来、システム上は空きメモリーになっていなければならないはずの場所にかなり大きなプログラムファイルが存在していたそうです」

「この識別不能プログラムによる実質的な弊害は?」

「現時点では明確な被害は発生していないそうですが、今日の『東京アトランティスオープニングセレモニー』で1000mビルがフル稼働した際に、メモリー不足からシステムダウンする可能性があるそうです。相当にメモリ空間を無駄に食うプログラムらしいです」

「自己増殖するのかな?」

「ありえますね、いずれにせよ、オープニングセレモニー開始までに何としてもシステムのメモリーとプログラム領域の掃除をする必要があると思われます」


 ディアリオの言葉に近衛がたずねる。


「念の為に聞くが、現場のエンジニアでは無理なのか?」

「無理です」


 ディアリオはきっぱりと言いきる。あまりの断定的な口調に鏡石も近衛も軽く吹き出しそうになる。

 

「発見した時間は?」

「昨夜午前4時12分、1時間毎の定時のシステムメンテナンスとセキュリティチェックに引っ掛かりビル管理会社に関連のある警備業者に報告があったそうです。ですが、そこから警視庁に連絡が入ったのはその30分後です」

「30分、そこから例の横槍が入って今の時刻でしょ? 痛いなぁそれ」


 それでもまだ時間的猶予がないわけではない。ボヤいていても始まらないのはわかっている。

 

「それで、この識別不能プログラムって、どうやって入ってきたのかしら? やはり、外部回線からの侵入かしら」

「事故の発生時刻から判断して、それが妥当だと思われます。ですが、反対に犯人はすでにビル内に侵入していてビルの内部回線からハッキング侵入していた、と言う線も捨てきれないのでは?」

「内部?」


 近衛が出した疑問の声にディアリオが答える。

 

「はい、コンピュータシステムへの侵入はネット経由とは限りません。物理的に内部侵入してシステムのすぐそばでハッキング行為を行うケースも有ります。この場合、内部犯行が大半なんですが」


 物理的にシステムのそばに入り込んでに行うハッキング行為をソーシャルハッキングと言う。

 

「なるほど。すると犯人がまだ、ビル中かこの附近に居る可能性が考えられるわけだな?」

「はい、その可能性は否定できません」

「分かった、ビル内外の警備にその事を通知しておこう」


 ディアリオの答えを耳にしたその時点で、近衛の脳裏には次の一手がすでに描かれはじめていた。鏡石もまた、もう一つの可能性を口にした。


「でも、この識別不能プログラムがなんらかの形ではるか以前から存在していて、それが今日になって発現したって事もあり得るわね。まぁ、可能性を思案しても始まらないわ。ウィルスプログラムの排除を再優先しましょう。近衛課長、時間的猶予はどれくらいいただけます?」

「現状の警備プランのままだと、最大で1時間と言うところだな」

「1時間ですか――」


 鏡石の眉間に再びシワが寄った。タイムスケジュールが想像以上にタイトだったようだ。


「近衛課長、1つお願いしてもいいですか?」

「なんだ?」

「今日のオープニングセレモニーに参加するVIPが到着するはずなのですが、サミット会場のある上部階層への、彼らの入場を少し待っていただけませんでしょうか?」


 近衛は、鏡石の頼みに眉間に思わずしわを寄せる。


「理由は?」

「万一ウィルスが発現した場合、ビルのメインシステムがダウンしてVIPに危害がおよぶ可能性があります。できればウィルス除去の処理が完了するまでビル内への入場を制限してほしいんです。情報機動隊フルメンバーでメンテナンスを行いますから時間的な遅延はそう大きくはならないと思います」


 近衛は鏡石の言葉にほんのわずか思案する。そして、すみやかに決断して、鏡石の申し出を了承した。


「わかった、善処しよう。対策が決まり次第に追って連絡する」

「ありがとうございます。それでは早速、任務に移らせていただきます」

「頼むぞ」


 敬礼で望む鏡石に、近衛も敬礼で返した。

 

「ではこれより、情報機動隊全メンバーで有明1000mビル管理システムの緊急メンテナンス作業に入ります」


 鏡石はその言葉を残して踵を返す。そして、鏡石の隣で近衛に対して敬礼するディアリオに声をかけ専用車両であるラプラーの中へと向かう。彼女が愛車へと向かう途上、新谷の視線が彼女の視界に入ってきた。


