第2話 頭脳は舞い降りる/巨大海上空港
上部成層圏を飛行する超々音速機『キュクヌス』は緻密な減速空路を進んだ。
緩やかだが長い下降コースを辿りながらもその速度を急速に減少させる。機が空港に近付くにつれ、機首がわずか持上がり機体全体でブレーキがかけられる。
一方で、空港の周囲の洋上には報道陣の小型船舶や報道用のドローンやヘリが遠巻きに待機しており、驚異的な飛行性能を誇るキュクヌスの映像を捉らえようとしていた。
エアブレーキが開き、コンバインドサイクルエンジンが逆噴射を開始する。やがて機体から多数のランディングギヤが開かれ始めた。
無数のカメラと衆目が取り囲む中、キュクヌスは今、日本へと降り立った。
時は、A.D.2039年11月3日 午前7時40分――
定刻よりやや早めの到着である。
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欧州科学アカデミー使節団の一団を乗せた特別機は、ゆっくりと滑走路上を移動している。機は滑走路から中央人工島へと移動し中央のターミナルビルへと向う。中央の空港ターミナルは完全な真円を描いている。そして、空港ターミナルの周囲には、ウニの棘の様に伸びた可動式のドッキングベイが無数に存在する。トーイングトラクターに引かれて特別機はドッキングベイへと繋がれたのである。
空港の中は、地下10階・地上16階・総26階建ての巨大なコミニュケーションビルで、空港施設はもとより、ショッピング・食堂街・マスコミセンター・ビジネスビルブロックなど、多用な機能が備っていた。通称「スノーコア」は、それ自体が一つの町である。
その日の空港のメインターミナルビルは、来賓や最新鋭の大気圏外航空機をひと目見ようと一般客や報道陣などでごったがえしていた。そして、最高レベルの警備体制があらゆる所に敷かれていたのである。
今、空港ターミナルビルの2階部分のドッキングベイに特別機が繋がれる。可動式のゲートが機体へと延びて重厚な気密ドアが開かれる。一般客が先に降りた後に、欧米人のSPが警戒しつつ、その特別な乗客たちは空港へと脚を踏み入れたのである。
彼らが進む先には、すでに日本側の警備要員と空港警察の職員が、水も漏らさぬ完璧な警護体勢で欧州科学アカデミーの人々の身の安全を守っている。それは報道陣の接近すら許さないほどであり、報道関係者から批判が出るほどであったが、それを意に介する警備関係者は皆無である。
一行が税関を経たのちにエスカレーターで3階のメインゲートフロアへと向かう。
メインゲートは、3階フロアの約半分を占め、無人発券システムや地下鉄ターミナルとの直接乗り入れなど最新の機能を有していた。
アカデミーの一団がその3階フロアに上ってくると、そこには多種多様なマスメディアの目が彼らを見つめていた。それは日本国内だけではない。世界中各国のマスコミが一堂に会している。
多様な顔、多様な言葉、多様な手段――
いまここには、世界中の関心が結集しているのである。
この空港メインターミナルビルの3階と4階にかけてのフロアは、外周部の一部区画が巨大な吹き抜けとなっていた。展望と送迎専用の4階フロアから、3階や空港の外を展望する事ができる。3階は乗客専用のフロアであり。関係のない一般人は4階からしか空港内にアプローチできない。それはマスコミも同じである。ただ、4階から防護ネット越しにカメラで見回すだけである。
この空港は海上施設であるが故に、その巨大な機能と比較して決して敷地が足りている訳ではない。そのため、空港機能を最大限に活かすべく、あらゆる機能が立体的に効率よく構築されている。その中でマスメディアに開放される区画は予め指定されており日本の民放放送の合同取材チームが場を仕切る中で、欧州科学アカデミー使節団の一団は西方第5到着ゲートから姿を現したのである。
到着ゲートのその正面には、VIP用の地下鉄道ターミナル直通ゲートが構えている。そのゲートを用いれば、そのまま空港から姿を消す事が出きる。直接取材を許された特別なマスコミで無いのなら、その直通ゲートに近寄ることすらできないのだ。
4階の展望フロアからデジタルTVカメラがフォーカスを絞り、デジタルスチルカメラのシャッターが乱打される。その中で、使節団の一行は空港警備に守られながら足早に通りすぎて行ったのである。
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この時、この空港を訪れた欧州科学アカデミー使節団は――
