Part36 死の道化師・黒の巨人/道化師の理由
イザベルの言葉にエルバの不満げな視線が向けられるが、イザベルはそれを睨み返した。
「諦めな。死の道化師の肩書は伊達じゃない。コイツのイリュージョンの種を暴かない限りどうにもならない」
「クソッ」
エルバは刃峰をボロボロに腐食させられたチタンナイフを放り投げるようにして放棄する。マリアネラも両手の指先の輝きを速やかに消していく。抵抗を諦めてイザベルはクラウンへと告げた。
「負けを認める。その子を返してくれ。その子、刃物が苦手なんだよ」
「ほう?」
クラウンは興味深げに驚きの声を漏らしながら、死神の鎌を収めてプリシラを開放する。恐怖に必死にあらがっていたが漸くに開放されて崩れ落ちるようにその場にへたり込んでいた。
「四年前にアンタがやらかしたアレ――、あんときに親父さんとおふくろさんを斬り殺されてから刃物のエッジの光がだめなんだ。プリシラ、こっちおいで」
イザベルの声にプリシラは蒼白の表情で駆け出した。それを視認しながらエルバも答えた。
「アタシが黒塗りの刃を使うのもそれが理由でね。アタシはあんとき全身を焼かれた。両手両足無くしてマネキンみたいになってたのをサイボーグボディでなんとか生き延びてる。あの時のこと、忘れたなんて言わないだろうね?」
エルバは鋭い視線でクラウンを睨みつけていた。たとて圧倒的な能力差にかなわないと解っていてもその敵意を収める訳にはいかないのだ。4つの視線が一つに集まっている。その一つ一つを受け止めながらクラウンは言葉を返した。
「覚えていますよ。忘れるはずが無いじゃないですか。なにしろ私が闇社会にて名乗りを上げた〝始まりの日〟でしたから」
そして、仮面を白地に黒いアーチ模様だけのシンプルな笑顔に変えると、淡々とした口調でこう尋ね返す。
「知りたいですか? あの時の理由が」
誰も頷かない。だが向けられる強い視線はクラウンのその〝理由〟を明らかに求めていた。答えないわけにはいかないだろう。
「よろしいでしょう。お答えします」
そう告げながら右手を一閃、その手にしていた死神の鎌を空間の中へとしまい込む。その手際、まさに魔術のごとしである。そして、向けられる敵意を気にすることもなく、淡々と述べ始めたのである。
「一言で言えば――〝デモンストレーション〟――です」
そのあまりに無思慮な言葉にエルバが怒りを口にする。
「ふざけやがって。そんな事で――」
だがその言葉を隣りにいたイザベルが制止した。たとえどんな情報でもいい、クラウンに語らせられるなら語らせるべきなのだ。イザベルはエルバに耳打ちした。
「我慢して。やつから情報を得るチャンスだよ。逃げられたら二度と聞けない」
道理である。物理的に叶う事ができない今、逃走を阻止することは不可能だ。イザベルの言葉にエルバはぐっと唇を噛みしめる。その二人のやり取りをクラウンは冷静に見つめていた。
「正しい判断です。あなたお名前は?」
「イザベル」
「お隣は?」
「エルバ、ちなみにアンタが鎌を突きつけたのがプリシラで、もう1人がマリアネラだ」
「覚えておきましょう。貴方の思慮分別に免じて、望むだけ答えて差し上げましょう。あの血の惨劇の理由についてでしたね?」
「あぁ」
クラウンは腰の後ろで両手を組みながら答え始める。過去を思い出すのではなく、これからの未来を予言するかのように。朽ちた建物の頂に佇みながら見下ろすようにして語り始めた。
「そもそもわたしはね〝リベンジャー〟なのですよ」
その言葉にマリアネラが訝しげにつぶやく。
「あなたが?」
「えぇ、そうです。私の立場はある意味においてはあなた達と大差はないのですよ。ご理解は到底いただけないでしょうけどね」
「そんな――一体、誰に復讐するって言うのよ?」
エルバが告げる。苛立ちと疑惑の視線が集まる中、それでもクラウンは淡々と続けた。一つ一つの言葉を丹念に選ぶようによく響く声で答える。
「この〝世界〟そのものです」
















