Part38 死闘・拳と剣、新たに/イオタが立ち向かうとき
イオタは驚愕していた。
目の前で展開された神の雷の御業が凄まじさに。
「うわー、速攻じゃん」
黒い盤古へのクラッキングに際して、イオタは自らのシステムの一部とゼータの制御ネットワークをシェン・レイに対して提供した。当然、通常ではありえないプロセスだ。
「しかもまばたきしてる間に終わっちゃったし」
シェン・レイのクラッキング作業の際に多少なりともネットシステムに負荷がかかる可能性は考慮に入れていた。苦痛まではいかなくとも多少はしんどいはず――そう思っていたのだ。
「まるっきり何やったのかわかんないや」
そうつぶやきながらイオタはゼータのコンディションをチェックする。そして返ってきたのは――
――Report: "Zeta" Total individual system condition no abnormality――
〝総体異常無し〟を意味するメッセージだったのである。
神の雷の御業の凄まじさを知ったときだった。
『聞こえるか? イオタ』
通信の主は、その神の御業を実行した本人である。
『うん! 聞こえるよ』
『状況報告頼む』
シェン・レイの求めに応じてイオタは視線を走らせる。作戦エリアに展開したゼータたちの視覚機能を拝借して状況把握をさらに深化させる。
――なんだ? 何が起こった?――
――機能不全確認、ステルス機能作動不能――
――クラッキングだよ。ドライバーごと消された――
――狼狽えルな――
――作戦続行だ。当初の目的を完遂しろ――
――姿を見た者を全てを〝斬る〟のみ――
ゼータが拾い集めた言葉の数々を記憶に刻み、咀嚼し、それをシェン・レイへと伝える。
『ステルス機能が確実に消えた。でも、奴らの行動に変化なし。作戦目的も変わらない。むしろ――』
『むしろ?』
『目撃者をすべて消そうとしてる。余計に凶暴になってるよ』
『そうか』
ネットの向こうの僅かな沈黙。その沈黙がイオタにさらなる思索をさせる。そしてイオタは心に決めた。
『ボク、行くね』
『何をする気だ?』
『やつら無差別に攻撃し始める。戦闘能力者だけでなく近隣の市民たちへも手を出しかない。手数が足りない。ボクとシグマも奴らと戦う』
イオタのその決意にシェン・レイは問うた。
『出来るのか?』
それは侮辱ではない。過剰な心配でもない。少女然としたその容姿故にあの荒くれ者たちを相手に本当に渡り合えるのか? 純粋に疑問だったからである。無理を通して意固地になっているのなら犬死しかねない。痩せても枯れても盤古。日本警察最強の戦闘部隊の肩書は伊達ではないのだ。
シェン・レイのそんな疑念をよそにイオタは笑いながら告げる。
『ボク、これでもあのクラウン様の部下だよ。マスコットじゃないんだ』
『そうか。愚問だったな』
『あなたはまだやることがあるんでしょ? 別な命を助ける仕事が』
『あぁ、まだ治療処置が終わっていない。リスクが消えていないんだ』
『わかった。あなたはその生命、必ず救けてあげて』
イオタの覚悟を決めたような言葉が流れる。それにシェン・レイは労いの声をかける。
『武運を祈る』
『あなたも――』
そして二人の通信は切れた。そしてゼータと連携した多元視界の中、イオタはある存在に気づいていた。
「あれは?」
彼女が注目したのは二人の隊員だ。
小柄なネット能力者と、痩せ型中背のトラップ施行能力者――、亀中と蒼紫である。
「何かやってる!」
彼らの作業の内容はここでは掴めない。だが、それが非常に剣呑なものである事は状況からして容易に解る。単に脱出ルートを確保しているようには到底見えないのだ。イオタは自らが誰を倒せばいいのか明確に把握した。
「いくよ! シグマ! 僕達も戦うよ!」
そしてイオタは煤けた雑居ビルの屋上から軽やかに跳躍する。その手には白磁のステッキ。頭には小型のシルクハット。そしてその身にまとうのは三つ揃えのタキシードスーツ――
まるで舞台の上でマジックショーでも開演するかのような出で立ちだった。
イオタがビルの頂から舞い降り、地上へと降り立つと、そのあとを5匹の巨躯の狼たちが付き従い追いかけてくる。イオタを群れのリーダーと認めているかのだ。イオタたちは物陰を利用しながら亀中と蒼紫のところへと向かおうとする。
だが――
――キュインッ!――
イオタの鼻先を一発の弾丸が掠める。赤熱化したセラミック弾頭。30口径相当のレールガン弾だ。その弾丸が飛んできた射線の方へと視線を向ければサブマシンガンサイズの大きさの可搬型の高速レールガンを構えた全身黒スーツの長身の女性がレールガンを構えている。左手にレールガン、右手には単分子ナイフ。遠近両面での戦いに備えている。
シェン・レイによりステルスシステムが無効化されたことでその姿が顕になったのだ。
視認したイオタを逃すつもりはないらしい。
イオタは現れた敵に視線を向けながら、右手のハンドサインでシグマたちに指示を送る。彼らだけで蒼紫たちを食い止めさせようと言うのだ。そのハンドサインを理解したシグマたちはイオタにも新たに現れた女にも目もくれずに走り去っていった。
現れた女が問いかけてくる。
「どこへ行く」
「さあね。アンタたちこそなにやってるのよ」
「知ってどうする」
「やめさせる」
「そうか、ならばお前を――」
そしてその女――南城は弾丸のように素早く駆け出した。
「排除する」
戦いの火蓋は切られた。イオタはステッキを右手で順手に構えると両足をシッカリと踏みしめた。
「ヤラれる訳にはいかないよ」
そして、ステッキを旋回させると光のカーテンを展開し始めた。鮮やかな技を行使しながらイオタは告げたのである。
「咎人にして罪人であるのならともかく、罪も咎も無いのに気に食わないと言うだけで狩られていい生命なんて在りはしないんだ!」
闇夜に姿を消しながら報復の刃を振るう女――南城
あどけない姿で魔法の如き技を行使する少女――イオタ
ここでも熾烈な戦いが開始されたのである。
















