第4話 ブリーフィング/始末書?
そのやりとりに苦笑しつつ近衛が声をかける。
「それくらいで勘弁してやったらどうだ? とりあえずお咎め無しだったんだろう?」
「えぇ、とりあえず減棒は免れました。まぁ、始末書は今までにないくらい書かされましたけど」
二人のやりとりを見ていた新谷がアトラスに声をかける。
「何の話だ?」
「先日、ディンキー一派の逃走を追跡した時の件です」
「あ? あぁ! あれかぁ!」
新谷は何度もうなづきながら声を返す。
「えぇ、扇島と東扇島を停電させた件です」
新谷はその一件の顛末を思い出し、苦笑しつつ沈黙せざるを得なかった。漸くに声を発したが肯定も否定もしづらい状況だ。新谷も特攻装警の開発者として、敵であるディンキー配下のアンドロイドの能力の高さが理解できないわけではない。逃走を阻止するためには手段を選んでは居られないのもよく分かる。しかし――
「ディアリオ、お前も警察という組織が社会的信用で成り立っていると言うことだけは忘れるなよ。いくら事後処理が手配済みだったとはいえ、民間会社のトレーラーをハッキングしたのはまずかったな」
「はい、肝に銘じておきます」
「ほんと、勘弁してよ。責任追及の結果、あなたが解体なんてのだけは絶対に嫌だからね」
鏡石の思わぬ言葉にアトラスが問いかけた。
「解体?」
「えぇ、処分の如何によってはその可能性も査問委員会で示唆されたからね」
鏡石は神妙な表情を浮かべながらアトラスに答える。その言葉を近衛がフォローする。
「今回は相当強い抗議があってな、ディアリオを解体、もしくは一時凍結と言う意見も出たんだ。だが、私の警備部や武装警官部隊のなどがディンキー一派の上陸の際の詳細な状況を上申して、現場の意見として手段を選んでいられない状況である事や、今回のサミット警備への影響を上層部に理解してもらって事なきを得たんだ」
近衛の言葉に鏡石が続けて説明してゆく。
「実際、フィールをイベントでマスコット代わりに頻繁に連れ出してるのは現場ではかねてから問題になっていたし、犯罪組織の制圧のためにアトラスやセンチュリーが頻繁に無茶を通さないと事件解決できないのが日常化してるでしょ?」
「オレたち自身が物的証拠になる――ってアレか」
「えぇ、特攻装警とその周囲に大きな負担がかかっている現状で、ディアリオだけに責任を追わせるのかって強く反論してくれた上層部の人もかなり居たのよ。警察全体が疲弊して特攻装警を求めてやっと軌道に乗り始まったのに、それを潰してしまうのか――って」
「なるほど、そう言う顛末だったんですか」
近衛と鏡石が語る言葉にアトラスはとりあえずの安堵の言葉を漏らした。そして、横目でディアリオを見るとこう告げるのだ。
「ディアリオ、お前までセンチュリーの真似をする必要はないんだぞ?」
「はい」
兄であるアトラスの言葉にディアリオもうなだれるしか無い。そんな彼にアトラスが笑いながら明るく告げた。
「やるなら、程々にな」
「ちょ、ほどほどって――」
アトラスのたちの悪いジョークに鏡石が慌てて抗議した。その光景に皆が笑わずには居られなかった。
「勘弁してよ、後始末をするのはこっちなんだから」
アトラスのブラックジョークに鏡石も不満げだ。とは言え冗談であることは彼女も理解している。ため息つきつつ周囲を見回す。するとこの場にもう一人重要な人影が無いことに気づいた。
「あれ? そう言えば――その始末書大明神のセンチュリーは?」
始末書大明神――、その言い得て妙な形容に近衛も新谷も吹き出さざるをえない。
確かにセンチュリーがこの場に居ない。重要な案件には何かと首を突っ込んでくるタチだからこの場に居ても不思議ではない。
「普段ならこう言うお祭り騒ぎな大規模イベントには無理にでも首を突っ込んでくるのに――、なんで?」
センチュリーはアレでいて目立ちたがり屋な面がある。また、重要案件には頼まれてもいないのに首を突っ込んでくる事があるので苦情が出ることもある。迷惑千万極まりないのは当然だが、野生の勘というか、アンドロイドらしくない動物的なセンスが働いて思わぬ功績を上げることもある。
もともと、センチュリーは警らのパトカーのように、彼専用のバイクで都内を中心に自由に移動しながらの勤務形態をとっている。彼自身の行動に整合性と必然性が有れば、上層部も特例として黙認しているのような状況だった。
