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X1:大規模会議室サイト・X-CHANNEL/兄貴とクラスメート

「ふぅ――」


 その少女は姿勢を正した。背を伸ばし、両手を軽く振るとVRのゴーグルを外しながら軽く伸びをする。

 

「なかなか掴めないなぁ――」


 沈んだ面持ちでため息をつく。なにか心痛を抱えているのかその表情は晴れない。だがその彼女の背後から声がかけられる。同年代の若い少女の声だった。

 

「倫子?」

「えっ?」


 強く呼びかけられてその少女〝成宮倫子〟は背後を振り向いた。

 ハンバーガーファーストフードの2階席の窓際に席を取っていた倫子だったが、不意に背後から語りかけられたのである。

 語りかけてきた声の主は朝のマフィンセットの乗ったトレーをその手にして歩み寄ると、倫子の両サイドの席にいつの間にか腰掛けていた。

 地元の女子高生らしくブレザー形式の紺色の制服を規定通りに身に着けている。1人は肩までかかるロングヘアで、もう1人はストレートなショートヘアに纏めていた。ロングヘアが冴子(さえこ)で、ショートヘアが丸香(まるか)だ。ショートカットの丸香が問いかけてくる。 

  

「何ヤッてたの? いつものVRネット?」


 それに畳み掛けるのは冴子だ。


「なに? またレイカ先輩のこと探してるの?」


 その問いに倫子は思いつめたような表情で答え返した。

 

「うん、少しでも手がかりつかめればと思って」

「ふーん」


 丸香が相槌を返せば、冴子はそれに言葉を続ける。

 

「もう1ヶ月だよね連絡取れなくなったの」

「うん。単なる家出とかじゃなさそうなの。たしかにちょっとスれてたところあったけど不良ってわけじゃない。ご両親とも仲良かったし、居なくなる理由がないんだよ。彼氏だって居るし。それであちこち手繰ってみたんだけど全然足取り掴めなくって――」

「それでネットに?」

「うん」

「それで守備は?」


 真剣そうに冴子が問うが、顔を左右に振る倫子の表情は芳しくなかった。


「少なくとも、住み込みバイトとか、ホテルや簡易宿泊所とか探ってみたけど全部ダメ。レイカさんの行動範囲をくまなく巡ったけどやっぱり〝表の世界〟には居ないみたいなんだよ」

「表? って事は裏?」


 真面目に語る倫子に丸香はつい軽いノリで答えてしまう。それを冴子はさり気なくたしなめた。

 

「ちょっとマル、あのレイカ先輩がそう言う世界に自分から行くわけ無いでしょ?」

「あ、そうだね――ゴメン」


 会話は弾まず、すっかり深刻な内容へと進んでいく。晴れやかな朝だと言うのに3人の間には早々に気まずい沈黙が漂い始めていた。だが――

 

「なに、3人してそんな眉間にシワ寄せてるんだ?」


――3人の背後からかけられたのは、若さと勢いを感じさせる青年男性の声だった。そして3人はその声の主を知っていた。


「え?」

「あっ! 兄貴」

「センチュリーさん?」

 

 窓際に座っていた3人はおもむろに振り返る。するとそこにはWサイズのハンバーガーを手にしたとある人物が立っていたのだった。

 

「よぉ」


 そこに佇んでいたのは『センチュリー』だった。特攻装警の第3号機、倫子がVR会議室の中で語っていたあの人物である。

 その頭部にメカニカルで鋭角的なデザインのヘルメットを装着しており、ヘルメットの青いゴーグル越しに力強い瞳が見えている。そこから感じとれる気配は、まさに人間の醸し出す気配そのものである。

 しかし、その首から下は違う。

 バイク用のライダースーツを思わせる、よりタイトな全身スーツをまとっており、肩や胸部、腕部や脚部など全身の至る所に、金属にもファインセラミックスにも見えるメカニカルなプロテクターパーツが備わっている。それは肉体の上に装着しているようには見えず、彼の身体のそのものを構成しているかの様である。


 彼は人間ではない。人間あらざる者にして、人間に等しい者――すなわち〝アンドロイド〟である。

 左手を頭部のヘルメットに手をかける。頭部全体をすっぽりと覆うそれは鼻筋から顎にかけてが露出している。そして首筋全体を覆うカバーとヘルメットの下端部は接続されており、センチュリー自身が体内コマンドを実行したのだろう、その接合部が軽い電磁音をたてて切り離される。

