X1:大規模会議室サイト・X-CHANNEL/猫の遭遇者
流れを変えるようにミリタリー歩兵の彼が言う。
「でも3号、6号は有名だろ? 出たがりのセンチュリーにみんなのオ○ペットのフィール」
規制コード対象なのか『ピー音』が一瞬出た。そして、トークルームの中央に赤文字で警告表示がなされた。
【 ―――――― 警 告 ―――――― 】
【 ミリタリー氏、タイホ!! 】
それを見たギャラリーから思わず笑い声が漏れていた。
三毛猫猫貴族が楽しげに言う。
「フィールいいよね」
ルーム解説者が言う。
「同意、まじかわいい」
青白い霧の彼が言う。
「でもあれで捜査一課だろ?」
その問いに焦げ茶ローブの賢者が答えた。
「捜査一課の科学捜査係、一般捜査から早期警戒から犯人制圧、人命救助までなんでもできる。ついでに言うと飛行機能持ってる。割と派手に動いてるから変身したあとの姿もでてるよ」
デフォルメアニメ男の子が笑いながら言った。
「変身って! アニメの魔法少女戦士じゃあるまいし!」
「追加武装持ってるんだよ。普段は全部外して通常の捜査員の服装してるけど、非常時の戦闘とか飛行機能を発揮しないといけない時にアーマーを付けるわけさ」
そんなふうに答える賢者に、猫貴族が問いかけた。
「賢者どの、ずいぶん詳しいね?」
すると賢者は意外な事を口にした。
「おっかけやってる。フィールはオープンにふれあいイベントとか出てくるから。海外来賓の警護とかもよくでてるし、簡単に会えるんだよ」
ミリタリー歩兵はしみじみと言う。
「写真集ださねーかな、フィール」
猫貴族も飛びつくように言う。
「何それ? 出たら買う」
青白い霧の彼も同意見だった。
「同意! 5万円出しても買う!」
そして、デフォルメアニメ男の子が思わず口を滑らせたのだ。
「そしてオ○ペット?」
ピー音付きの発言の後に、再びあの赤い文字の警告が彼らの頭上にポップアップ表示されたのである。
【 ―――――― 警 告 ―――――― 】
【 男の子氏、タイホ!! 】
再びギャラリーから笑い声が漏れるその傍らで、チロリアンハットの冒険者もフィールの魅力を認めていた。
「でもフィールの可愛らしさは事実だよ。世界的にもトップクラスの造顔技術が導入されてるって言われてる」
さらに猫貴族が哀れみを込めて語る。
「そういや先月の交流イベントで新人アイドルと共演した時、公開処刑状態だったな」
「どっちが?」
問うたのはルーム開設者、猫貴族は即座に答えた。
「当然、アイドルの方だよ。フィールにばっかり声援集まってアイドルは空気状態さ。しかもフィールが緊急の案件が入って出動しちゃったから会場はその段階でみんな帰っちゃった」
ミリタリー歩兵も言った。
「あー、あれな? あのあとも居たけどお通夜状態」
猫貴族はミリタリー歩兵氏が同好の士と知り即座に反応した。
「どっち狙いかね?」
するとミリタリー歩兵氏は一枚のヴァーチャルカードを取り出した。
【警察活動支援者ルーム内『フィール親衛隊』会員ナンバー:L-3】
すると猫貴族はしみじみと頷きながらこう語りかけたのだ。
「貴公とはいい酒が飲めそうだな!」
彼も一枚のヴァーチャルカードを提示する。
【警察活動支援者ルーム内『フィール親衛隊』会員ナンバー:F-3】
猫貴族のヴァーチャルカードを目の当たりにしてミリタリー歩兵氏は驚きの声を上げた。
「え? Fナンバーっすか? しかも3?」
「本物だよ?」
「うわ! 今度お話させてください!」
「OK! それじゃコパートメントルームで」
「お願いします! 追っかけ情報共有よろしく!」
「ふっふっふ、任せなさい」
コパートメントルームとは1対1で話し合うための個室ルームだ。
二人でなにやらヒソヒソと語り合う。その光景に男の子氏が呆れながら言う。
「なにやってんの? アイツら?」
それに答えたのは賢者殿だった。
「フィールのアルファベットコードはF001だろ? それと同じFで始まる番号はあの連中にとっては特別ナンバーなんだよ」
「あぁ、そう言う事――」
賢者殿の言葉に納得しつつも、親衛隊を名乗る彼らの興奮ぶりに呆れるしかなかった。
だが男の子氏はさらに言う。
「でもフィールさん、表イベント多すぎね? 本来の仕事できてんの?」
