Part 40 死闘・武人タウゼント/悪竜砕きの槍
それはカリカチュアである。
それは道化である。
そしてそれは、おとぎ話の主人公である。
彼は自らをこう名乗った――『放浪の遊歴騎士タウゼントである』と――
無論、そんな事、ありえるはずはない。ここは現代、そしてハイテク犯罪渦巻く東アジア最悪の犯罪スラム街なのだ。伝説と神話の園の中つ国ではない。ハイテクが社会の隅々に広がり続ける東京なのである。もはやそれは滑稽ですらある。だがそれでも彼は演じ続ける。滑稽劇の主人公としての〝ドン・キホーテ〟を。そう、彼は誇り高き〝騎士〟である。そして自分自身をそうあるべきとして全身全霊で〝演じて〟いたのである。
人知れず鉄兜の中で〝彼〟は怒りを込めながらつぶやいていた。
『命を――人しての尊厳を一体何だと思っている!』
鉄兜の外へは聞こえぬ声だ。それは彼が永遠に失ってしまったものなのだ。もう望んでも彼の一人の人間としての尊厳は帰っては来ないのだ。だからこそである。彼は到底眼前にて展開されていた蛮行を〝許すこと〟ができないのだ。
『それは、お前が無碍に毟り取っていいものじゃぁない!』
誰にも聞こえぬ秘された機構の中で〝彼〟は怒りを叫んでいた。タウゼントではない己自身として。
『それは奪い取ったら、二度と帰ってこないんだ!! なぜそれがわからない!』
そしてその怒りは、彼が演じる老騎士のタウゼントの言動として解き放たれたのある。
今まさにタウゼントは、イカれた正義を振りかざして凶行を正当化しようとする愚かなる黒い盤古に向けて、ランスの痛烈な一撃と怒号とともに高らかに唱えたのだ。
「貴様のそのネジ曲がった魂、矯正してくれる!!!」
だが権田は、その言葉を素直に聞き入れるような愁傷な人間ではなかった。タウゼントの持つ2m長の電磁ランスを痛打されて昏倒させられたが、ハンマーの重量と装甲スーツの動力を駆使して体を跳ね起こして速やかに立ち上がる。そして唐突に飛来して現れた存在を真っ向から睨みすえると彼に強烈な一撃を食らわせた者の存在をあらためて認識しようとする。
そこに権田は、彼の理性では到底理解し得ない存在を目のあたりにするのである。
「糞ったれがぁ! 出来損ないのゲームキャラが何のようだ! 邪魔すんなぁ!!」
権田は装甲スーツのヘルメットのゴーグル越しに怒りに我を忘れた血走った目で、目の前の老いぼれ騎士のカリカチュアの様な存在を認識する。それは、おとぎ話の寸足らずの老騎士のようであった。
背丈は1m有るか無いかで、プロポーションは三頭身、頭はたてがみ付きの煤けた鈍銀色のフルフェイスの兜、全身鎧で寸足らずの胴体の下には太くがっしりした大きめの足がある。両腕にはごついガントレットが嵌められ、背中には擦り切れたマントがたなびいていた。そしてその右手には彼の身長よりも大きい2mほどの馬上槍=ランスが握られていた。
先程の瞬間、権田の顔面を痛打したあのランスである。
タウゼントはその手にしていたランスを、改めて権田へと突きつけながら告げる。
「儂が遊戯の登場人物か? 心外だな! 儂の名はタウゼント! 誇りある遊歴の騎士である! 儂が今から貴様を成敗してくれる! 命の価値と尊厳をわからぬ愚物がぁ!!!」
タウゼントは再びその脚底部から電磁ブースターの火花を迸らせた。体内に蓄積しておいたキセノンとアルゴンの混合ガスをMHDブースターノズルにて噴出させる。背中にたなびかせたマントは量子力場浮遊装置〝クォンタムレビテーション〟の機能を持つ浮遊装置である。
それらを駆使することでタウゼントはその見た目に反して高速かつ機敏に動くことが可能となるのである。
「喰らえぃ! 我が正義の槍『悪龍砕き』を!」
タウゼントが手にしている槍、それはただの馬上槍の模造品ではない。全長2メートル、中世のランスにも似たその形状には円錐状の攻撃部分に超高出力の電池破砕装置が仕組まれている。刺突、打撃、その長さを生かした突撃や旋回攻撃が持ち味であり、現在の姿のタウゼントがその高速移動能力をもってして使うには最適の武器であった。そして、その悪龍砕きの槍には更なる力が秘められているのだ。
「いざ参る!」
擦り切れたマントをたなびかせ脚底部から青白い炎を吹き上げ、敵である権田の周囲を旋回しながらその攻撃の死角を探り出したのである。
















