第9話 6号フィール/電子と翼
フィールは上空から事の成り行きを見ていた。
コンテナをホールドしている3台のトップリフター。その内の2台が残る1台を遮るように立ちはだかっているのが分かる。そして、彼女の視界の中からも、コンテナの粉砕と、それに続くハイロンの殺害の光景はしっかりと見えていた。フィールは惨劇を目の当たりにしていても冷静さは失わない。すぐに体内回線を通じてディアリオを呼び出す。
〔ディ兄ぃ、見た?〕
フィールは自らの視覚映像情報をディアリオに対してバイパスさせる。それを元にディアリオがすぐさまデータを集めた。
〔確認した! 間違いない! ディンキー・アンカーソン配下のアンドロイド、マリオネットの一体だ! 個体名は〝コナン〟中東で起きたテロ案件の目撃映像と合致する!〕
〔本当?〕
〔あぁ、間違いない。おそらく残る2つのコンテナにも他のマリオネットが隠れているはずだ〕
〔それじゃぁ――〕
フィールは俯瞰で見下ろした光景から思案する。残る2つのコンテナの内、手前の1つは妨害のため、残る1つに本命であるディンキーが隠れていると考えるのが妥当だろう。
〔これって、本命のコンテナの方を逃がすための陽動じゃない?〕
〔私もそう思う。気をつけろ! まだ何か動きがあるはずだ!〕
ディアリオのその言葉を証明するかのように、コンテナを運搬するためのトラクターヘッドが姿を現した。無論、トップリフターと同じように無人だ。そのトラクターヘッドがけん引するトレーラーシャーシの上に一番奥に位置するトップリフターが、コンテナを載せようとしている。
その時、アトラスの声が響いてくる。
〔ディアリオ! フィール! お前たちにも見えているな!〕
〔アトラス兄さん?〕
〔うん、見えてるよ〕
〔お前たちはコンテナトレーラーの方を抑えるんだ! 残りは俺とセンチュリーで引き受ける〕
だが、そこに割り込んできたのはエリオットだ。
〔こちらエリオット、スネイルドラゴンの構成員は、ほぼすべて制圧しました。拘束被害者7名中残り4名保護で3名死亡。そちらに合流します〕
〔よし、エリオット。お前は俺とセンチュリーの後方支援を頼む、急げ!〕
〔了解〕
エリオットが通信を終えると同時に、先ほどの現場からローラーダッシュの火花をあげて走行しているのがフィールの視界に見えていた。そして、アトラスと対峙しているトップリフターのコンテナが唸りを上げて走りだし、アトラスに迫っているのが眼下に見える。
その向こうでは、センチュリーと敵マリオネットの一体・コナンの戦闘が口火を切っていた。
アトラスやセンチュリーに迫る敵の戦闘力が不明な今、フィールは2人の無事を案じずには居られなかった。自分が最前線で肉弾戦闘に不向きであるからこそ、二人の兄の戦いを見守ることしか出来ぬ事に、心の何処かで一抹の罪悪感を感じずにはいられなかった。そんな、フィールの思いを断ち切ったのはディアリオからのコールである。
〔フィール! トレーラヘッドの破壊を試みてくれ。手段は任せる! 私はその周辺の街区の情報システムを再制圧してみる!〕
そうだ、今は自分にしかできないことがある。
〔了解!〕
フィールは覚悟を決めるとコンテナを搭載し終えたトレーラーのもとへ飛翔する。その間にトレーラーのエンジンは始動し、今まさに逃走を開始しようとしている。間違いなく、あのトレーラーのコンテナの中には捜査対象である国際テロリストが潜んでいる。まずはその逃走を阻止せねばならない。
フィールは、トレーラーの前方に立ちはだかるいその内部に隠れている者たちへと向けて告げた。
「停まりなさい! 日本警察です! 速やかに停止させて、コンテナ内部を開示しなさい!」
だが、トレーラーに停止する素振りは微塵もなかった。ヘッドライトを点灯させフィールを強烈に照らしだすと一際高くエンジンを空ぶかしさせていた。