使節団長としてEC学術連絡会議、兼、ドイツ未来技術開発連絡会(アルバート=ケッェンバーグ)を筆頭に――
フランス国立科学アカデミー(アンリ=クロワ)
スイス産業間連絡機構顧問アカデミー(フィリップ=ロッヘン)
イタリア国立アカデミー(アントニオ=モラーレ)
スゥェーデン王立アカデミー(U=ヘディン)
オランダ・ベルギー・デンマーク合同未来産業研究機構(ヴィルジニー=ボルデー)
英国王立科学アカデミー(ウォルター=ワイズマン)
〔()内、各代表〕
以上、総数47名――
他、補助役や助手などの付添人が十数名同行していた。
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普段から、公私の別無く大衆の期待の目を向けられている彼らには、空港側の報道陣を避けられるこの様な設備には少なからず感謝したいものがあった。彼らも、出来ればマスコミなどとの接触は常識的なレベルにとどめたかった。だが、彼らの様な超一流の知識人ともなれば、その存在自体が重要な意味と価値を持つ様になる。適切・適度なデモンストレーションを意識的に行うことは、彼らには必要な行為であった。
彼らは、マスコミの歓迎もそこそこにメインゲート奥の螺旋エスカレーターへと向う。
その空港内には巨大な吹き抜けがある。
地下6階から地上12階までを一気に突き抜けるそれには、巨大な螺旋型エスカレーターが備っていた。ビル内は、最上階から地下までそのエスカレーターで縦横無尽につながれていたのである。
一行はまずはその螺旋エスカレーターに向かうと3つ上の6階フロアへと向う。6階フロアにVIP用の特別控室が設けられているのだ。
使節団の人々が広いプラスティック床の廊下を雑談を交えながら足早に進んでいる。その中で英国の王立科学アカデミーの人々は最後尾をキープしていた。その中にウォルター=ワイズマンの姿があった。
「ウォル、どうだね? ひさしぶりの極東の神秘の国の感想は?」
「そうだな、5年ぶりだが、余りに変ってしまったので感想どころではないよ。チャーリー」
ウォルター=ワイズマンは英国王立科学アカデミーの代表である。その彼に愛称で気さくに話しかけてくるのは丸眼鏡に尖り顎のガドニック教授だ。
「確か、君が以前にこの国に来たのは、この空港がまだ計画途中だったころだったな」
「あぁ、四十七の誕生日だと言うのに、日本と英国の学会交流だとかで、引っ張り出されてね。イヤイヤにこの国の土を踏んだよ。それに、あの時はヒラの学会員でね日本側の待遇もロクな物ではなかった」
「あの時、君はエラい剣幕で帰国後に厳重抗議をしたっけな」
「やめてくれ。昔の話だよ」
ウォルターは顎に蓄えたたわわな白い顎髭を揺らして笑う。ウォルターは中程度の肥満体だ。それに頭も禿ている。12月の末ともなれば毎度のごとくサンタクロースに間違えられる。彼の年中行事だ。
「あの頃はまだ、日本の空港事情は成田に頼りっきりだったからな」
「たった3本の滑走路で、日本国の首都の9割の国際線を管理、しかも夜間着陸のできない時間制限の国際空港――」
「そして、首都圏の市街地まで片道1時間半以上」
「正気の沙汰ではないが、それでも国を運営している――、いや、してしまう日本人と言うのは何者なのだろうな?」
「そりゃ決まってる」
ウォルターが言葉を止めて隣のチャーリーに意味ありげに視線を配る。チャーリーがそれに無言で反応する。
「It’s 『Ninja』」
チャーリーはやや食傷ぎみに呆れた表情をつくる。そして、ため息をもらしながらウォルターに問いかけた。
「ウォル――」
「なんだい? チャーリー」
「君は『コテコテ』だな」
「『コテコテ』? なんだい? そりゃ?」
「そのうち、『大阪』に連れて行って教えてあげるよ。本物の『コテコテ』が判るだろう。食い道楽のおまけ付きでね」
チャーリーは軽い笑い声を上げた。ウォルターが釣られて笑う。
「『コテコテ』はともかく、食い道楽と言うのは実に魅力的だな。このサミットが終わって、本国での後始末が終われば休暇が取れそうなんだ。その時にでもお願いできるかい?」
「いいだろう。私も日本で休暇を取るつもりだったからな」
「君はアカデミー一番の日本びいきだからなぁ」
「あぁ、骨の髄までね」
2人がそんな会話をしているうちに、使節団一行は6階フロアへとたどり着き、とある広い一室へと招き入れられる。そこはVIP向けのレストルームであり一般客は一切立ち入ることが出来ない空間であった。
















