Part36 死の道化師・黒の巨人/メキシコ死の惨劇
『メキシコの血の惨劇』
そう呼ばれた悪夢の一夜がある。
今から4年前、中央アメリカメキシコ国、その首都であるメキシコシティから西方へ200キロほど向かえば、そこはミチョアカン州と呼ばれる農村地帯だ。経済程度は悪く、貧しい者が6割を超える。そしてそれは多くが麻薬などの犯罪産業に加担することで生活利益を得ている状態である。
テンプル騎士団
ファミリア・ミチョアカナ
ハリスコ新世代
ベルトラン・レイバ
そして――ロス・セタス
名だたる麻薬組織がしのぎを削り、メキシコ正規軍ですら手を出せない程の高度な武装で、文字通り血で血を洗う抗争が舞夜の如く繰り広げられていた。
治安回復を目指した市長は尽く命の危険に晒された。その麻薬抗争に引きずられるようにメキシコの治安は瞬く間に悪化していく。そしていつしか隣国アメリカからは麻薬と違法入国者の供給源として蛇蝎のように嫌われることとなる。
無論、政府や市民も手をこまねいていたわけではない。時の大統領の指示でメキシコ正規軍と市民自衛団が連携して、麻薬組織のボスが殺害され、それが治安奪回の象徴としてプロパガンダとして喧伝される。しかし組織の実体は壊滅すらしておらず、正体不明の病原体のようにミチョアカンと言うメキシコ中西部のそのエリアを食い荒らし続けたのだ。そして、治安回復の切り札であったはずの自警団も、新たなる麻薬犯罪の担い手として、反社会勢力を牛耳るようになる。文字通り『ミイラ取りがミイラになる』と言う有様である。
今や、治安回復の決定打となるものは何もなく、生き残るために武器を取り、生き残るために犯罪に手を染める。そして自らを守るために集団化する――、絶対的な解決はない。それがメキシコにかぎらず中央アメリカ一帯の様々な国にはびこる〝悪〟の現実であるのだ。
だがそれは2036年の9月15日・独立記念日の深夜、突如としてこの国は一変することとなるのだ。
『メキシコ・血の惨劇』
――それは独立記念日の夜にミチョアカン州各地の農村地帯から始まった。
はじめは麻薬関連組織の小競り合いだと誰もが思っていた。だが戦闘は縮小せず、夜を徹して散発的な戦闘は拡大を続けていく。ある噂を伴って――
――謎の機械が殺戮を続けている――
――その噂が到達した場所に、謎の襲撃者がさらなる戦闘を拡大する。
破壊に次ぐ破壊――
殺戮に次ぐ殺戮――
いかなる現代兵器も通用しないそれらに対して人々は無力だった。そして、犯罪組織に荷担するしないに関わらず〝それら〟に遭遇した者たちは縊られた鶏のように一切の抵抗叶わずに無残な死体へと変じて屍を累々と残していく。
謎の殺戮襲撃者の報は、勢いを保ったまま州都モレリアへとなだれ込む事になる。
500年以上の歴史を誇る古い街・モレリア――、そこに夜明けが近づいてきた時、街の歴史を表すシンボルであるモレリア大聖堂の頂きに佇んでいたのは一人の道化師だった。
それを人はピエロともいう、ジェスターともいう、アルルカンと呼ばれることもある。赤い衣、黄色いブーツ、紫の手袋に、金色の角付き帽子、角の数は2つで角の先には柔らかい房状の球体がついていた。襟元には派手なオレンジ色のリボン――、派手な笑い顔の仮面をつけた道化者。彼は一言、自らの名を名乗る。
「私はクラウン――」
その声が木霊して人々の視線を集める。その道化師は街の至る所へと響き渡るように口上を唱えた。
「栄えある独立記念日を祝おうと喜びを露わにししていた市民の皆様。私から皆様に〝死〟と〝破壊〟と言う素晴らしい贈り物をご用意させていただきました。死とはいかなる者にも等しく訪れる究極の救い。破壊とはあらゆる不公平も富の不均衡も無かったことにしてしまう究極の平等。長年に渡る悪意の連鎖と拡大に苦しむこの国の皆様方に、この夜明けをもって素晴らしい究極の救いを皆様にプレゼントいたしましょう! 遠慮はいりませんよ? さぁ! お受け取りください!」
狂気を感じさせる興奮気味の口調で、その道化師はオーバーアクション気味に身振り手振りを表しながら高らかに宣言する。そして右手を天へと突き上げ、そこで指先を〝パチン〟と鳴らしたのである。
それが惨劇の幕開けの合図だと、生存者は伝えている。
銃弾が、
凶刃が、
猛毒が、
火焔が、
レーザーが、
剛拳が、
あらゆる殺害手段が行使され、
あらゆる破壊手段が行使された、
命は命でなくなり、
街は街でなくなった、
それはまさに『死の舞踏』
その街に居合わせたあまねくすべての人々に死の道化師の贈り物は襲いかかったのである
襲撃者の総数も規模も公式には今だに解っていない。ただその被害者数だけはいつまでも残ることになる。被害総数5万人――行方不明者も含めると10万人をゆうに超えると言う。
一時期はモレリアからもミチョアカンからも人の姿が消えたと言われるほどであった。
襲撃者を象徴する存在である謎の道化師――、その素性も正体も未だに解っていない。ただ名前だけは誰が言うともなくこう称する事となる。
――クラウン――
それが闇社会に対して〝死の道化師・クラウン〟の名前が姿を表した最初のときだった。
その彼の後には道化師にふさわしい奇々怪々たる怪人たちが列をなすこととなる。そしてクラウンは犯罪闇社会の中で、とある集団を結成することになるのである――
















