Part36 死の道化師・黒の巨人/戦いの刹那
〝死の道化師〟
それが彼の字名にして忌み名である。
そのシルエットをして人は言う。それを人はピエロともいう、ジェスターともいう、アルルカンと呼ばれることもある。赤い衣、黄色いブーツ、紫の手袋に、金色の角付き帽子、角の数は2つで角の先には柔らかい房状の球体がついていた。襟元には派手なオレンジ色のリボン――、派手な笑い顔の仮面をつけた道化者。人は彼をこう呼ぶ――
――クラウン――
正体不明の怪人物。
最高級のイリュージョンが如き演出を持って姿を表し、いずこへともなく姿を消し去る天性のトリックスター。神出鬼没にして正体不明。あらゆる存在の敵かと思えば、突如として救いの手を差し伸べる。
その性格を評するなら曰く一言――
『気まぐれ』
――たとえ側近であろうと、その真意を理解できる者は居なかったのである。
彼は今、珍しく過去へと思いを巡らせていた。
それは目の前の光景がかつて見たことのあるものに類似していたからだ。
「思い出しますねぇ――、もう4年も経つのですか」
目の前に広がるのは、東京首都圏最悪のスラム街。そして犯罪の坩堝。世界最高の逮捕率を誇る日本警察ですら手をこまねくと言う東京アバディーンである。そしてその街が壊滅の危機に瀕している。
一触即発――、最後の引き金が引かれてしまえば阻止する手段はもうない。そしてそれはかつて彼が引き起こしたあの惨劇の一日を髣髴とさせるモノであった。クラウンは自らの視界からイプシロンが姿を消すのを見届けると不意にこうつぶやいたのだ。
「あの時は私が狩る者でした。ですが今宵は私が〝狩り〟を阻止する側。面白いですねぇ世の中と云うのは。そう思いませんか?」
そしてスラムの外れの荒れ地の際に佇むクラウンは素早くその左手を跳ね上げ、手のひらを外側へと向け、黒く耐久加工を施された超高精度の単分子チタンナイフを握りしめる。
「ねぇ? 天馬に飼いならされたメス犬の皆さん?」
クラウンは首筋に振り下ろされたナイフの主を一瞥もすること無く左手に力を込めた。
「―Détruire, la lame de la vengeance en colère, rouillé et émietté―」
かつてハイヘイズの子らをクリスマスの聖夜の夜に黒社会くずれのゴロツキから守った時と同じように流麗な仏語の口上をもって特殊能力を開放させる。クラウンの首筋を襲った黒いチタンナイフは賞味期限が切れたウェハースの様にあっさりと脆くも崩れ去ったのだ。
さらに右手を左肩の方へと引き上げ、手のひらを外へと向けながら左から右へと振り回すように左掌を旋回させる。手のひらからは紫色に光り輝く光のシェードが展開され守りのための障壁を形成する。
「―Former la barrière optique du champ de force gravitationnelle pour casser l'espace―」
その紫色に光り輝くシェードは鉄壁の重装甲であるかのごとくに襲い来る弾雨を跳ね返す。使われた弾種は357マグナム並みの威力を有する〝357SIG弾〟イザベルにとって現状で用意できる最強の弾であった。
「ちぃっ!」
思わず歯噛みする声が漏れる。彼女の視界の中でクラウンの姿は紫色の光のシェードに瞬く間に包まれてしまった。
「マリアネラ!」
その名を呼ぶよりも早く〝蒼の輪舞曲〟の異名を持つ彼女は踊るように両腕を広げながらその十指の指先の青いネイルから、青白く光り輝く雷撃の如くのブルーレーザーをほとばしらせる。それは夜空の星々を星座として繋いで描くかのように巧みな折れ線を描きながら、クラウンを光のシェードごと十発同時に全方位から包み込むように貫いたのだ。
「いった!」
思わずエルバが叫ぶが、それを静止したのはイザベルだ。
「待って!」
その言葉が残響を残しつつ消え去るのと同時にクラウンを包んでいた光のシェードはかき消えていく。そしてその中には――
「居ない?」
「クソッ!」
イザベルが驚き、エルバが悪態をつく。そして次の瞬間叫んだのはマリアネラであった。
「あっちよ!」
声に弾かれるようにマリアネラが指差す先には何もなかった。だが徐々に姿が現れてくれば、見えてきたのはクラウンに捕らえられたプリシラの姿である。
白銀色に光る死神の鎌を手にしたクラウンはプリシラの首筋にそれを突きつけていた。背後から死神の鎌を構えて喉笛に正確に鎌の刃を当てていて、ほんの僅かに横に引けばいつでもプリシラの命を奪うことが可能であった。直接戦闘力に劣るプリシラではこうなるとどうにもならない。
失敗と敗北を悟った彼女たちにクラウンは静かに尋ねた。
「まだやりますか?」
その声にイザベルがクリスベクターの銃口を地面へと向ける。
「やらないよ。仲間の命を天秤にかけるほど馬鹿じゃない」
















