Part38 死闘・拳と剣、新たに/ビアンカのおせっかい
「やべぇ」
そう言葉を漏らすセンチュリーは、その残された力をほとんど使い切っていた。イプシロンロッドへと補充可能な電力が回復するのはまだ時間がかかる。なにより、ボディコンディションが万全ではない。あの刀をいなしつつ、再びとどめの一撃を加えるのは不可能に近かった。
かと言って無様に逃げ回るわけにもいかない。焦燥を抱えながら思案に思案を巡らせていた。
柳生は一気に駆けてくると、その刀でセンチュリーに斬りかかろうとする。
それをセンチュリーはバックステップで後方へと飛び退きながら、何度も太刀筋をギリギリでかわしていた。
剣としての格は遥かに堕ちるが、今のセンチュリーでは一太刀あびせられただけで万事休すだ。内心冷や汗をかきつつ、必死に退路を探し始めていた。だが――
「コレで終わりだ」
――冷淡な言葉が紡がれる。柳生の視界の中でセンチュリーの背後はコンクリートの壁に鳴っていたからである。人間味を放棄した幽鬼の如き冷えた視線がセンチュリーを見据えていた。事ここに至ってセンチュリーは覚悟するより他はなかった。
「さらばだ」
柳生が剣を頭上へと振り上げる。と、その時である――
「終わりじゃないんだなコレが」
陽気な声がコンクリート壁の向こうから聞こえてくる。そしてセンチュリーの着衣の襟を掴むと何者かがセンチュリーの身体を後方へと引っ張ろうとする。驚き戸惑うセンチュリーをよそに、まるで魔法のように彼の体全体を一気に、コンクリート壁の向こう側へとすり抜けさせたのである。
「ほいっと」
センチュリーの壁抜けを成功させ彼を救った者、それは――
「レスキュー成功!」
――あの気ままな壁抜け娘のビアンカである。
「危なかったね。危機一髪ってやつ?」
独特のイントネーションは有るが流暢な日本語だった。振り返り黒みがかかった褐色肌のその彼女を見つめながら、センチュリーは問いかける。その顔に驚きと戸惑いは確かに隠せなかった。
「あ? あぁ――、つうか、オマエ誰?」
「ん? アタシ? ビアンカ! よろしくね」
「よろしくねって。まぁ、救けてくれたのはありがてえけどよ」
センチュリーはあらためて周囲を見回し、警戒しつつ尋ねる。
「あの壁抜けの力――分子振動能力者か?」
「あら? よく知ってるね? あったりー!」
シルバーブロンドのドレッドヘアのビアンカは陽気に笑いながらセンチュリーの首に手を回してくる。両腕と肩が露出しているためか放たれる素肌の香りは濃厚であり、アフリカーナの血を有する人種特有の気配を漂わせながら、そのグラマラスな肉体をしきりにアピールしていた。
「アタシ、壁抜けしたり地面にもぐったり色々できるんだ。だからさっきのサムライブレードの斬り合い、ぎりぎり上手く行ったでしょ?」
「上手く行ったって――あ? あぁ? まさかおまえ!」
そこまで話が進んで、目の前の謎の娘が何をしたのか、センチュリーはようやくに気づいていた。
「柳生の野郎の太刀筋を狂わせたのオマエか!」
「えへへ! 地面の中からほんの少しだけ利き足を持ち上げたの。攻撃時のフォームが狂えば本来の威力は発揮できないだろうなと思ってさ」
「そっか――、そう言うことか」
センチュリーは思わず頭上を仰いだ。なぜ、あの時、敵の太刀筋にやられるのを覚悟した瞬間に敵の攻撃をかいくぐれたのか――、その理由がわかったのだ。
「まぁ、向こうも何があったのか気づいちゃ無いだろうしな。とりあえず礼は行っとくぜ」
センチュリーは思わず苦笑いする。おのれの拳が敵を凌駕したわけではないのだ。だが、今の満身創痍の状態で生き残れたのは間違いなく眼前の褐色肌のドレッドヘアの彼女のおかげなのだ。人懐っこい視線で見つめてくるとビアンカは問いかけてくる。
「でさ、救けてあげたんだからお願いしたいことあるんだけどさ」
「ほら来た。ヤバイことなら願い下げだぞ。これでもお硬い仕事してるんでな」
「あは! そんなんじゃないって」
困惑するセンチュリーから体を離すと、右手でセンチュリーの左手をそっと握りしめる。
「一回だけでいいからさ。アタシとデートしてくんない?」
「あ? デートって、俺と?」
「うん」
「マジ?」
「うん、本気!」
そう答えるビアンカの視線に嘘はなかった。フランクに人とのふれあいを求める順な心の持ち主の瞳にほかならない。少年犯罪課で多種多様な人間たちと触れ合ってきたセンチュリーだからこそ、彼女の瞳の意味がよく解るのだ。
センチュリーは大きく息を吸うとため息を吐きつつ答えた。
「しゃあねぇ、付き合ってやるよ。ただ言っとくけど、俺、人間じゃねーぞ?」
「分かってるよ。サイボーグでしょ?」
「ちげーよ、アンドロイドだ。まぁ、人間様と同じように飯食ったり酒のんだり出来るけどな」
「えー? アンドロイドなの? あ、でも――」
意味ありげに微笑みながらイタズラっぽくビアンカは見つめてきた。
「男の人の〝アレ〟付いてるんでしょ?」
ラテン系の情熱的な血を引いていることを匂わせる言葉だった。何を言い出すのかと呆れるより他はなかったが、事ここに至っては素直に答えるしか無い。
「一応な。精神に影響を与える臓器は一通り再現するって方針で造られたからな」
「んじゃ問題ないじゃん。あんた名前は?」
「センチュリーだ」
「オッケィ、よろしくねセンチュリー!」
そう問いかけてくるビアンカはいかにも満足げであった。積極的でやたらと人懐っこいこの褐色娘に、さしものセンチュリーも振り回されている感は否めなかった。だがのんびりしている時間がないのも確かだ。センチュリーは追手の気配を察知した。
「っと――、追ってくる! 行くぞビアンカ」
「オッケイ! アタシが案内するね。付いてきて」
そう答えるとビアンカはセンチュリーの手を引いて走り出した。センチュリーは追ってくる柳生の気配を感じながら、一路、ビアンカとともにその場から離れていったのである。
