猫貴族も同意する。
「あ、それは思ってる。異常だよね」
ミリタリー歩兵氏も同じだった。
「それは激しく同意する。今度、意見書出そうと思ってる」
猫貴族はミリタリー歩兵氏の思わぬ姿に素直に感心していた。
「ほう? 勇気あるな、お主」
「当然だろ? 税金使って造られた正義のヒロインだぜ? 芸能プロのアイドルロボットじゃないんだから」
そこに青い霧氏が賛同していた。
「そうだな。本来の任務で活躍してもらいたいところだしな。よし、俺も書こうっと」
そして、デフォルメアニメ男の子がノリで突っ込んだ。
「こうして大量逮捕が発生したのだった!」
猫貴族は笑うしか無い。
「や・め・な・さ・い!」
青白い霧氏が話の矛先を変える。
「それよかセンチュリーだよ! あれ機密もへったくれも無いじゃん」
ルーム開設者が言葉を続けた。
「渋谷とか新宿とか有明とか繁華街当たり前に歩いてるしな」
ミリタリー歩兵氏も言う。
「だったら、センチュリーと喋ったやつ居るんじゃね?」
するとそれまでギャラリーに徹していた中から一人の若い女性のアバターが進み出てきた。ミニのワンピースドレスに青いロングヘア――、ヴァーチャルアイドルの3Dデータをカスタマイズしたものだ。そのアバターの主は、先程から渋谷の街角のファーストフードからアクセスしていたあの若い彼女である。
ギャラリーエリアからトーカーエリアへと進み出て、恥ずかしそうに右手を上げながら話し始めた。
「あたしでいいかな?」
ルーム開設者が問うてくる。
「何話したの?」
「彼氏にフラれた愚痴話。結構長めに」
そんな意外な話に猫貴族は驚いていた。
「なに? そんな話聴いてくれんの?」
「うん、親と喧嘩したとか、家に帰りたくないとか言うのも聞いてくれるし、仕事がブラックで困ってるの相談して速攻解決してもらえた人もいるし」
するとその隣にまた別な女性アバターがギャラリーからトーカーへと進み出た。オールディーズスタイルのイエローのペチコート付きのワンピースドレスだ。彼女もセンチュリーには面識あるらしかった。ヴァーチャルアイドル風の彼女に問いかける。
「中絶相談して助けてられた人もいたよね」
「ある! それ有名! 保護施設紹介してくれたりとか、相手の男も探し出してくれて責任取らせてくれたりとか!」
「それそれ! やばい組織に巻き込まれたの助けられたってのもあるよね」
「そうそう! だから兄貴が居ないと困るやつ山ほどいるからさー」
「だねー」
青白い霧の彼が問うてくる。
「兄貴って?」
答えたのはイエローのワンピースの彼女だ。
「センチュリーだよ。みんなそう呼んでる」
ミリタリー歩兵氏もしみじみと言った。
「慕われてんだな。センチュリーって」
「当然じゃん。あんなに頼りになる警察、居ないもん」
チロリアンハットの冒険者が皮肉を込めて言った。
「悪食の始末書大明神じゃないんだ」
センチュリーは若者たちには信頼が厚い。だが同時にトラブルが多いのも特徴だった。
その言葉にヴァーチャルアイドル風の彼女は笑って答えた。
「大丈夫、それみんな知ってるから」
その明るく弾んでいる。どれだけセンチュリーが人気があるのか解ろうというものだ。
だが疑問を込めて、デフォルメアニメ男の子が言う。
「でも1号がここまで一度も出てないよ?」
ミリタリー歩兵氏は相槌を打つ。
「あー、アトラスね。あれは出てないんじゃないよ、わざと話に出さないんだよ」
「へ? どう言う事?」
「それはな――」
ミリタリー歩兵氏は前置きしつつ言葉を続けた。
「アトラスは一番苦労してるからさ。最初の特攻装警でノウハウもなにもない状態から始まって、配属当初は気持ち悪いだの、怖いだの、警察権力の暴力化の象徴だの散々な言われようだったからな」
焦げ茶ローブの賢者も語る。
「でも、アトラスが出てから明らかにヤクザとかマフィアとか、動きが変わったんだよ」
チロリアンハットの彼も言う。
「そうだね。アトラスが出てから治安が良くなったのは事実。違法サイボーグとか、武装犯罪者とか、本気でねじ伏せてくれるし」
ミリタリー歩兵氏も焦げ茶ローブの賢者もチロリアンハットの冒険者も頷きあっている。チロリアンハットの彼はさらに続けた。
