第4話 ブリーフィング/警備体制
有明は、首都圏の陸と海との接点として存在する街である。
海を長い時間をかけて埋立て作り上げた人工地盤の集合体は、大規模な開発によって、かなりの規模のハイテク都市へと発展していた。
時に、周囲は海上都市開発のスタートの最中にある。有明は、名実ともにそのキーエリアであるのだ。有明1000mビルは、そのための最重要施設となるべく建てられた巨大なシンボルであった。
そして、行く行くは開発されゆく東京湾を見守るランドマークにもなるのである。
ここは、その有明1000mビルの地下ブロックにある巨大駐車エリアの一角だ。そこに多数の男たちが集っている。その彼らの背後に駐車場のコンクリート壁がそびえる。
そのコンクリート壁には一つのコンピュータ画像が、小型液晶プロジェクターから放たれていた。フルカラーのデジタルの光が6角柱のビルの映像を映し出す。東京湾のパノラマを背景にした有明1000mビルの模式図がそこにはある。
そこに居合せる者たち服装は、機動隊員の正装から始まって、スーツ姿に装甲服、警察官制服、各々の持ち場所に応じて実に様々である。
そして、その服のいずれにも桜の大紋の印がある。その数、30人前後で言葉少なに会話を交わし、壁に投影されているビルの構造図の映像を見つめている。その彼らに向けて一人の男が声を発する。
機動隊の標準服に身を包みつつも一般隊員とはことなる上層部へと食いこむ人間特有のキレる指導者の気配を漂わせている。そしてその声と姿に反応し、その場の警官職員たちは一斉に己れの姿を正した。
――ザッツ!――
それぞれの所属別に整然と列をなす。そして敬礼をしつつ、現れた男に視線を集中させた。
現れたその男は、集まった警官たちに向けて視線を走らせると自らも敬礼で返礼をする。そして、直立の姿勢を守って並ぶ警官たちに向きあうように立ち、落ち着いたよく通る声で話し始めた。
「それでは、今回の警備体制の最終ブリーフィングを行う。休め!」
それまで直立でかかとを揃えて立っていた警官たちであったが、その言葉に休めの姿勢をとる。
「まず予定時刻、サミットオープニングセレモニー開催予定時刻は午後12時丁度、閉会予定が午後4時、サミット参加来賓の到着時刻が午前9時半から午前10時半にかけて、サミットオープニングセレモニー終了、及び解散の最終時刻が午後6時、警備の1次撤収時刻が午後7時半、そして最終撤収時刻が午後9時丁度、まずは以上だ。他に何か質問は無いか?」
毅然として指示を出すその人物は、機動隊員向けの制服姿だ。肩や襟口に付けている記章や階級章は通常の警官とは異なり、いわゆる部課長クラス以上の高い階級の警官のものである。もとより立ち振舞や言葉遣いが〝部下を指導する〟と言う事の重要性を理解している人間のものである。
短髪のオールバック、整髪料でがっちりと固めたその頭髪の下には四十代の硬派な男性の引き締まった顔があった。目つきも、戦いに望む蒼狼の様な鋭さを漂わせている。その洗練された雰囲気が、この現場の空気を引き締めていた。彼こそは、この警備体勢に指示を出す責任者だ。
名を『近衛 仁一』と言う。階級は警視正である。
彼らが集まっているのは高層ビルの地下駐車場の一角である。コンクリート打ちっぱなしで照明は大型蛍光燈のみ、配管やパイプ・ダクトの類はむき出しで、無機で殺風景な光景が薄暗く広がる。そして、ビルの地下特有のくぐもった機械の唸り音だけが背後に鳴り響いていた。
その場に居合せている誰もが、近衛の顔を注視している。近衛は見据えた相手の一人一人の目線を確かめると、息を軽く吸い声量のある太く強い声で、指示を続ける。
「質問が無いのでこのまま続ける、機動隊警備部隊、第1班!」
機動隊の標準装備に身を包んだ男の一人が、かかとを鳴らし休めの姿勢から直立する。
「屋外、北ゲート附近待機」
「はっ!」
ヘルメットを被った機動隊員が凛とした大声で返答する。近衛は、その返答を聞き微かに頷く。さらに言葉は続く。
十人以上の機動隊の班長たちを相手に確認の点呼が続き、順次、警備の場所が割当てられて行く。無論、事前に通達済みであるが、この場においては最終確認の意味合いがある。彼ら機動隊員の警備の場所は、ビルの内外の主だった場所の大半だが、唯一、最上階にしてサミット階上である第4ブロックの警備を担当するのは彼らではない。
「続いて、武装警官部隊『盤古』第1小隊から第4小隊。代表、第1小隊小隊長」
「はっ」
