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終幕 -特攻装警-/弟

 南本牧埠頭に警察車両がごった返していた。

 地元・神奈川県警と、特攻装警を擁する警視庁とが協力し合いながら、今夜の騒動を引き起こしたスネイルドラゴンの面々たちの身柄を拘束しているところだった。スネイルドラゴンの一般構成員たちはすでに盤古隊員たちの手により、完全に武装解除させられて身の自由を奪われていた。また、スネイルドラゴンに粛清されるはずだった下部組織構成員たちは幾人かの犠牲者を出しながらも一部無事保護されていた。


 とは言え――、

 事の大小はあれどそれなりに違法行為に加担しているのも事実だ。いずれ警察からキツイお灸を据えられることになるだろう。高い代償を払うことになるはずだ。

 

 一方で、アトラスたちと激戦を交えたバジリスクとジズは、完全に無力化され今なお意識を失ったまま全身を結束されて身柄を確保されている。そして、対サイボーグ用の特殊担架に拘束され、そのまま盤古の隊員数名によって運びだされようとしていた。

 2人が運ばれるのは救急車ではない。対サイボーグ犯罪者用に開発された装甲護送車である。内部で暴れられても影響が出ないように強固な金属製の密室構造となった特殊車両だ。

 バジリスクとジズがその装甲護送車に運び込まれ、1人の盤古隊員が伝令としてアトラスの所に駆けて来る。ひと仕事終えて軽い休息をとっていたが姿勢を正してその盤古隊員に向き合った。

 

「特攻装警アトラスに報告! 被疑者2名、特殊護送車輌に収容完了いたしました。身体拘束は継続中、無力化措置完了ののちに神奈川県警横浜拘置所付属の犯罪性サイボーグ拘束施設に収容予定となります」


 隊員の報告を耳にしてアトラスが向き合う。

 

「ご苦労。2人の容態はどうなっている?」

「被疑者2名、いずれも意識喪失状態ながら生命に異常は見られません」

「分かった、では予定通り拘置所への収容を継続だ。拘置所側にも、対サイボーグ用対応を間違いなく進めるように再度通達してくれ。それとハイロンの遺体は現場検証が済み次第収容、その後に警視庁付属の科捜研に移送する」

「了解!」


 そこまで指示を出したところで、脳裏にひらめくものがある。


「もう一つ聞くが、ちなみに現場で確認できた敵幹部クラスの被疑者は何体だ?」

「遺体収容できたものが敵幹部ハイロン一体、身柄拘束できたものが残り2名で、合計3名です」

「3名? もう1人居なかったか?」

「いえ、確認できておりません」

「―――」


 盤古隊員の答えにアトラスは沈黙せざるを得なかった。3名では数が合わない。4名居たはずだ。その事実が示す意味は一つだ。

 

「わかった。ご苦労」 


 アトラスからの指示を受け取って、敬礼をするとその盤古隊員は身を翻して持ち場の方へと戻ろうとする。


「あぁ、それと――」

 

 だがアトラスがさらに言葉をかけると、隊員は足を止め振り返る。


「被疑者の関連組織であるスネイルドラゴンの別働隊がハイロンの遺体の奪回を試みる可能性がある。遺体が敵に渡れば、組織の戦意を鼓舞する殉教者に祭り上げられるだろう。絶対に阻止しなければならないから周辺への徹底した警戒を継続してくれ」

「はっ!」


 隊員が指示を受け終えて再び持ち場へと戻っていく。その姿を見送り終えると、アトラスは様々な警官たちによる喧騒を離れて、岸壁沿いへと歩いて行く。その先には地べたに腰を下ろして休息をとっているセンチュリーが居た。センチュリーは左手に白い幅広のテープを手にしていた。


『メンテナンス用マスキングテープ』


 そう銘がプリントされているそのテープは特攻装警たちの身体に破損や損傷が生じた時に、応急修復のために用いられているもので耐水耐油絶縁効果を持っている。センチュリーはそのテープを医療用の包帯よろしく、先ほどの戦闘で切断された右手首の切断面を保護するために貼り付けていた。

 センチュリーは、切断面を封じるように何枚も繰り返し重ねたのちに手首全体に隙間なく巻きつけていく。アトラスはその光景を眺めながら彼に声をかけた。

 

