Part39 死闘・ドンキホーテ/怪物・権田
――ズシッ――
その男が歩みを進める。
――ズシッ――
その男がまた一歩、歩みを進める。
――ズッ――
彼が右手で持ち上げたのは全長1.5m、先端部のハンマーヘッドの長さ50センチになる大型の破壊活動用のハンマー型ツール。電磁気による破壊能力の強化がされており対物破壊用の特殊ツールだ。
電磁波破砕ハンマー『拷鬼』
常識的には人間に対しては使われるはずのないアイテムである。
――ガッ――
男は、その巨大ハンマーを右肩にかけて構えると周囲に視線を走らせて、攻撃ターゲットをスキャンする。
【 周囲潜伏者、6名視認 】
黒い前進装甲スーツは盤古の標準武装タイプにさらに追加装甲を備えた物。一見して防御力の方にウェイトを置いたように判断できる。だが――
【 抗地磁気反発加速システム『韋駄天』 】
【 両脚部アンチマグネティック 】
【 テスラーコイルモジュレーター 】
【 アイドリングモードから 】
【 メインドライブモードへ移行開始 】
その表示が出るとともに彼の下半身からは不気味な振動音と電磁ノイズが鳴り響き始める。
――ブゥウウウウウン――
高電圧を発する変圧トランスが交流電磁波の作用で発する独特の騒音に極めて似ている。それは彼の体内に電磁気的なエフェクトを生む装置が組み込まれていることを意味していた。
そしてさらに――
【 上肢下肢及び背面部装着型 】
【 エグゾスケルトンサブフレーム 】
【 メインドライブ開始 】
【 >パワーアシストスタート 】
彼の動体と手足には体外装着型の外骨格システムが取り付けられている。それによりパワーと強度が飛躍的に向上する仕組みになっているのだ。
ハーフミラーのゴーグルスクリーン越しに彼は〝敵〟を視認する。
「けっ、露助の老いぼれ共か、余所の国に来てまでまだ殺したりね~のか? あぁ?」
その言葉を吐き捨てながら、彼は右肩にかけた巨大ハンマーを振り上げ威嚇するように荒れたアスファルト路を歩き始めた。そして怒りと敵意に血走った眼には、ゴーグルスクリーンに投影されたステルス装備の解析結果のシルエット像が浮かび上がっていた。
完全に攻撃対象の姿を暴いたわけではないが、その存在位置が解るだけでも彼の敵意は発散可能だった。
彼の視界の中、退避しかけていたシルエット像がこちらの方を向き始める。逃げて命を惜しむより、誇りにかけて戦う道を選択したのだ。
その意志の証拠として彼の視界の中に出現したのは、9ミリ電磁放電セラミック弾――、あの静かなる男たちの所有するサブマシンガンに装填されていた弾丸である。だが――
「無駄無駄――、そんな豆鉄砲、痛くも痒くもねえよ」
――その男の装甲スーツの表面で特殊機能を有した9ミリ弾は弾けて傷をつけることすらできない。彼は自分の装備が敵に対して圧倒的に有利であることに優越感を感じずには居られなかった。
「とっととおっ死ねよ。死にかけ露助爺いども! お前らをすり潰してから隠れているガキどももぶっ殺すんだからよぉ」
そう吐き捨てながら彼は両膝を屈めて力を貯める。そして攻撃対象を視認すると、両足に込めたパワーを一気に開放した。
――ゴッ!――
その鈍重さを感じるシルエットからは考えられないほどのダッシュ力と俊敏さであった。瞬く間に数十メートルの間合いを詰めると右手の握りしめたハンマーを一閃する。
――グシャッ――
不気味な圧殺音を響かせながら、熟れた柘榴の様に赤い鮮血が辺りに飛び散った。命は一瞬にして刈り取られたのだ。
「そらそら、さっさと逃げねーと皆殺しになっちまうぞ!? つっても犯罪者とマフィアは絶対逃さねぇけどよぉ!!」
男が再びダッシュする。そしてハンマーを振り回し勢いを乗せたまま、再び一閃する。二人目の老いた命が、戦意むなしく打ち砕かれたのだ。
「無駄無駄ぁ! マフィア連中の違法サイボーグを逃さない! 攻撃を尽く通さない! それだけを徹底的に狙って造ったんだからよぉ! 俺の身体は! ミサイルでも、RPGでも持ってきやがれ!」
静かなる男の精鋭たちが一定の距離を置いて包囲している。だが決定的な攻撃手段を欠いているため彼らにはどうにもできなかった。だが静かなる男たちにも引けない理由があった。
なぜなら――
彼らの背後には逃げ遅れたハイヘイズの子らが控えているのだ。
だがそれすらも、その醜愚なる力の権化には歓喜の対象だった。男は吐き捨てる。
「逃げられねえよなぁ。あの混じり物のガキどもが居るもんなぁ。へへへ」
そして、男はあえて余裕を見せて圧迫するかのように一歩一歩ゆっくりと歩みを進め始めた。
「安心しろや! まとめて地面の下に送ってやるからよ!」
それは命の価値の一切を考慮しようとしない悪鬼の文言であった。
彼の名は権田、盤古・情報戦特化小隊の戦闘員の一人。彼もまた〝怨讐〟に我を忘れた人物である。
















