Part35 死闘・正義のシルエット/分身
「死――」
小さくつぶやくように声を発しかける。だがその言葉から先は出ることはない?
「ゲッ?」
突然、展開された意外な光景にイプシロンは驚きの声を上げる。否、驚いているのは財津自身である。背後を振り返ろうとするが振り返れない。疑問の声も、苦悶の叫びもあげれない。ただ感じるのは――
――喉への焼けるような痛み――
――であった。
そしてその痛みとともに無感情な電子音声が鳴り響いたのである。
『武装警官部隊・盤古東京大隊、情報戦特化第1小隊、狙撃手『財津洋也』情報戦特化小隊極秘内部規定E-23条項を適用しこれを執行する』
それは財津の背後に立つ不気味な黒い骸骨のオブジェの様なものから鳴り響いていた。
胴体部と頭部の直径は10センチほど、腕部と脚部は5センチほど。あまりの細さに折りたためばカメラ用の大型三脚とは大差ない大きさにしか見えないだろう。頭部は円筒形であり、無数のカメラアイが周囲360度をくまなく見つめていた。
その棒状の右腕は前方へと突き出され、先端部からは長さ40センチほどの極細のブレードが突出していた。それが財津の背後から彼の喉へと突き立てられていたのである。そして、財津に対して下された無情な〝声〟は紛れもなく、そこから発せられていた物であった。
『ヘリの中でそんなもん振り回すんじゃねえ糞が。放電火花で引火するだろう。もういい、お前は不要だ』
黒い骸骨状の物は右腕を一旦後方へと引いてブレードを引き抜くと、再びそれを前方へと突き出す。刺し貫いたのは財津の後頭部。最大の急所である延髄部を見事に一撃である。
「が、カッ――」
銀色に光るその鋭利なもので延髄を刺されて財津は瞬間的に硬直した。声に鳴らないうめき声を一瞬だけ漏らすと白目をむいてそれっきり動かなくなる。再びブレードを引き抜けばかつて財津と言うスナイパーだった物は力無く崩れ落ちたのである。
『E-23規定執行完了』
人間にはまるっきり見えない不気味な黒い棒人形、そうとしか形容できないそれが盤古隊員であった財津をあっけなく処分したのだ。その唐突過ぎる光景にイプシロンは驚くしか無い。だが次にその棒人形が攻撃するとすれば、ヘリ機内の邪魔者であるイプシロン以外にはあり得なかった。ならばイプシロンが問うのは一つだ。
「誰だ、オマエ?」
そう問い掛けつつ横へと少しづつ移動する。かつて財津だった肉塊に近づくと足先でヘリの外へと向けて少しづつ押しやっていく。狭いヘリ機内ではもはや邪魔でしか無い。深謀遠慮で敵の出方を伺っているイプシロンを黒い棒人形のシルエットは語りだす。
『答える義理はねぇが教えてやる。オマエの目の前でこのヘリを操縦しているのが俺だ』
すぐには理解できない言葉だ。だがそれが意味するの事はたったひとつしかない。
「ゲロ? 遠隔アバターか?」
『ご明察。俺はヘリを操縦しながら、この棒マネキンを使って非常戦闘を行える。機内警備の戦闘だけじゃない。このレールガンライフルで狙撃任務も同時執行可能だ。その気になればこんなイカれサディスト、いらねーんだよ」
20以上のカメラアイがひしめく頭部が不気味な光を放ちながら、イプシロンを凝視していた。これだけの目を持っているなら当然、死角は無いだろう。逃げることも難しい。
それは香田が無線回線を通じて、その頭脳と直結させた遠隔アバターボディであった。折りたたまれて機内の片隅に秘匿しておいたのだろう。アバターボディがイプシロンとの距離を詰めながら、無様な死体と化した元狙撃手を足先で蹴飛ばしヘリの機外へとおいやっていく。
かつて任務パートナーであったはずだが、香田には何の感慨もない。まるで虫が声を発しているかのようだ。
『建前上、操縦手と狙撃手は別個の人間で登録しなけりゃいけねぇから隊員登録してるが、俺たち情報戦特化小隊の理念を理解していないクズは生きている価値すらねえんだ』
棒状のシルエットのアバターボディは両腕をだらりと下の方へと下げていた。緊張がないのはいつでも自由に動けることの証明でもあった。香田のアバターへとイプシロンは問いかける。
「お前らの理念? なんだそれは?」
イプシロンが問えば、香田のアバターボディはその左手の手首から甲高いコンデンサー充填音を響かせ始めていた。その音と共に香田が告げる。
『法的存在証明を有したすべての人間の保護、及び、国家組織の護持――それが俺たちだ』
