「名誉の負傷だな」


 兄であるアトラスの声にセンチュリーは振り向いた。その表情は曇りがちで、兄に対して気まずそうだ。

 

「そんなんじゃねえよ」


 そう答えながら、足元に置いてあった自分の切断された手首を拾い上げると、同じく足元においてある非常用メンテナンスキットの入ったバッグの中へと仕舞いこむ。そして、立ち上がりながらぼやく。

 

「自分の未熟さが身にしみて泣けてくるぜ」


 そう呟きながら切断されたおのれの手首をじっと眺めていた。だが、アトラスもまたそんなセンチュリーの姿を笑い飛ばせなかった。アトラスはセンチュリーに自分の右腕を見せながら声をかけた。

 

「お前だけじゃないさ」


 センチュリーが顔を上げれば、そこにはアトラスの手首が亀裂を生じて破損しかかっていた。


「兄貴もヤラれたか」

「あぁ、完敗だ。まるで歯が立たなかった」

「俺がやりあったのはサムライもどきの剣術使いだったよ。相当実戦を繰り返した手練だ。兄貴の方は?」


 センチュリーは手にしていたメンテナンス用テープをアトラスに投げ渡す。アトラスはそれを受け取りながら更に言葉を続けた。

 

「まじめにやりあうのが馬鹿らしくなるくらいのタフネスファイターだ。拳の一撃で10式戦車を吹っ飛ばしかねんくらいのな」

「一人一人が戦略兵器クラスのバケモンってわけか」

「あぁ」


 センチュリーはアトラスの言葉にそう問いかけながら思案していた。その脳裏には幾つもの懸念と不安が絡みあいながら渦を巻いている。センチュリーの気分は晴れなかった。それに畳み掛けるようにアトラスが答える。


「恐ろしい相手だ。オレたちが今まで相手にしてきた国内の犯罪者など比較にならん」

「マリオネット・ディンキーか」

「あぁ、国際テロリストの肩書は伊達じゃない」


 センチュリーは立ち上がると、スネイルドラゴンの構成員たちをとらえて収容を続けている警官と盤古隊員たちを眺めながらアトラスのさらなる言葉に耳を傾ける。

 

「複数でなくあくまでも単独での行動。テロ活動はあくまでも配下のアンドロイドを用いて本人は裏に隠れて姿を見せない。一般的な組織テロとはまるで違うスタイルだとは聞いていたんだが――」

「マリオネットって言ってたな」

「あぁ、ディンキーが有する戦闘アンドロイドはそう呼ばれるらしい。実際に戦ってみると、既存の日本国内の違法アンドロイドや違法ロボットたちが子供のおもちゃに見えてくる」


 センチュリーの耳に兄であるアトラスの言葉が重く響いていた。

 あのコナンの見せた精妙極まる剣技を見せつけられた後では、どう言い訳しても、どう理屈づけても、根本から考え方を変えねば、警察として、特攻装警として、次に巡りあわせた時にあの連中に立ち向かえるのかどうか想像すらできなかった。


「今回ばかりは兄貴に同感だ。いつもの仕事と同じレベルでタカくくってこのままやってたら、次は間違いなく素っ首切り落とされてる」

「あぁ、次に奴らとやりあうとしたら現状のままでは命がいくつあっても足らんだろう」

「一からやり直しだな」

「あぁ」


 アトラスはひび割れたおのれの腕を眺めながら、センチュリーの言葉に耳を傾けていた。

 そして同時にアトラスの頭のなかでは幾つもの思いが交錯していた。


 どうすればマリオネットたちの戦闘力に立ち向かえるのか、

 自分たちの能力と機能でこれからも対応できるのか、

 そして、ディンキー一派が次に為すであろう犯罪をいかにして未然に防げばいいのか、


 疑問と不安はいくらでも湧いてくる。だがその全てに対応するには、あまりにも人手も時間も不十分だ。特攻装警は現時点で5名――、状況的に自分たち特攻装警にかかってくる負担が多すぎるのだ。


