終幕 ―特攻装警―/ブラザー
時同じくして――
同じ横浜でも繁栄と喧騒から見放され閉鎖された、一つの観光設備があった。
――横浜ベイブリッジ、展望施設スカイウォーク――
大黒ふ頭から本牧へとかかってる横浜ベイブリッジの大黒ふ頭側に存在していた展望設備で、ベイブリッジの下側に張り付くように設けられた観光設備、横浜の夜景を一望する事ができるのが最大の売りだったのだが、展望施設以外に目玉が無く、市街地からもアクセスが不便だったことも有り、開設されてから20年を経て閉鎖された設備だ。
現在も厳重管理されているはずだが、その設備のセキュリティーをかいくぐりスカイウォークの展望施設内に入ってきた人影がある。
清掃もされず、打ち捨てられた展望通路を歩くのはドレッドヘアの黒人で両腕が白銀の義手となっている男だ。高度な戦闘機能を持った違法サイボーグ。あの横浜新富町で、センチュリーとやりあったあのレールガン男である。
男はスカイウォークの通路を歩き展望フロアへと到達する。そして、煌々とネオンに照らされている横浜の夜景を眺めつつ、懐から一台のゴツい防水スマートフォンを取り出す。そして、何処かへと通話を始める。
電話番号を発信しつつ返事を待つ。程なくして何処かへと回線は繋がった。
〔俺だ〕
スマートフォンの向こうから聞こえてきたのは、野太い男性の声だった。
「ヘイヘイヘイ、久しぶりだぜ、兄貴! 俺のこと覚えてっか?」
〔その声、まさか? ジニーロックか?!〕
「ヒュー! 忘れて無くって嬉しいぜ! ステイツの糞溜めで死に損なってから何年ぶりだ? なかなかビッグになってるじゃねえか。イカしたファミリー作っちまってよぉ! 糞ジャップを鴨にしていい商売してんじゃねえか!」
〔そう言うお前こそ、よく生きてたな! とっくの昔にリンボの底で焼かれてると思ってたぜ〕
「俺もだブラザー、死んじまったはずのお前がステイツから出て、アジアのこんな島国でファミリー作ったって聞いてよ。会いたくて会いたくてすっ飛んできたぜ!」
〔馬鹿野郎! 何年経ってると思ってるんだ! 遅すぎんだよ!〕
「そう言うなって、この国に来てから俺も半年くらいになる。生活の足しにすんのにこっちのマイナーリーグのガキどものチームで遊んでたんだけどよ、直接のボスがヘマこいてポリスの野郎どもに殺られちまってよぉ」
〔ちょっと待て。それいつの話だ?〕
「ついさっきさ。ヤラれたフリしてスキ見てトンズラこいたんだ。金もねえ、ねぐらもねぇ、どうして良いか手詰まりでよ」
レールガン男の名はジニーロックと言うらしい。ジニーロックの語る言葉に電話の向こうの男は少し思案しているようだった。僅かな沈黙を挟んで電話の向こうから声が発せられた。
〔ブラザー、お前が居た組織ってもしかして〝スネイル〟か?〕
「当たりだ! バウンサーの真似事してたんだ」
〔そうか――、それなら話は早い。お前、この国での〝決まりごと〟解るな?〕
「当然だろう? どんなところに行ったって、守らなきゃいけねぇ〝仁義〟ってやつはある。たっぷり勉強させてもらったぜ」
〔オッケイ、オッケイ――、それでお前今どこにいる?〕
「横浜スカイウォークとか言うぶっ潰れた展望フロアだ。ヨコハマの夜景が綺麗だぜ?」
〔だったら、そこを出てその隣りにある大黒ふ頭のハイウェイパーキングに来い。そしてそこで待ってろ、すぐに迎えに行ってやる。お前とは話したい事が山ほどあるんだ。俺のアジトで朝まで飲み明かそうぜ!〕
「サンキュー! 旨い酒、期待してるぜ!」
〔あぁ、とびっきりの最高のヤツを用意してやるよ。また俺の右腕になってくれ〕
「あたりまえだぜ兄貴」
〔やっぱり、お前は俺の一番の〝弟分〟だからな〕
「そう言ってもらえて嬉しいぜ。また一緒に暴れようぜぇ!」
〔期待してるぞ、兄弟〕
通話の向こうの声はさも嬉しそうだ。
「なぁ兄貴。早速なんだが、ちぃと頼みたいことがあるんだ」
〔なんだ? 言ってみろ〕
「助けだしてもらいてぇ〝女〟が居る」
〔女? どこからだ?〕
「ついさっきポリ公にパクられた女だ。スネイルの中で知り合った」
〔ブラックか?〕
「いや、ジャパニーズだ。だが助けるだけの価値はある〝投資〟して損はねぇ」
通話の相手が無言になる。事の真贋について思案しているのだろう。だが数秒の沈黙の後にそいつは口を開いた。
〔わかった。お前のために一肌脱いでやる。再開のお祝い代わりだ。それにお前が連れてきたヤツにハズレは無かったからな〕
「サンキュー! 兄貴! この借りは必ず返すぜ。なぁ――」
そして一呼吸置くと、ジニーロックは会話の相手の名を呼んだ。
「〝モンスター〟」
ジニーがその名を呼ぶと、電話の向こうでは喜びの笑い声が漏れていた。そして通話の相手はハッキリとした声でこう告げたのだ。
〔ハッハッハ! お前にその名前で呼ばれると昔に帰ったみたいだぜ。約束の場所で待ってろ、俺が直々に迎えに行ってやるよ〕
「オッケイ! 待ってるぜ」
〔それじゃまた後で会おうぜ〕
「あぁ、またな」
レールガン男のジニーロックは、そこまで語り終えるとスマートフォンを操作して通話を終えた。そしてもと来た方へと歩き出すのだ。
そしてそれから数分後、スカイウォークのフロアは、また誰も居ない無人の空間となった。
もうそこには誰の足音も聞こえない。