第4話 ブリーフィング/新谷所長
同じくして、彼らの元へ歩み寄ってくる者がいる。その彼の姿はその場にはどう見ても不似合いで警察内部の人間には見えない。それは技術系の人間にしか思えず、その面持ちもいかにも理系で端正だ。その歳の頃は五十過ぎ。頭髪にも白髪の線が入り始めた中年後期の人物だ。
彼は、それまで円陣の遥か外で座の成り行きを静かに伺っていた。警備の人間たちに直接の関わり合いはなさそうだが、彼は確かに、そこに居る理由を有していた。その彼の視線は二人のアンドロイドの方へと向けられていたのだが、ブリーフィングを終えた二人のアンドロイド――特攻装警のアトラスとエリオットの方へと歩いて行く。
一方で近衛は軽く目をとじると肩の力を抜き盛大にため息を吐いた。そして、頭を左右に振り傾ける。首の骨が鈍い音とともに鳴った。
「近衛警視正殿、どうしました? もう、お疲れですか?」
近衛に声をかけたのは、重厚な装甲服姿の人物・武装警官部隊の小隊長だ。隊長の彼の背後には同じ様な姿の武装警官部隊の小隊長が数人、遠巻きにこちらの方を伺っていた。
「妻木君か」
「警備体制の総指揮、ご苦労様です」
「いや、私は頭を少し動かしただけさ、頭脳労働と言う奴だな。むしろ大変なのは君たちの方だ。君たちは、頭脳と肉体の両方を動かさねばならんからな」
近衛は静かに笑う。口許と眉尻がわずかに動いた。妻木もまた、つられて微笑んだ。
「いえ、我々は与えられた任務を忠実にこなすだけです。それよりも、今回の武装警官部隊と特攻装警を含む大規模合同警備の指揮、大任ですが大成なさる事をご祈念いたします」
妻木はそう言うと、近衛に向けて軽く敬礼をする。
「ありがとう」
近衛もまた妻木に敬礼で返礼をする。二人に微笑みが洩れた。
妻木は踵を取って返すと、同僚の武装警官部隊の所へと帰って行った。彼らはこれからビル内部の超大型エレベーターでビルの第4ブロックへと移動する。その先に彼らの部下が待機しているのである。近衛は、妻木の方にしばし視線を投げていた。すると、背後からまた別な声がかけられた。
「おーい近衛君、こちらにきたらどうだね?」
「はい、今行きます」
近衛に親しげに声をかけたのは、先程の技術者風の中年男性だった。彼は二人の特攻装警の所で彼らを相手に談笑をしていた。特攻装警たちにゆかりのある人物らしい。
3人は地下駐車場の一角に鎮座した巨大な四駆車両の周りに集まっていた。全幅2mを超える巨大なフルオープンオフローダーで『アバローナ』と言う。エリオットの移動と武装運搬を目的として作られた専用特殊装甲車両である。そのアバローナの後部シートには、幾つかの様々な形状大きさのコンテナが車輌に特殊フックで固定されている。
[警視庁警備部・特殊E装備:取扱規程厳守]
そう、警告表示されているのみならず危険物や可燃物などの国際規約のマークもある。さらにはコンテナの中身がプラスティックプレートに印刷され表示されている。
[特攻装警用銃火器類][特攻装警用銃火器弾薬][指向性電磁兵器][機能限定型ミサイル装備][複合機能火器][無力化対人兵装][メンテナンス・補修用パーツ/ツール][オプショナル電源]……etc.