先程の機動隊員とは打って変わり、頑強な装甲服に身を包んだ人物が返事を返す。
その彼は近衛や機動隊の面々とは、所属部署や命令系統などが異なるようだ。近衛の声のニュアンスが微かに変わり、事務的に淡々と落ち着いて言ってのける。
「ビル内第4ブロック内巡回および固定警備」
「はっ」
続いて近衛の視線は、二人の異形の者たちへと向う。
一人は、総金属製の無骨なアンドロイドで、着衣にMA-1に類似したフライングジャケットを着込んでおり、腰にはデザートイーグルの50口径モデルを下げていた。見てくれは流面形状で外骨格のボディーを持ち肉体は総金属製だった。無骨な機械としてのイメージを露にしてあり、頭部もメカニカルなままに半透明のゴーグルがその目の位置に収っている。
「続いて、特攻装警第1号機アトラス」
「はい」
アトラスはただ静かに答えた。そして小さく頷き近衛の顔を伺う。その時、顔のゴーグルの奥に、彼の左目が光が瞬いた。それは人間的であり、れっきとした生きた瞳を持った感情の宿った目である。アトラスの反応を確認して近衛は頷き返して言葉を続けた。
「西ゲート附近にて待機し来場するVIPの警護。また、他の警備要員の要請に応じて戦闘や鎮圧などにあたる事」
アトラスは再び頷いた。命じられた任務を受諾したのだ。
そして、もう一人――
「次、特攻装警第5号機エリオット」
円陣の一方向、近衛の対面には、アトラスに輪をかけて異様な容姿の人物が居る。一目でアンドロイドであると解かるその姿は、全身が重厚な装甲でくまなく覆われている。そして装甲のいたるところに何らかの武装類を備えていた。
張り出した肩にはオプション兵装のマウントラッチ、肩口と額にはレーザーターレット、太い装甲貼りだす胸部にはシャッター付の砲口、そして、腰回りには大降りなアーミーナイフとベレッタM93Rが下がっている。
その全身を兵器で覆っている彼、エリオットはメカニカルなヘルメットの下に生まじめそうな好青年の顔を覗かせている。一般青年男性の1.2倍はありそうな大きな体躯で、その列の中に彼は立っている。
「はっ」
エリオットもまた、武装警官部隊の小隊長と同じ様に返事を返す。それをして、近衛は指示を出す。
「ここ地下ブロック内にて、出動要請あるまで待機」
「はっ」
エリオットは指示の内容を静かに聞き入れる。然したる感情を表わす訳でもなく、ただじっと近衛の顔をみつめかえしていた。任務への割り振りに不満は見られない。待つことも仕事、そう納得できているのだ。
「他、一般の応援の警ら警官は、事前に通達した通りに、小グループでビル内の巡回警備や小規模な案件の対応にあたるものとする」
「はっ!」
その場の警察官姿の者たちも敬礼で返した。
指示が一巡すると近衛は一呼吸置いて語り出す。
「なお、今回の警備にあたって重要注意案件について通達する」
近衛の言葉の意味を、皆すぐに理解していた。近衛をじっと見つめたまま沈黙がその場を包んでいた。
「先日、神奈川県警管内の南本牧付近において、広域武装暴走族スネイルドラゴンによる戦闘事件が発生した事はすでに周知済みだと思う。この時、インターポールから国際指名手配を受けた国際テロリストが密入国する事件が発生している」
近衛の声が地下空間に響いた。場の空気がさらに緊張を増していた。
「本名『ディンキー・アンカーソン』、通称『マリオネット・ディンキー』、国籍はアイルランド。違法武装アンドロイドを配下として使役するスタイルで、英国国籍の著名人だけを執拗に狙うスタイルで数々の死傷事件を引き起こしている。今回の国際サミットにも英国からの来賓が参加することから、先の密入国事件と照らしあわせて、本サミット会場にて何らかの事件を引き起こす可能性が十分に考えられる。インターポールから入手した本手配犯の詳細情報は警察庁提供のデータベースにて公開済みだ。各自、確認の上、十分注意して警備にあたってくれ。不審案件が発生した際にはどんなことでもいい、警備本部への連絡を怠るな!」
「はいっ!」
近衛が伝え終えれば、全員が同じタイミングで返答をしていた。
「私からは以上だ。それではこれより警備体制に入る! 解散!」
全員の踵が鳴り敬礼をして各自機敏に動く。一糸乱れずこの場から足早に立ち去る。特に機動隊と一般警官の警備責任者の一団は駆け足でその場から姿を消して行く。機動隊員は足早に走り去り、一般の応援要員の警官たちは彼らだけで別箇所に集まるため移動する。その後には近衛を始めとする数人だけが残された。
