 そして、彼が頭部全体にかぶっていたヘルメットは着脱可能となる。左手だけで器用にメットを脱ぐと、その下からはラフなショートの栗色の髪をした端正な面立ちの若者が姿を表したのである。

 倫子の右隣の丸香が横にずれて場所を開ける。センチュリーはメットを足元の荷物スペースに置くと遠慮せずに開けられた席へと腰を下ろしたのである。

 倫子がセンチュリーに問いかける。

 

「兄貴、なんでここに?」

「朝飯、今日は5時から身柄確保の案件があったから早番でよ。今やっと休憩取れたんだ」

「そうなんだ、お疲れ様」

「おう」


 センチュリーは人間によく似た骨格構造を持つ内骨格式のアンドロイドである。そして特徴的なのが人間と同じ様に食物を摂取してそこからエネルギーを取り出す有機物消化のシステムを持っているという点である。

 当然、物を食うということはそれを体内で燃やすために酸素を呼吸する必要もある。センチュリーはあらゆる意味において人間らしい特性を有しているのだ。

 そして、その彼は警察の中のあるセクションにて活躍していた。それは――

 

「なんだ、揉め事か? 誰か居なくなったのか?」


――倫子たちのような少女たちにも深く関わる部署であったのだ。


「あ、うん――」


 倫子が言い淀む。冴子も丸香も戸惑っている。気まずい空気が流れる。だがセンチュリーは普段の仕事から未成年の幼い女の子たちのこう言う反応には慣れており、一向に気にしなかった。

 

「悪いな。立ち聞きしてたわけじゃないんだが、外からVRゴーグルを付けてたお前の姿が見えて寄ってみたんだ。そしたらお前たち3人が並んでたんでな――」


 倫子たちの会話はセンチュリーには筒抜けだった。

 

「相談にのるぜ。行方不明なんだろ? その先輩」

「いいんですか?」

「あぁ、家族が行方不明者登録かけても、普通は警察は何もしない。行方不明者が多すぎて一人一人には対応できないんだ。でも俺が個人的に覚えておけば折に触れて調べられるからな」

「ホントですか?」

「あぁ、普段から見知ってるお前たちの知り合いならなおさらだ。可能な限り調べてやるよ」

「それじゃ――」


 倫子は意を決した。両隣で冴子も丸香も頷いている。迷いはもう無かった。

 

「居なくなったのは私の学校の先輩なんです。その――、私が退学になったときも最後までかばってくれた人で」

「ネットのクラッキングで摘発補導された件だったな。軽微だったし、お咎め無しでおわったってうちのディアリオが言ってたんだが――」


 倫子の言葉にセンチュリーが答える。そこに冴子が苛立ちを口にする。

 

「うちの生徒指導の金崎の婆さん、融通効かないから」


 だが倫子は誰も責めなかった。

 

「でも前からプチ家出とか繰り返してたから、どのみちこうなってたよ。先輩がかばって学校に強く言ってくれたから強制退学じゃなくて自主退学扱いにしてもらえた。だからまだやり直しはできるからその事は根に持ってないよ。でも、それで先輩が学校に目をつけられたのが――」


 そう語る倫子の声はしぼむばかりだった。その言葉のニュアンスに倫子がどれだけ罪悪感を抱えているか、そしてどれだけ学校サイドが理不尽をもたらしているか――、センチュリーは即座に察していた。

 

「それは違うぞ。倫子」

「え?」


 静かな怒りが籠もった声がひびく。倫子も冴子も丸香も驚きつつ振り向いた。

 

「どんな過ちを犯そうが、どんな失敗をしようが、それを助けて生徒の将来を繋ぐのが学校と教師の役割だ。それを無視して自己保身にしかばかり目が向かないから学校と言うシステムから漏れるガキたちが世の中にあふれるんだ」


 それはセンチュリーがその経験から掴んだ信念だった。驚きをもって視線を向けてくる少女たちを尻目に彼は語り続けた。


「だいたいだ、生徒から抗議されたからと言ってそれを根に持って良いはずがねえ。冴子と丸香にも聴くが、お前らの学校じゃ、そのレイカって先輩の失踪については家出とかで済まそうとしてるだろ?」