「そう言う人だからね。賢者殿が言ってたマスメディアの追いかけと加熱報道があったときも事情を知ってるやつはみんな怒ってたんだよ」
ミリタリー歩兵氏が同意していた。
「マスゴミ馬鹿だから正義の味方だろうがなんだろうが平気で潰すからな」
焦げ茶ローブの賢者もそれを補強する情報を提供した。
「アトラスの頃だろ? 警察の殉職者や怪我でリタイヤする人が増えて問題化していたのは」
これに答えたのはミリタリー歩兵氏。
「犯罪者の戦闘力があがっても、警察は犯人を威嚇射撃する事もできなかったからな。あの頃は警察が機能停止する一歩手前だったって話もあるし」
チロリアンハットの彼が言う。
「それを食い止めたのがアトラスだよ。そんな英雄を根掘り葉掘り言うわけ行かないだろ? 警察ウォッチャーマニアでもアトラスだけは追求するなってのは暗黙の了解なんだよ」
それに対して、猫貴族が語りかけた。
「でもそれって結局、全部の特攻装警に言えることだよね?」
「そう言う事、だから5号はその辺もあって非公開でもだれも突っ込まないんだ」
ルーム開設者が感慨深げにうなづいている。
「なるほど。でもさ、特攻装警ってフィールで打ち止めなの?」
猫貴族は声を上げた。
「うーん、どうだろ? 7号が出てきたってのは聴こえないね」
その疑問に超えたのは、さきほどから裏事情に精通してそうなチロリアンハットの彼である。
「いや、出てるよ。7号、まだ開発中らしいけど」
流石にコレには焦げ茶ローブの賢者も驚きの声を上げていた。
「本当?」
その声は思わず素であった。アバターにふさわしい演技を思わず忘れたようである。アバターと中身が同一であるとは限らない。子供のアバターが老人が中身だったり、男性のアバターを女性が演じる〝お鍋〟、当然、女性を男性が演じる〝ネカマ〟は2040年を目前とした今でも当たり前に存在している。老賢者のアバターも中身は案外若いのかもしれない。
先どのワンピース姿の彼女も、同様におどろきつつ、つぶやいていた。
「なんかすごいネタが来た気がするー」
「嘘じゃない。完成はしている。でも正式配属がされてないってだけらしい」
完成はしている。だが正式配備ではない。矛盾している言葉に男の子氏は思わずつぶやく。
「え? なぜ?」
「さぁなんでだろね」
チロリアンハットの彼がそう答えた時だった。ルームマスターの彼が興奮気味に告げた。
「ちょ! まったまった! みんな! 情報提供リンクの案内来てる! 警察裏情報の鍵ルームから!」
「え? なに?」
キョトンとして答えるのは猫貴族。さらにミリタリー歩兵氏が訝しげに問うた。
「鍵ルームから? 何の情報?」
「その第7号機だよ! 6号のフィールの活躍情報もだ! リンク受諾の多数決取る! OKの人はサイン出して!」
〝情報提供リンク〟――異なる別なルーム間で情報のやり取りや、一方的なニュース提供を行うための接続許可を求めるメッセージの事だ。当然、無差別というわけではなくそのルームに参加している者たちの過半数の同意がなければリンク接続は成立しない。
【アンケート: 】
【 鍵ルームからの情報提供を受けるか否か】
【 】
【現在人数> 】
【 トーカー:10名 ギャラリー:22名 】
【 総数32名 】
【 賛同:30名 拒否:2名 】
【 】
【結果:情報提供を受けることとなりました 】
アンケート結果が表示される。その瞬間、拒否を示した2名は自らルームアウトした。残っているのは全員賛同者だ。
「それじゃ提供情報、出すよ」
ルームマスターがアンケート結果を受けて、別ルームから提供されたニュースデータを表示させた。動画から切り出した数カットの静止画画像である。その内容に皆は驚愕することになる。
おもわずつぶやいたのはミリタリー歩兵氏だ。
「これが特攻装警の7号?」
続いて感嘆の声を上げたのは青い霧の彼だった。
「すごい、まるで人間そのものだ」
さらに言葉をかわすのはヴァーチャルアイドルの改造モデルのアバターの彼女と、ペチコート付きのワンピースドレスの彼女たちだ。
「なんか、センチュリーの兄貴に似てない?」
「うん、似てるね」
「じゃ、兄貴とおんなじ系統かな?」
「かもしんないね」
彼女たちの会話を耳にしてつぶやいたのは賢者殿だ。