「ダメか、それなら!」
敵は大人しくおいそれとは停まってはくれないだろう。ならばこちらも手段を選ばぬまでだ。
【 体内高周波モジュレーター作動 】
【 電磁衝撃波発信開始 】
体内で高周電磁波の発信を開始すると、それを両腕手首内の高周波信号の加圧チャンバーへと蓄積していく。そして、静止対象のトレーラーの車種を特定しそのエンジンシステムを検索する。年式は比較的新しく完全電子制御型のコモンレールディーゼルエンジンを搭載している。また、高層道路網や一部の一般市街地で用いられる自動運転システムも搭載されている。フィールは攻撃対象を決めた。
フィールは体内で生成した高周電磁波を様々な周波数や出力パターンで両掌から照射可能だ。本来は様々な電波回線への介入や割り込みを行ったり簡易的なレーダーとして用いるためのものだが、出力を増大させ発信信号を強化することで攻撃兵器として用いることが可能なのだ。
今回は一般的なディーゼルエンジンの燃料制御装置であるコモンレールシステムの燃料噴射装置の電磁ピアゾ素子へと介入対象を決めた。素子を破壊して、燃料噴射制御を不能にしてエンジンを停止させるつもりだ。
ゆっくりとその身を揺るがすように発進するトレーラー。その巨体を引きずるように不気味な沈黙を伴いながら、フィールと、彼女の背後にある無人化ゲートへと前進させる。それを目の当たりにしてもフィールはすぐには動かなかった。
まだだ。まだ必要十分な高周電磁波を得られていない。あと1秒、あと0.5秒――
加圧チャンバーがフルになるまであと少し――
そして、トレーラーがあと10mと迫っていた。狙うなら今だ。
フィールは両掌を対象車両のエンジン部へと向けた。
「ショック・オシレーション!」
キーワードを引き金にして、フィールの左右の掌から高圧の高周波電磁波が放たれる。放射パターンは集束で、ピンポイントで照射される。その電磁波が燃料噴射装置内の素子と共振を起こし、エンジンが不調をきたして停止する――
――はずであった。
だが、フィールの目の前で起こった現実は違った。
「えっ?!」
トレーラーが止まらない。エンジンはけたたましくエギゾースト音を響かせていた。ショック・オシレーションの効き目はない。フィールはこれまでにも幾度も似たようなエンジン停止を行ってきた。エンジンにかぎらず精密な電子制御機器への介入停止や破壊は得意だ。それが停止しないのならば考えられるのは一つしかない。内部から何者かが、フィールの発した電磁波を無効化しているのだ。
「それなら!」
残された手段はこれしか無い。自らの飛行装置をフル稼働させると、後方へと急加速する。そして、両手の指の根元部分に備わった装置を作動させる。
【 単分子ワイヤー高速生成装置 】
【 『タランチュラ』起動 】
フィールはその指の付け根に備わった装置から、カーボンフラーレン分子による単分子ワイヤーを高速で精製し射出することが可能だ。装置名はタランチュラと言い、背後の無人化ゲートに向けて10本の単分子ワイヤーを放射状に射出していく。そして、幾重にもワイヤーを張り巡らせて蜘蛛の巣状の強固なバリケードを形成するのだ。
作業を即座に終えつつフィールは、無人化ゲートを通過してトレーラーから大きく距離をとった。そして後頭部に接続してある一対の放電フィンを引き抜くと両手で二刀流に構える。減速したチャンスを捉えて物理的にトレーラーの破壊を試みるつもりなのだ。
敵トレーラーが轟音響かせ無人化ゲートへと迫ってくる。フィールはトレーラーがワイヤーと周囲の建造物に衝突して破壊されるさまを予想していた。だが上空から状況を見守るフィールの耳には、それらの時の衝撃音や破壊音は一切響いては来ない。