 その言葉にまず冴子が頷いた。


「そして、体のいい厄介払いで退学扱いにして除籍しようとしてる。そんなこったろ?」


 さらに丸香も首を縦に振った。完全なる図星である

 センチュリーは両サイドの少女たちを眺めながら一気に告げた。センチュリーはその経験上、子どもたちを預かるはずの学校教師と言うものが以下にデタラメで身勝手かと言うことを嫌という程に味わっていた。やる気のある真面目な教師は淘汰されるか激務で潰される。そして残った平凡以下の教師たちがうまく立ち回る――、20世紀の頃から続く悪習であった。

 

「それをやられると、失踪人調査の動きが鈍くなるんだよ。事件性なしとして後回しになるからな」

「じゃぁどうすれば?」


 問い返す倫子は半分泣き顔である。だがセンチュリーはしっかりと受け止めるように答え返した。

 

「教えろ。そのアホ生徒指導の名前を。俺が直接話をつける。まずは学校の方に危機感を持ってもらう。もしそのレイカって子が〝闇〟に飲まれてるなら学校がちゃんと受け止めないと話にならねぇ。俺の〝少年犯罪課〟の名前を出して強く言ってやるよ」

「ホントですか?」

「あぁ、学校が受け皿として機能しないとこう言う案件の場合は解決に時間がかかるからな。その上で俺も消息調査に動いてやる。そして多分これは――」


 センチュリーは軽く息を吸い込んで、やや低めのトーンのよく通る声で告げた。


「組織犯罪が絡んでる」


〝組織犯罪〟――その意外すぎるキーワードの出現に倫子たち三人の表情は驚きに強張っていた。冴子が告げる。


「センチュリーさんそれって」


 冴子の言葉には若干の抗議のニュアンスがにじんでいた。センチュリーは声のトーンを戻し努めて穏やかに語り始める。


「最近そういう案件が急増してるんだよ」


 丸香が相槌を打つように問いかける。


「そうなんですか?」

「ああ、詳しくは言えねえが、世の中のあらゆる場所に口を開けて餌食となる人間を貪欲に待ち受けてる連中がいる。これは半分俺の勘だが、そのレイカって先輩は何らかの形で〝裏社会〟に引きずり込まれたんだ。俺の弟の情機のディアリオにも頼んで調べさせる。お前たちも何かわかったら知らせてくれ」


 そう語るセンチュリーの声は力強かった。そして何より「この人なら何かしてくれる」そう思わせる信頼感があった。そう、まさに悪い意味でサラリーマン化した学校の教師にはありえないものだ。

 冴子が言う。


「わかりました」


 丸香も言う。


「もちろんだよ」


 そして最後に話をまとめるように倫子が告げた。


「わかった、お願いね兄貴」

「おう、悪いようにはしねえよ」


 センチュリーは少年少女たちから〝兄貴〟と親しみを込めて呼ばれていた。センチュリーは本来彼らたちを補導する側の『生活安全部少年犯罪課』に属する特攻装警である。だが彼はその経験の中で闇雲に犯罪を取り締まり違法行為を働いた若者たちを捉えるだけでは、少年少女たちの暮らしの場をより良くすることはできないということを知っていたのである。


「それで、その生活指導の教師の名は?」

「金崎、金崎ともえ。五十過ぎの融通の聞かないおばさん教師です」

「そうか、よし――」


 その瞬間にセンチュリーは倫子たちから聞いた話を整理して脳の記憶領域の片隅に固定保存した。いつでも呼び出せるように――

 そしてセンチュリーを立ちながら言った。


「邪魔したな、そろそろ行くぜ。冴子と丸香は学校だろ?」

「はい」

「もう半分遅刻気味だけど」

「サボんなよ」

「さぼりませんよ!」


 丸香が笑いながら答える。そしてセンチュリーの視線は傍らの倫子の方へと投げられた。


「倫子、お前は?」

「私は――」


 少し困った顔で、それでいて心の中に前向きに決めたものを宿している、そんな面持ちで倫子は言った。


「大検を受験しようと思って」

「お、やっとやる気になったか」

「はい、あとで大検の対策講座をやってる塾を見学しに行くんです」

「そうか、頑張れよ」

「あの、ひとつ聞いていい?」


 二人の会話に丸香が声を挟んだ。


「大検ってなに?」


 その問いに答えたのはセンチュリーだ。


「大検ってのはな〝高卒認定試験〟て言ってな、こいつみたいに高校中退したり、そもそも高校入ってなかったりするやつでも、大学が受験できるように高卒同等の学力があると認める検定試験のことさ。高校に行くだけが人生じゃないからな」 