「あいかわらず派手にやってるようだな」


 それは多分にして鏡石の力量を評価する意味での言葉だった。その言葉のニュアンスを察してはにかみながら、鏡石はラプターに乗り込みつつ新谷へと返事を返した。


「はい、相棒がとても有能ですので」


 そして、その言葉もまた、新谷たちが生み出してくれた存在を高く評価する素直な意見であった。情報犯罪調査官とアンドロイド警官開発者、技術者としてのシンパシーがあるのかシンプルながらそれだけの会話で二人の意思疎通は十分だった。

 そして、その車内――

 

「さて、それじゃ早速、隊の皆を招集しましょ」

「ご心配なく、すでにメッセージは送信済みです。全員すでに1000mビルに到着しています」


 ディアリオは鏡石の言葉に速やかに答えた。

 

「サンキュ、相変わらず手際いいのね」


 ディアリオは体内のデータ通信回線を開くと、他の情報機動隊隊員の乗る機能限定タイプのラプターへとSランクの再優先情報として招集命令を送る。そして、それを受信した全ての「デミラプ」――情報機動隊の専用車両がこの有明の地へと集合しつつあった。


 鏡石隊長は手元のデータターミナルを操作すると、情報機動隊隊員たちの各メンバーへ送信する『作業指示ファイル』を手早く作製して一斉送信した。鏡石がダッシュボードのディスプレイパネルを見れば他の情報機動隊メンバーからも続々と返事のメッセージが帰ってきていた。


「みんなも動き出したわ。それじゃ、わたしたちも一仕事といきましょう。ディアリオ!」

「了解」


 隊長鏡石の問いかけにディアリオは答えると、招集場所として指定した1000mビル周辺の駐車場の一角へと向かった。

 そもそも情報機動隊は、その活動本部として本庁の中に独自の情報センタールームが確保してある。だが、通常は現場を駆け回り外勤で活動する事が多い部署である。そのため、彼らの活動は情報機動隊専用に作成された小型車両をキーにして行われる。


 情報機動隊の専用車両には2つある。 

 まず、鏡石とディアリオの駆る車が高速電動情報機動カー『ラプター』だ。小型車クラスのクーペスタイル高速電気自動車で2人乗り。後部座席は無く、4機の情報処理プロセッサと衛星回線対応型のデータ通信ターミナル/通信アンテナユニットが装備されている。

 武装はなくディアリオのバックアップ能力に特化。最高速度は267㎞をマークし、大容量超伝導バッテリーと高出力ステッピングモーターで動くライトウェイトモデルである。

 そして、ラプターの仕様に準じた情報処理作業専用の機能限定モデルとして作成されたのが「デミラプター」だ。通常「デミラプ」と呼ばれ情報機動隊のメンバー全員にあてられる。


 ラプターが陽光を浴びながら、地下駐車場からのスロープを出て行く。

 すると、ビル周辺の警察車輌のために確保された屋外駐車場のエリアにラプターと似た外見の小型クーペ車輌が十数台集まっていた。情報機動隊メンバーのデミラプである。整然と並んだデミラプに向かい合うようにラプターを停める。そして、ラプターから降りるとディアリオと並んで立つ。

 その鏡石の姿を見た情報機動隊の隊員たちは、自分たちもデミラプから降りると速やかに横隊一列に並んだ。情報機動隊隊員の制服はビジネススーツ姿を基本としたものだ。だが胸の記章や網膜投影型のディスプレイゴーグルなど、専用装備が醸し出す雰囲気から単なるビジネスマンとは全く異なる気配を伴っていた。

 そして、鏡石も情報機動隊のメンバーの顔を一人一人確認してから、大きく息を吸って宣言する。


「アテンション!」


 知性派女性の凛とした掛け声に情報機動隊のメンバーは機敏に行動する。

 メンバーが一列に並んだ所で再び鏡石隊長は告げた。


「情報機動隊 オペレーション セットアップ!」

「はっ!」


 各メンバーは敬礼姿で掛け声を上げる。そして各々のデミラプに戻り与えられた任務に向かう。作業内容はすでに送られた行動指示ファイルに記されている。旧態然とした打ち合わせめいたいことは行わない。鏡石が組み上げた行動プランにもとづき、メンバーが各々の判断で粛々と事件解決に行動するのだ。

 犯罪者の一歩先を行く。それが鏡石率いる情報機動隊のモットーであった。

 普段からマスコミの前などにも出る事のある情報機動隊ではあったが、今回は『東京アトランティス』のオープニングセレモニーと言う事もあり、海外のプレスや報道陣も多数存在した。彼らから感嘆の声が洩れるのにいくばくの時間もかからない。その中にあって、大輪の花のごとく毅然とした鏡石隊長の姿は一際きわだって視線を集めていた。


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