当然ながら、こういった国際サミットの警備でアトラスやエリオットが参加しているのにセンチュリーの姿がないのが、鏡石には不思議なようだった。その疑問にはアトラスが答えた。
「アイツならもうじき合流するはずだ。自主的に追跡調査をしているんだ」
「追跡?」
「ディアリオも参加した、例の横浜の案件だよ」
アトラスの答えに近衛が問いかけた。
「逃亡したディンキーの動向調査だったな」
「えぇ、アイツ右腕を斬られたのが相当プライドを傷つけられたみたいで、あれから一ヶ月、ほとんどぶっ続けで東京中を走り回ってますよ」
「ぶっ続けって――、まさか闇雲に?」
鏡石はなかば呆れるように問いかけた。だが、ディアリオが彼女の側で言葉を挟んだ。
「いえ、それは無いようですね」
ディアリオはそう告げながら、ジャケットの内側ポケットの中から手のひら大の小型デバイスを取り出し空中に投げる。それは地磁気に作用して磁気浮上で空中に浮かぶ。すると彼らの頭上の空間に、センチュリーのここ一ヶ月の行動にまつわる様々なデータを立体映像として投影し始めた。
ディアリオはそれを整理しながら言葉を続けた。
「追跡対象は緋色会と首都圏の主要な武装暴走族です。中堅クラスの幹部にツテをたどって会っているようです。捜査対象の彼らも今回は意外と協力的らしいですね。トラブルとなった事例は今回は少ないみたいです」
「まぁ、当然だろうな」
ディアリオの分析に近衛が言葉を続けた。
「ディンキーは横浜での上陸作戦で独断で動いたのみならず、スネイルドラゴンの主要幹部を惨殺している。上陸現場が我々警察に押さえられたのは彼ら自身のミスだったしても、その後の行動はスネイルドラゴンやその黒幕である緋色会のメンツを十分潰すものだ。せめて現場からの逃走のさいに独断行動だけは避けていれば緋色会も今回の件ではシラを切って口をつぐんだだろうな」
近衛の言葉にアトラスが続ける。
「なにしろ――、緋色会は、ディンキーを海外テロリストの日本上陸の闇ビジネス化のテストケースとしていたらしい。それがこんな大事になった上に、特攻装警に目をつけられる羽目になったとなれば、彼らの目論見はディンキーにぶっ潰れたようなものだからな。あの爺さんには一刻も早く日本から出て行ってもらいたいだろうさ」
「なるほど、そう言うことだったの」
鏡石は皆の説明に合点がいったようだった。
「でも、センチュリーもかなり手こずってる見たいね。うまく見つかるといいんだけど――」
鏡石は思案気な顔だ。その言葉に険しくも力強い視線で近衛が答えた。
「だからこそだ。今回はサミット会場を十重二十重に警備している。SP、機動隊、高速警察隊、武装警官部隊に特攻装警――我々が講じられる最強の布陣だ。ヤツは絶対になにかしかけてくる。万全を期して望まないとな」
「もちろんです。だからこそ私達、情報機動隊も呼んだのでしょう?」
鏡石は微笑みながら答える。近衛はその言葉にはっきりと頷いたのだった。
会話をひと通り終えて、鏡石たちと入れ替わるようにアトラスはその場から離れていく。そして、アトラスに何者かが落ち着いた口調で声をかけてくる。声のする方にアトラスが振り向けば、そこには数人の機動隊員が彼を待っていた。
「アトラスさん! そろそろ現場に!」
1人の機動隊員が声をかけてきた。アトラスは大きく頷いて彼らに答えた。
「すぐ行く!」
言葉と同時にアトラスは動き出していた。そして振り向くとエリオットに話しかける。
「エリオット、すまんが『メガクラッシュ』を貸してくれ」
エリオットは何も言わず、後部荷台のコンテナのひとつから一振りの巨大な大型ショットガンを取り出した。
『メガクラッシュ』 口径は散弾銃の標準口径で言うなら8番ゲージで当然特別製。全長1.1mにも及ぶ怪物ショットガンで、特攻装警専用の武装の一つである。
アトラスは、そのメガクラッシュを肩にかつぐと近衛の方を向いた。
「近衛さん。わたしも現場に行かせてもらう事にします」
「あぁ、たのむ」
近衛もかすかに頷き、呉川がアトラスに声をかける。
「アトラス」
アトラスは生まれ故郷の長の声に足を止めた。
「気をつけてな」
その温和で優しい語り口にアトラスはハッキリと頷き返した。
