 そう語る、センチュリーの言葉には重みがあった。今まで幾多もの若者たちの人生に向き合ってきたのだから。

 大検――高卒認定試験。中卒者や高校中退者への支援制度の一つで合格すると高卒相当の資格が得られるのだ。

 その言葉に丸香たちの顔が明るくなった。

 

「そっか、じゃ一緒に大学に行けるといいね」

「だね、また3人でだべったりとかさ」

「待ってるよ、倫子」

「うん、ありがとう」

 

 3人がそんなやり取りをしていると冴子が自分の腕時計の時刻に気づく。


「ヤバ、そろそろいかないと。行くよ、マル」

「今日の二限目、草薙先生の数学だっけ」

「そう、あたし数学赤点だから出ないとマズイんだよ」

「わかった。行こう」


 あせる冴子に丸香も立ち上がった。

 

「じゃね、倫子」

「センチュリーさんもお仕事お気をつけて」

「おう」

「うん、冴子も丸香も行ってらっしゃい」

「うん、行ってくるね」

「頑張れよ」

「はい」


 やり取りする三人にセンチュリーも励ましの声をかける。冴子たち二人は手を振りながら去っていった。

 言葉をかわし手を振りながら立ち去る親友たちを倫子は視線で追っていた。

 過ちを犯して学生では無くなったが、親友で無くなったわけではない。そして明日への希望はまだ残されているのだ。


「さて、俺も行くとするか」

「仕事?」

「おう、今から横浜に行く」

「横浜? なんで? 縄張りの外じゃない」


 センチュリーは警視庁所属だ。神奈川県警のエリアは勝手には動けないのだ。センチュリーはため息をつきながら言う。

 

「お誘いがあったんだ。小規模な武装暴走族をシメるから手伝ってくれって。ったく面倒にならなきゃいいが」

「大忙しじゃない。気をつけてね、兄貴」

「おう」


 センチュリーは立ち上がりながら足元のヘルメットを左手で拾い上げる。そして片手でメットをかぶりながら倫子にこう告げたのだ。


「倫子、ひとつだけ忠告しとくぞ」

「えっ?」

「ネットで調べものをするのは構わんが、顔と素性の見えない人間を簡単に信用するなよ」

「――」


 倫子は思わず沈黙する。センチュリーはその意味をしっかり理解していた。


「世話になった先輩が心配なのは分かる。だが、その先輩を陥れた連中が、ネットの世界で口を開けている可能性だってあるんだ。いいか? 〝焦るなよ〟」


 焦るな――

 その言葉の意味を倫子は痛いほどに感じていた。


「うん、わかってる」

「組織犯罪関係は慎重に事を運ばないといけない。だから絶対に迂闊なことをするな。何かあったら必ず連絡しろ。いいな?」


 そう語るセンチュリーだったが喉元まで出かかった言葉がある。〝組織犯罪は証拠隠滅を図ることがある〟それは組織としての危険度が高ければ高いほど容赦がない。闇雲に表立って追い回すわけにはいかないのだ。事件解決の難しさをセンチュリー自身がいやというほど味わっているのだ。


「じゃあな」

「うん、いってらっしゃい」


 センチュリーの言葉に倫子が返す。そしてセンチュリーは手を振りながらそこから去っていった。

 倫子は窓の外へと視線を向ける。そして道行く人々を眺める。

 大人が居る。子供が居る。

 仕事へと向かう会社員がおり、様々な仕事をしている制服姿の人も居る。

 真面目な姿の一般人も入れば、ド派手なファッションの危なそうな人も居る。

 この巨大な交差点から見える光景は社会の縮図だ。そう思わずには居られなかった。

 そして――


「あ――」


 ふと時計を見ればもうすぐ猫貴族のペロとの約束の時間が迫っていた。先程のセンチュリーの言葉が脳裏に浮かぶが、迷いを振り切りペロと会うことに決めた。

 倫子は再びVRゴーグルを装着する。そして、ネットへと〝入って〟いった。


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