トレーラーが無人化ゲートを通過する。安々と――、何のトラブルもなく――
単分子ワイヤーがいとも簡単にちぎられてしまう様子がフィールにははっきりと見えていた。
まただ。またコンテナの内部から何者かが妨害している。それも、フィールと同じ手法を用いてだ。カーボンフラーレンによる単分子ワイヤーには弱点がある。主成分が炭素であるため熱に弱い。電磁波で瞬時に過熱すれば焼き切ることも可能だ。
「間違いない! 電磁波を強力に制御できるメンバーが居る!」
トレーラーは無人化ゲートのいくつかの設備をなぎ倒しながら、一切の減速や停車をすることなく、コンテナヤードの敷地の外部へ走り去っていく。このままでは逃走を許してしまう。それだけは絶対に避けねばならない。
「大事故になるから避けたかったけど!」
手にしていた放電フィンを後頭部へと収納する。そして、残されたダイヤモンドブレードの本数をチェックする。
フィールの頭部は常時、人工毛髪の上に簡素なヘルメットシェルが備わったような構造になっている。武装モード時に追加される増装ヘルメットを装着するための土台とするためで、ヘルメットシェルは外せない。
そのベースのヘルメットシェルの内側に、ブースターナイフであるダイヤモンドブレードを収納してあるのだ。
【ダイヤモンドブレード 】
【 >装備総数24本、残数22本】
フィールは、ヘルメットシェルの端を開いてダイヤモンドブレードを4本送り出すと、フィールの背面を滑らせて腰の辺りへと落下させる。そして、それを両手でタイミングよく受け止めながらトレーラーからやや距離を取りつつ平行に飛行した。
「ターゲットロック!」
自らの視覚情報をフルに使い攻撃目標を視認し3次元空間座標を認識する。そして、両手を左右に大きく振り上げるとアンダースローで左右同時にダイヤモンドブレードを投げ放った。その狙う先はトレーラーのフロントタイヤだ。。
投射と同時にナイフグリップ内のロケットブースターが点火され四条の光の軌跡を空間に描く。そして、ブレードはフィールが把握したデータどおりに攻撃目標のフロントタイヤを狙い撃とうとする。
「行け!」
今度こそ停止させてみせると言う決意を込めてフィールは叫ぶ。だが彼女はコンテナの中に隠れた敵のレベルの高さと非常識ぶりを嫌というほどに味わうこととなるのだ。
トレーラーが右に急ハンドルを切る。トレーラーヘッドは当然右へと曲がるが、反作用が働きトレーラー部は連結点を軸にしてトレーラーヘッドとは逆方向へと回転する。トレーラー全体を上から見れば〝く〟の字の形に折れ曲がることとなる。いわゆるジャックナイフ現象だ。
姿の見えぬドライバーはさらにハンドルとアクセルを操作して、トレーラー後部を完全にフィールの方へと向けてしまう。そして、湾岸アクセス道路へと向かう途中でフィールの攻撃をギリギリのポイントで回避してみせたのだ。
「うそっ」
流石にこれにはフィールも信じられない物を見た気分だった。
トレーラーのドライバーは運転席に居るのではない。市街地内の監視カメラや、トレーラー自身に備わったドライブレコーダーカメラの映像、あるいはGPSなどからの3次元座標データなどを元に、ほとんど目隠しに近い状態での運転を行っているのに違いないのだ。道路の進行方向へと走らせることだけでも大変困難なはずだ。
さらにフィールの放ったダイヤモンドブレードのロケットブースターはある程度誘導することができたが、それにも投射方向に対する有効角度と言うものがある。ドローンのように自由自在には飛ばないのだ。敵はナイフの飛行角度の制限を即座に見抜いて、この信じがたい神がかり的な運転技巧で回避してみせたのだ。
半ば呆然としたままフィールはつぶやくしか無い。
「こんなのどうやって停めろって言うのよぉ!?」