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第6話 5号エリオット/ワイヤー

 そして、一陣の風が吹く。

 エリオットの張り巡らせた煙幕が風に流されて少しづつ晴れていく。

 月光下の薄明かりの中、攻撃の意思を形にして悪意と犯罪行為の前に立ちはだかる者が居る。

 そのエリオットに向けてコンテナの最上段から、あのドレッドヘアの電磁レールガンの男が、右腕に仕込んでいた電磁レールガンでエリオットを狙撃しようとする。しかし、エリオットはそれを一瞥もすることなく、左肩から一条の紫電を一直線に迸らせて攻撃を阻止する。ドレッドヘアの男は一発も撃つこと無く地上へと落下したのだ。

 

【 指向性放電ユニット起動         】

【 >3次元シュミレーターによる      】

【            自動追尾攻撃成功 】


 エリオットの視界の中、サブ頭脳から示される電子メッセージが流れていた。その時エリオットはハイロンたちに背中を向けて立っていたが、次なる攻撃対象へと顔を振り向かせた。作戦行動時のエリオットの視線には人間味よりも、戦闘機械としての冷酷さの方が何よりも感じられる。すなわちエリオットのその視線はプロフェッショナル狙撃手のスコープ越しに送られる殺意のようなものだ。

 次なる攻撃対象――、それはハイロンだ。 

 

「糞っ!!」


 ハイロンはそう吐き捨てると後ろににじり去るようにその場から離れようとし、その動きをカバーするのはジズとバジリスクだ。


「行きな!」

「ここは引き受ける」


 彼らにはまだ成すべき企みがある。むざむざ捕らえられる訳にはいかない。その2人がハイロンをかばいつつ視線を向ける先には2つの影がある。

 一人はセンチュリー。全身に焼け焦げあとを残しつつ、彼は力強く立ち上がった。


「そうはさせるかよ!」


 ヘルメットのゴーグルの左側が若干破損しているが致命的なダメージは感じられなかった。センチュリーは両の拳を固めつつエリオットに語りかける。

 

「エリオット、恩に着るぜ!」


 その声を耳にしてもエリオットは頷くだけで微笑みすら見せない。冷徹に、そして正確に、要攻撃対象と認識した相手を攻撃し無力化するだけだ。センチュリーは、エリオットのその反応を一瞥して両足に強く力を込めるとひときわ高く跳躍する。

 センチュリーは跳躍しつつ腰の裏側に収納させていた特殊装備を作動させ展開する。それは最大で数十mを超す長さの特殊ワイヤーであり単なる捕縛ツールでは無かった。


【ダイヤモンドセラミックマイクロマシン能動連結ワイヤー『アクセルケーブル』】

 

 ダイヤモンドセラミック製の微細なマイクロマシンアクチュエーターを連結しワイヤーケーブルを構成、アクチュエーターが作動することでケーブル自らが形状を変える特殊攻撃ツール――

 センチュリー専用装備アクセルケーブルは単なるワイヤーとは違う。一つ一つのミリ以下のサイズの単位ユニットには中央の単分子ワイヤー芯材の周囲に3本のアクチュエーターが備わっている。その単位ユニットのアクチュエーターが個別に可動することでセンチュリーの意図するままに屈曲し、その使用形状を変えることが出来るのだ。

 巻きつき、打突、障害物回避、はてはチェーンソーのように目標物の切断までマルチに使用可能なツールアイテムである。


 跳躍したセンチュリーはさらに自らの装備を作動させる。

 MHDエアロダイン技術を利用した動体制御システムがセンチュリーには備わっている。自らの周囲の大気を電磁気的に積極的に制御して自ら気流を生む。そして、高速移動や滑空を行うことが可能な機能だ。装備名『ウィンダイバー』――

 

 センチュリーはウィンダイバーで姿勢と軌道を制御しつつ飛び降りる先はハイロンの立つ場所だ。そして左右の腕で振り上げた二振りのアクセルケーブルをチェーンソーのように突き出す。

 それを視認していたエリオットが左手首下側に装備している射出式の捕縛ネットを作動させた。狙う先は、ハイロンたちに襲われていた制裁対象となっていた下部組織の者たちだ。

 ネットの先端にはマイクロロケットモーターによる6つの超小型推進ユニットが備わっている。小型プロセッサーによる制御で推進飛行しつつエリオットが視認した目標を正確に包み込み捕縛する。ハイロンやスネイルドラゴン戦闘員に処分されようとしていた彼らは、エリオットの放った捕縛ネットで包まれ瞬時に保護される。

 ネットは絶縁性能があり網の目が細かいためハイロンの電撃も阻止し、多少の弾丸は貫通を許さない。逃亡も移動もできなくなるが、生身のままでうずくまるよりははるかに安全だ。


 飛び込んだセンチュリーはハイロンの両腕の付け根を狙う。ハイロンの攻撃装備であるその両腕を一気に奪うためだ。

 それを察知し咄嗟に後方に跳躍しようとするハイロン。

 その動きを読んでアトラスが先回りレッドパイソンの衝撃波の弾をハイロン背後の退路に向けて打ち込んでけん制する。

 センチュリーのアクセルケーブルは右のワイヤーこそかわされたものの、左のワイヤーはハイロンの右肩にしっかり食い込んでいた。

 そして、センチュリーが左手のアクセルワイヤーのグリップを引けば、ハイロンの肩関節が引き裂かれて右腕がもぎれていく。間髪置かずにレッドパイソンのプラズマ衝撃波がその上半身を襲う。ハイロンは左薙ぎにふっとばされた。

 センチュリーがさらに攻撃を加えるべくアクセルケーブルを操作する。振り下ろした2本のケーブルを再度振り上げると、今度こそ確実に無力化すべく両腕を肩の根本から切り落とそうとする。