「センチュリーと似ている――って事は内骨格系モデルか?」
賢者がつぶやきながら視線を向ける先には、望遠空撮映像の拡大画像が映し出されている。
動画映像の中から数カット、もっとも写りの良い状態の物が選び出されている。
少し古ぼけた高層マンションの表階段。そこを降りていくバイカー風のレザージャケット姿の亜麻色の髪の若い男性の姿があった。彼と同行しているのはスーツ姿の若い男性。先程、芝浦エリアで犯人制圧を行った朝とグラウザーが引き継ぎを終えた時の姿である。
そしてリンク先の警察裏情報の鍵ルームのルームマスターが音声のみで解説を始めた。ややかすれた成人男性の声である。
「インディース系のネットニュース業者が遠隔空撮ドローンで都市映像を撮っていた時の映像らしい。入手経路は不明としてくれ。芝浦ふ頭付近で強盗犯グループを強制制圧を行って、犯人を逮捕したあとの姿らしい。こちらの保持情報では第7号機の個体名は不明だが、正式形式コードは判明しており〝APO-ZXJα-G001〟となっている。外見から察するにより人間的な外見を追求したリアルヒューマノイドモデルだろう。この撮影の後、どこに移動したかは今のところ不明だ」
多分にして、裏情報を含んだその重要データに皆が感心している。そして鍵ルームのマスターは更に告げた。
「それと、この強盗犯グループの一人が逃走、これの追跡任務の支援のために特攻装警の6号のフィールが出動していると言う情報がある。今も東京上空を飛んでるそうだ」
「ありがとうございます。情報提供に感謝します」
「礼には及ばないよ。じゃあな――」
【接続終了。情報提供リンク解除 】
鍵ルームのマスターは一方的に接続を解除した。映像が消えた瞬間、皆が一斉に動き出した。
「悪い、落ちる! おつかれ!」
「僕も」
「俺も」
ミリタリー歩兵氏が、男の子氏が、青い霧氏が続々と落ちる。
「要件を思い出した」
「吾輩も」
チロリアンハットの彼も消え、賢者殿も退室していった。ギャラリーも三々五々に散っていく。その状況を受けてルームマスターは宣言した。
「それじゃ、一旦コレで、本ルームを解除します。あと5分のうちに全員ルームから落ちるように! それじゃお疲れ様!」
ルームマスターも姿を消す。それと同時に会議室ルームの自動閉鎖のカウントダウンが表示される。
後に残されたのはヴァーチャルアイドルのカスタマイズモデルの彼女と――
「やぁ」
――あの陽気な三毛猫の猫貴族の彼である。
「あ、はい」
「珍しいね。君みたいな若い子がこう言うマニアックなルームに来るなんて。まぁ、最近、特攻装警に興味を持って色々と調べてる娘も増えてるんだけどね」
ニコニコと笑みを浮かべながら猫貴族は穏やかに問いかけてきた。彼女に興味があるようだ。
「僕の名はペロ、よろしく」
そこには何の邪気も感じられない。拒絶する理由は見つからなかった。
「よろしく、私〝ベル〟」
「よろしく」
猫貴族のペロはもふもふの右手を差し出してくる。〝ベル〟と名乗った彼女は右手で握り返していた。
「時に――、何か知りたいことでも? すでに特攻装警についてならけっこう知ってそうだし、それ以外になにか調べたい事でもあるのかなと思ってね」
ベルは頷いていた。オープンルームでは詳細には語れない切実な問題が彼女にはあった。
「実は、そうなの――」
「やっぱり。でも、オープンルームでは集まる情報はたかが知れてるからね。よかったら僕の主催してるルームに来ない?」
「え? いいの?」
ベルはそこで『見ず知らずの私でも?』と聞きそうになった。だがそれを言う前にあっさりとペロは彼女を受け入れていた。
「構わないさ。主催者が言うんだからね。それより興味があるなら今日8時半にエントランスにおいで。改めて案内するから」
「わかった。8時半だね」
「待ってるよ。それじゃ僕もチョット用事があるのでね。アディオス」
軽やかに紳士的に猫紳士のペロは頭に載せたシルクハットを軽く持ち上げて挨拶しつつ消えていった。そろそろルームのタイムアウトだ。〝ベル〟もその部屋からアウトする。そしてネットから落ちていったのである。
〔オープンルームより退室。ネットアクセスからログアウトします〕
〔…………‥‥‥‥・・・・[EXIT]