「兄貴、聞いたか?」

「なんだ?」

「フィールのやつ、今回の件で公安からも調査協力依頼を受けたんだってな」

「あぁ、そうらしい。捜一所属のフィールに公安がらみの仕事までさせなければならんとは、やりきれなくなってくる。これではまるで便利屋だ」

「それについては俺からも上の方に抗議しておくよ。最近、特にフィールは捜一以外の仕事で駆り出されすぎてるからな」


 センチュリーの言葉にアトラスも思い至ることがある。警察の儀典式典やセレモニーなどに、しばしばエスコート役としてフィールを借りだすケースが増えているのだ。それについては確かに不愉快に思っていたのも事実だ。


「まぁ、マスコット的な存在として、使い勝手がいいからなんだろうが――」

「それはそれ、これはこれだ。オレたちには、それぞれに本来やるべき任務ってのがある。上層部がそれを忘れて好き勝手するんなら、いっぺんガッツリ言っておかなきゃなんねえぜ」

「分かってる。俺からも上の方に言っておこう」

「頼むぜ――、アンドロイドのオレたちが過労でダウンなんてシャレにならないからな」


 そうぼやきつつも、センチュリーの表情はどこか楽しげでもある。今、この困難な状況は過酷ではあるものの、自分たち特攻装警にとって求められている物であることは事実なのだ。

 

「オレたちが倒れるにはまだ早え。やることがしこたま有るからな」

「あぁ、もちろんだ」


 センチュリーの言葉にアトラスはしっかりと頷いていた。歩みを停めるにはまだまだ早すぎる。左手でメンテナンスキットのバッグを拾い上げると肩にかける。

 その時さらに、アトラスの口から語られる事実が有った。

 

「それともう一つ」

「まだ、あるのか」

「あぁ、お前にとっちゃ最悪の話かもしれん。お前、横浜の福富町でやりあったレールガン男を覚えてるな?」

「当然だ。忘れるはずがねえ。エリオットが放電兵器で撃ち落としたのを見てる。それがどうかしたか?」

「センチュリーよ、自ら放電兵器を内蔵しているヤツが、放電攻撃を食らった程度で殺られると思うか?」


 センチュリーはアトラスの言葉に脳裏にひらめく物が有った。

 

「まさか!?」

「そうだ。そのまさかだ。ハイロンの遺体が一つに、身柄拘束できた生存幹部が2名。合わせて3名。1人行方不明だ」


 アトラスは焦りを顔に出すことなく、淡々と冷静に説明する。

 

「逃げられたか!」

「その可能性は高いな。エリオットに倒されたのもいわゆる〝死んだふり〟だったのかもしれん。相当場数を踏んでいると見たほうが良いだろう」

「くそっ! 迂闊だった! ハイロンばかりに気を取られてた!」


 センチュリーは怒りに眉を潜ませながら歯噛みしていた。アトラスは尚も冷静に語り続けた。


「ディアリオに頼んで手配しておこう。気休めかもしれんがな」

「あぁ、その方がいい。俺も福富町でレールガン野郎とやりあった時の〝映像データ〟をアップロードしておく。共有可能な情報は少しでも多い方がいい」

「わかった。俺の持っている視聴覚データからもアップロードしておく。やつは今回の見せしめ殺人でも重要な役割を果たしている。必ず見つけ出して取り押さえよう」


 次なる行動を確認してお互いに頷きあう。するとちょうどその時、二人の視線の向こうに現場警戒の任務から離れたエリオットが二人の方へと歩いてくるところであった。

 センチュリーはエリオットに手を振りながらアトラスに声をかけた。

 

「それにしてもよ――」


 その時、センチュリーが低い声で深刻そうに言葉を吐いた。アトラスがその声を耳にして振り向いた。

 

「ん?」


 アトラスのその視線の先、笑みの消えた真面目な表情でセンチュリーは言った。

 

「せめて、あと1人〝弟〟が欲しいぜ」


〝弟〟その言葉の意味がアトラスにも痛いほどよく解った。

 

「それも――〝即戦力〟になれるやつだな」

「あぁ――」


 センチュリーがアトラスの言葉に大きく頷けば、エリオットから2人に対して声がする。2人は軽く手を振りながら、静かにエリオットに駆け寄っていった――。


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