 そもそも――

 この時代の裁判事例でも違法サイボーグの武装された義肢は『凶器』であると認定する判例がいくつも出ている。犯罪の阻止のためには凶器は無力化されなければならない。違法な義肢の破壊や無力化は緊急行為として必要なものだ。


 だが、そのセンチュリーの第2撃に割り込んでくる影がある。ワイヤー使いのジズだ。ジズはセンチュリーの首筋を襲った。両腕の十指の先端から精製放出される単分子ワイヤーを怒れるタランチュラの如く射出しながら、センチュリーのその頭部を一気に切断するつもりなのだ。


 センチュリーは咄嗟にアクセルケーブルをコントロールし、己の右側でアクセルケーブルを旋回させるとジズの単分子ワイヤーを弾き飛ばしその攻撃を回避した。

 センチュリーのその動きを先読みし、ジズはワイヤーを張り巡らせる。周囲のコンテナや、ガントリークレーンの支柱などで蜘蛛の巣の如きフィールドを作ろうとしているのだ。


「逃がしゃしないよ! そのそっ首、切り落としてやる!」


 怒りとも狂気ともつかぬ表情に顔を歪ませるジズ。だが、その状況に置かれてもセンチュリーに焦りの色は浮かんでこない。


「面白え! やれるもんならやってみやがれ!」


 ハイロンの身柄を抑えるためには、これ以上は余分な手間はかけられない。センチュリーは一気に勝負を決めに出た。


「お前のワイヤーでコイツが切れるかやってみろ!!」


 アクセルケーブルを鞭のようにしならせて振り回すと、敢えてジズを挑発した。その言葉にジズは顔を歪ませると同時に精製できる最大限のワイヤーをすべて放った。

 ジズの単分子ワイヤーが周囲の構造物を利用しつつ、センチュリーの周囲360度を包み込んで一斉に襲いかかるのだ。

 

「その挑発、のったぁ!」


 ジズの自信には根拠があった。ワイヤー素材は軌道エレベーターの素材にも用いれる高純度・超強度の単分子ワイヤーだ。相手となる素材がどうであれ遮られない確信がある。

 片やセンチュリーは、十本の糸が周囲から襲ってくるのを察知しつつ、両方の踵部に備わったダッシュホイールを急回転させる。弾き出されるように跳び出すと左手のアクセルケーブルを自分の頭上から螺旋状に解き放ち、自らの体の周囲で急速旋回させる。

 左のアクセルケーブルを自らを包み込み身を守る防御として使いつつ、右のケーブルを手のひらの中に戻す。そのまま右腕を後ろに引き、左半身を前に出し、ジズとの間合いを一気に詰めた。

 

 ジズは単分子ワイヤーを操りつつセンチュリーを捕縛し拘束する様を思い描いていた。敵の身の自由を奪いつつ、その手足をワイヤーの鋭利さで切り刻む光景を明確に思い描いたのだ。

 だが――現実はそうはならない。センチュリーの操るアクセルケーブルはジズの放った単分子ワイヤーを儚い蜘蛛の糸を薙ぎ払うように刻んでいく。

  

「なにィッ?!」

 

 センチュリーは、狼狽するジズの表情を正面から捉えつつ、自らを作ってくれた創造者たちの技術力の高さに心の中で密かに感謝していた。ジズのワイヤーと己れのケーブル。その対立に理論的に確信があったわけではない。ただ、自らの身体とそれを構成する数多の技術力への信頼が、この〝賭け〟に彼を挑ませたのだ。


 センチュリーはジズに防御をさせる隙を与えずに肉薄する。続いて、左のダッシュホイールを急停止する。そして、後ろに引いていた右の拳を腰だめに構えると、左を軸足にして右半身を前方へと弾きだす。

 右半身を前方へ繰り出しつつ右の拳を一気に突き出す。そして、拳の握りを変えると掌底をジズの胸骨の下部へと叩き込んだ。センチュリーはジズに向けて肉薄したまま告げる。


「親御さんに詫びろ! せっかく産んでくれた身体を無駄にしてすまねぇとな!」


 その言葉がジズに届いたかはわからない。

 ただ、少年犯罪に向き合う日々の中で、いたずらにサイボーグ技術で己れを変えてしまう若者たちと、自らの子供たちのその姿を嘆き、サイボーグ化を食い止められなかったことへの悔恨を抱く親たちの姿をセンチュリーは数えきれぬほど目の当たりにしてきた。

 いつの時代でも〝我が子の堕ちていく姿〟は情愛ある親にとってはこの上ない苦痛なのだ。

 だからこそセンチュリーは犯罪サイボーグの若者たちを銃火器ではなく拳で静止したいと思うのだ。拳と言う愛の鞭で、その魂が過ちに気づくことを願って――

 センチュリーの掌底の衝撃がジズの胴体を貫き彼女の意識は一気に喪失する。糸の切れたマリオネットの如く、その身体はアスファルトの上を転げまわる。それにすぐに駆け寄るとアクセルケーブルのグリップを腰後ろに収納しつつ所定の口上を告げたのだ。 


「広域武装暴走族幹部、通称名『ジズ』、傷害・殺人・殺人未遂・医療サイボーグ規定違反・その他の容疑で身柄を拘束する!」


 しかるのちに所定の口上を宣言して、彼女の意識レベルを確認すれば、深い昏倒状態ですぐには回復しないのは確かだ。拘束用のワイヤーを取り出すとその体をガッチリと固定する。

 

「しばらく眠ってな、目覚めた時は檻の中だ」

 

 センチュリーはジズの横顔を眺めつつ、次なるターゲットを追う。

 狙うのはハイロン――、数多くの人々の運命と人生を捻じ曲げたを男である。


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