Part36 死の道化師・黒の巨人/道化師の狂気
問い掛けも反論もなかった。あまりに飛躍した言葉故に理解が追いつかなかったのは確かだ。闇夜にクラウンのシルエットが浮かび上がる中、そのマスクは青白い不気味なハレーションを放ちながら下弦の月のような狂乱の笑みを浮かべて語り続けたのだ。
「あなた方は知らなさすぎます。いいえ、あなた達だけではありません。この世界に住むすべての人々が自分たちは肥え太らされる養鶏の白色レグホンと何ら変わりないのです。目に見えない檻の中に閉じ込められて三すくみの構図で互いに突っつきあって血だらけになっているだけ――、その檻を仕掛けた張本人の存在に気付こうともしない。しかし世界は確実に食いつぶされていく。
世界が破綻し、限られた一握りの存在しか生き残れないその時が着実に迫っていると言うのに――、そしてまるまると太らされたチキンのように調理されて貪られる運命も知らずに今日も今日とて、せっせせっせと弱い者いじめの殺戮ゲームと、少ない餌の奪い合いの毎日――、それがこの世界の現実であり正体。滑稽すぎるほどの現実です!!
皆さん、そんな事すら、考えたこともないでしょう? 思考の外でしょう? いいんですよ。いいんです! 反論なさらなくても! そのままで! 大抵の人間は今日の食い扶持を得ることと足元が汚れていないかを気にすることで精一杯なのですから。聖人君子や正義の味方のように明日の平和を願う余裕なんかこれっぽっちも有りはしないのですから! でもね――」
クラウンは右手の人差し指を立てて語り続ける。
「もっと上を見ましょうよ? もっと世界の裏側を見ましょうよ? 世界はね、とてもとても小狡く創られているんです。世界の人々が疲弊して疲れ果ててボロボロになっているその後ろでほんの一握りの人々が心のなかでベロを出して喜んでいる! 醜いモルモットが共食いをしている姿を手を叩いて喜んでいる! それが世界の真実なのです! 私はね、そんな世界のずるい真実その物に復讐を果たす。ただそのためだけに生きているのですよ。そしてその復讐劇をはじめたのが――」
クラウンは右手の指を収めると両腕を胸の前で折り曲げてから、ペラの女性たちへと贈り物を投げかけるかのように勢い良く開いたのだ。
「あなた達が暮らしていたあの血の惨劇でもって浄化した矮小な世界なのですよ」
浄化――そのショッキングな言葉にイザベルたちは怒りをその顔に表さずにはいられなかった。だが彼女たちが声を発する前に問い掛けたのはクラウンの方であった。
「だって考えてもご覧なさい? あなた達が暮らしていたあのミチョアカンと言う小さな世界で、どれだけの派閥と勢力が血で血を洗う抗争を続けてきましたか? 麻薬密売、人身売買、殺人、農業搾取、賄賂、報復、暗殺、富裕層の襲撃! メキシコは危ない! 行けば殺される! などと言う風評すら起こされてもそれでもなお、意味もないデス・ゲームをやめようともしない! 状況を少しでも改善しようと集まった自警団の武装組織ですらも、いつのまにか麻薬密売組織と大差ない危険なメンツに乗っ取られる始末! 挙句の果てに国境を面したアメリカからは物理的な壁を作って入れなくしてやるとまで言われる有様! 違うと言えますか? 否定できますか? どうです?」
クラウンがペラの一人一人に視線を送っている。それに答えられる者は誰も居なかった。狂気じみた笑みのままにクラウンは更に言葉を続けるのだ。
「ではもうひとつ質問をしますね? それを陰から仕掛けている本当の黒幕の存在は? デス・ゲームのゲームマスターはどこに居ます? そんな事、いちども考えたこと無いでしょう? だって世界の人々はまさに〝生きていく〟だけで精一杯なのですから!
だ・か・ら! みんな心のなかでこう思っていたはずですよ?
『生きていくためにはしかたがない』――って!! 眼の前で誰かが撃たれても、骨を拾うことすらしなかったはずです。忘れたなんていわせませんよ?! アハハハハ!」
白銀の仮面の中、赤い口が大きく開いて狂気じみた笑みが浮かんでいた。
反論できなかった。しかたがない――それが世界中の誰もが一度は抱く言い訳なのだから。
だがクラウンは哄笑を止めるとふだんの平素な笑みの仮面へともどっておだやかに告げる。
「だからね、ひとつドでかい花火をあげたんですよ。ドカーンと! まずは麻薬組織に絡んだ人間を血祭りにあげて数を大幅に減らす。それこそ二度と麻薬と利益の奪い合いのデス・ゲームを再開できないように! そして――罪もない無垢なる市民を『私自身』が手をかけることで、私が多くの人々の復讐の対象となる! そうすればいがみ合っていた人々は一つに納まるでしょう。復讐を果たす――ただひとつのその思いのためだけに! いがみ合う人間たちを一つにまとめる。そのために巨大な仮想敵を一つ作り上げる――、かつてナチスも冷戦時代のアメリカもソビエトも古代ローマも、連綿として行ってきた統治手法です。物は試しとやってみたのですが、まぁ素晴らしいくらいにハマってくれました! それまで無数に在った組織はファミリア・デラ・サングレの名のもとに一つにまとまる。あのペガソと言う男をカリスマに仕立て上げて! そして私を永遠の宿敵として恨み続けることで内輪の対立を削ぐこともデキる! あげくにミチョアカンを始めとするメキシコの各地で起きていた組織間抗争もなりを潜め治安も飛躍的に改善し始めたといいます。そう、これは『浄化』――、悪しき物を絞り出すための『大掃除』――その憎まれ役を私が! 引き受けたというわけなのです。おわかりですか? ペラの皆さん? ククク――」
一気呵成に答えると、クラウンは身をくねらせるようにして忍び笑いをする。
「だからね!? 感謝してほしいくらいですよ! あの日を境に多くの人々が幸せになったのは事実なのですから! アーーーーーッハハハ! ハ――」
――ドンッ!――
357SIGの重い銃声が鳴り響いた。その弾丸は正確にクラウンの額を撃ち抜いていた。
否、目に見えない障壁に阻まれてはいたが、その弾丸は確実にクラウンを捉えていた。イザベルがクリスベクターで放った弾丸である。
