それらはいずれもエリオットに向けて与えられたものである。全身に対物破壊と兵器無力化のためのあらゆる装備を身につけ、銃撃戦はもとより、爆発物の解体から、暴走機械の停止・破壊まで、あらゆる戦闘・危険行為を行なうために存在しているのがエリオットだ。彼は現時点において、もっとも重武装な通算第5号機の特攻装警である。
エリオットは本来、機動隊の強化プランの一つとして造られた。通常の機動隊や狙撃班などでは対応できない場合に出動が求められ、一度出動したならば苛酷な戦闘がエリオットを待っている。つまり彼は機動隊最後の切り札なのである。所属部署は警視庁機動隊隷下で、身柄は警視庁警備部直下の扱いだ。
濃いダークグリーンの車体のドライバーズシートには、エリオットが座している。
その傍ら、ボンネットの脇にはアトラスが寄りかかり、その脇で先程の理系の中年男性が二人に話しかけていた。その男の背広の胸元には一つの記章バッジがある。
【第2科警研】
その記章に記された銘は特攻装警たちの生まれ故郷である。
正式名称、第2科学警察研究所
その所長こそが彼――『新谷 文雄』である。
その彼がアトラスたちと会話する内容には、いささか愚痴めいた物があった。
「しかし、お前たちは本当に休む暇すら与えられんな。先だっての横浜湾岸での大立ち回りのあとの集中捜査、それが終わったら今回のサミット警備の準備、修理やメンテはその仕事の隙間を縫っての対応だ。わしらは別に構わんが、もう少し一息つく暇があってもいいと思うが」
エリオットは、新谷の言葉を聞きながら己の拳銃のメンテナンスを始めている。ダッシュボードの上には彼が分解するベレッタの部品が並べられている。黙して答えないエリオットの隣で、アトラスが言葉を発する。
「しかたありません。これだけ大きな案件だと事態が解決しないとおちおち寝ても居られません」
アトラスの言葉に新谷は視線を向けた。
「今回のディンキー・アンカーソンの案件は並のレベルではない。少なくとも、無事にサミット来賓を母国に送り届けるまでは休暇を申請することもできませんよ。俺もエリオットも“ヤツら”を捕らえるまでは体を休めるつもりはありません」
〝ヤツら〟――その言葉の意味するところを、新谷もすぐに察していた。
「たしかにそうだが、現場で体を張っているお前がそう言うならわしもこれ以上は言わん。だがな――」
新谷はアトラスの言葉に感心する。だが、困惑の色が見え隠れしているのも事実だ。そして新谷はアトラスを諭すようにつぶやいた。
「みのりさんが心配しとるぞ?」
新谷の言葉にアトラスが微妙な反応を見せた。エリオットも仔細を知っているのか、その手が一瞬止まった。
「この間、わしらの所に電話があったんだ」
「電話が?」
アトラスは穏やかな口調で答え返した。新谷がさらに言葉を続けた。
「あぁ。お前が右腕の損傷で第2科警研に里帰りしてから、不安だったみたいでな、無理をしてないかと気が気でない様子だった。頑丈さが取り柄のお前が腕を痛めるくらいだ。そう言う敵が今度の相手だと分かって、お前の身を相当案じている様子だった。まぁ、問題無いとは言っておいたがな」
新谷の言葉に、さすがのアトラスもバツが悪そうにほんの僅か沈黙する。
「すいません」
「あやまるなら、ワシではなくみのりさんに言え。お前が自分の意志で〝家族〟として一緒に住むと決めた人だ。安心させるのも彼女の彼氏としての大切な役目じゃないのか?」
そんな新谷の言葉に、さらに声をかけたのは近衛だった。
「所長の言うとおりだな。アトラス」
「近衛さん」
「ディンキーの案件にからんで、背後関係と消息を掴まねばならないその重要性は判る。だが彼女は――みのりさんはお前が責任をもって守らねばならない重要な人物だ。電話の一本くらいできるだろう?」
近衛の厳しくも諭すような口調にアトラスも納得せざるを得なかった。
「えぇ、仰るとおりです」
近衛には判っていた。アトラスの生真面目過ぎる性格のことを。
「だったら、今回の任務が一段落したら、休暇でもとって相手してやるんだな」
「えぇ」
アトラスは頷きながらそう答えた。
みのり――、その人物の仔細がどのような物であるのか、彼らの会話だけでは解らないこともある。だが、すくなくともアトラスにとってかけがえの無い人であることだけは確かだった。
















