第11話 アンドロイドテロリズム/妖精舞う
すでに兄たちはその身を掛けて決死の攻撃を試みている。自分だけが傍観して良いはずがない。フィールはディアリオに告げると一気に急降下する。そして、逃走トレーラーの前方を飛行しつつスタンバイする。
〔何をする気だフィール?〕
〔こうするのよっ!〕
フィールは両腕の電磁波加圧チャンバーを作動させる。体内で生成される電磁波を両腕のチャンバーユニットへとバイパスを始めると、数秒のタイムラグを置いて必要十分な出力を確保する。そして南本牧埠頭で行ったように高圧電磁波を浴びせるつもりなのだ。
それは賭けだった。敵の電磁波能力と自らの電磁波能力、そのどちらが相手を凌駕しているかで勝負の行方は決まる。だが、このままむざむざ逃走を許すほどフィールも気弱ではない。日本警察の最前線に身を置く者として絶対に譲れない最後の一線なのだ。
両腕内の加圧チャンバーが100%充填完了となるのと同時に、フィールは飛行したまま後方へと振り向く。そして、両腕をかざしながら叫ぶ。
「ショック・オシレーション!」
フィールのその叫びをトリガーとして、彼女の両腕の中に貯められた高圧電磁波が一気に放射される。それは逃走トレーラーの後方を走行するディアリオからも電磁ノイズを視認できるほどの凄まじさである。
もし仮にこの周辺で携帯やスマホをもっているモノがいたら、一発でショートしているだろう。
ディアリオもフォローを忘れない。火炎に包まれつつもなおも走行可能なトレーラーをアクセル全開で加速させる。そして、もう一台を炎上しているトレーラーの後方へとつけると2台同時に爆進させる。逃走トレーラーへの再度の体当たりを敢行する。
前方からはフィールの電磁波妨害が――
後方からは誘爆寸前のトレーラーによる玉突き追突が――、
挟み撃ちで逃走トレーラーを狙い撃ちにする。
ディアリオも、フィールも、確信していた。
絶対に逃さない。なんとしてもトレーラーを停止させる。車内に隠れているのが凶悪なテロリストであると明確に判明している今、被疑者の生死よりも確実に身柄を押さえ、それ以上の逃走を不可能にすることの方がなにより優先されるのだ。
〔行くぞフィール!〕
〔オッケィ! ディ兄ィ!〕
2人は互いが行おうとしている事を察すると、掛け合った言葉を合図に、一気に攻撃を仕掛けた。
フィールは頭部のシェルの中から6本のブースターナイフを取り出すと、片手に3本づつ握り、敵トレーラーに向けて一気に投げ放つ。
かたや、ディアリオも、まずは炎上しているトレーラーを加速させ激突させる。
「もう一つ!」
そして、それに加えて残る一台を炎上トレーラーの後部へとさらに激突させる。
後方からの衝撃が逃走トレーラーを揺さぶるのと同時に、フィールが投げ放ったナイフが、トレーラーのフロントガラスを砕き、正面のラジエターグリルを貫き、そして、左のフロントタイヤを切り裂いて瞬時にバーストさせる。
それに加えて、フィールのショックオシレーションによる電磁的な目潰しの効果も絶大だった。
逃走トレーラーはもはや制御を失っていた。一旦、左に傾いて、道路脇の防護壁に激突すると、反動で右側を反対車線の方へと弾かれていく。そして、逃走トレーラーは中央分離帯を突き破り乗り越えると、トレーラー全体が、くの字に折れ曲がるジャックナイフ現象を起こしていた。
決まった。これでもう、これ以上は逃走できない――
――と、フィールもディアリオも確信を抱いただろう。だが、2人の目の前で起こった事実は、2人の確信を大きく超えるものだった。
真横を向いてしまったトレーラーヘッドだったが、突然、甲高い金属音を響かせた方と思うと、トレーラーヘッドと後方荷台を繋いでいる連結部が引きちぎれてしまったのである。
フィールが当惑の声をあげる。
「え!?」
ディアリオが驚きの叫びをあげる。
「しまった!」
2人が追いすがる暇も与えぬままに、ディンキー一派が隠れていた後部荷台は反対車線を斜めに疾走する。そしてそのまま高速道路の側壁を一気に突き破った。
いや――あるいは、またしてもトレーラー荷室内部から外部へと干渉し道路側壁を破壊したのかもしれなかった。
いずれにせよ扇島と東扇島の境目の辺り。そこには橋がかかっている。その橋の手前の扇島の側、高速道路の海側の方は道路脇すぐまで海が迫っていた。道路側壁をぶち破ったトレーラー荷室は、闇夜の海面へと向けて一気にダイブする。そののちに海面に大きな水しぶきが吹き上がる。
沈んだコンテナは再び浮き上がること無く、不気味なほどに速やかに海中へと没したのである。
ディアリオは2台のトレーラーと、自らが駆るラプターを急停車させる。そして、降車すると高速道路脇に駆け寄り、海中へと没していくそのコンテナの姿をじっと見守っている。
そのディアリオの傍らにフィールが舞い降りてくる。眼前で展開されたその予想外の光景に、ただ困惑するばかりである。
「ディ兄――」
気まずそうにフィールが問いかけるが、それに答えるディアリオの言葉は、思ったよりも明朗だった。彼はどんな時でも冷静だった。どんなに最悪な状況下でも、次善の策を考えることをやめることはしない主義だ。
ディアリオはフィールの方を振り向いて告げた。
「フィール、周辺海域を探索してくれ! 海上保安庁にも私から協力要請をする。ここまで用意周到な連中が、ただ溺れ死ぬとは考えられない。絶対に生き延びていると考えるのが妥当だからな」
ディアリオはそう告げながら、すでに関係各所への報告と事態収拾のための協力要請の発信をはじめている。そんな冷徹で狼狽えることのない兄の姿を見ていると、意気消沈するがバカらしくなってくる。ほんの僅かにため息をつくと、フィールは飛行準備をしつつディアリオへと問うた。
「わかった、姿を追ってみるね。でもディ兄ィはどうするの?」
「私は後始末をしていくよ、ここまで大仕掛をしかけておいて、放ったらかしと言うわけにはいかないからね」
振り返れば、大破した2台のトレーラーと、破損した道路施設が目に入ってくる。ましてや道路封鎖と電力遮断まで行ったのだから、適切に報告と協力要請を行わなければ問題化してしまうのは必死だ。フィールはそんな兄をひやかすように問いかける。
「それに、始末書も書かなきゃいけないしね」
それはディアリオも考えないようにしていたことだった。事をここまで大きくしていたのだから、避けては通れない事実だった。だが今この場では、その事を考えると気が重くなってしかたがない。あえて触れないようにしていたことを指摘されて、ディアリオは思わず声を荒らげた。
「フィール!」
「あはは、ごめん!」
フィールは笑い声を上げながら舞い上がると、一路、東京湾の洋上へと向かっていく。その姿はまるでピーターパンとともに宙を舞うティンカーベルのようでもある。
ディアリオは自らの妹のその姿を眺めていると、重く鬱いだ気持ちがどこかに晴れていく気がする。為さねばならない事はあまりに多いが、それでも〝兄弟〟として生み出された特攻装警たちが力を合わせれば、どんな難事も乗り越えられる――そんな風に思わずにはいられない。
軽くため息をつきつつフィールの姿を見送る。そして、周囲に視線をくばりながらディアリオも歩き出す。まずは現場保存と情報収集、そして関係各所への協力要請だ。彼が歩みを停めるにはまだ早かった。