Part34 カエルノオウジサマ/炎と風の魔法つかい
黒い盤古のステルスヘリの苦し紛れの悪意の排除に成功して、ダエアは視線でタンとグウィントに合図を送った。その目線の合図を受けるころ、二人の脚は天をじっと仰ぐままのイプシロンのもとへとたどり着いていた。
イプシロンは焦っていた。
頭上遥かに隠れる敵にたどり着くにはどうしたらいいか、その手段を求めて必死に考えを巡らせていたのだ。だが、再び頭上から降り注ぐ悪意――高燃焼のナパーム手榴弾に気づくも、イプシロンが駆けつけるよりも早くすでに何者かが子どもたちを守った後であった。
驚き、訝るも、それを声にするよりも早く、イプシロンに迫ってくる2つのシルエットがる。赤い軍装ドレスの少女と、白いロングショールの少女――、この場末の埋め立ての荒れ地の上にはあまりに似つかわしくない存在だった。
そう、それはまるで妖精か魔法使いの如くだった。そんな二人に対してイプシロンが問いかけるよりも早く声をかけてきたのは白いロングショールの少女・グウィントであった。
「ねぇ、あなた何を見ているの?」
そのシンプルな問いをイプシロンは拒まなかった。その胸の内に抱いた焦りと苛立ちを目の前に合わられた二人に対して、素直に口にしていた。
「あの、闇夜の中の悪い奴ら――、あいつら許せない」
目の前の二人に目配せしつつ、その視線はやはり闇の空を見上げていた。そのイプシロンの視線に習ってグウィントもタンも頭上を仰いだが、タンは言い放つ。
「君には何か見えているんだね。だが僕らには見えない。それだけの見る力がない」
「ゲロッ――そうか」
「でも見えているならなぜなにもしない? なぜただ見上げているだけなんだ?」
それは単なる質問ではなく、ある種の試しとしての詰問を含んでいた。イプシロンが抱く敵意と怒りの理由を問いただしているに等しかったのだ。それは当然のごとくイプシロンにも以心伝心で伝わっているのだ。
「届かない――、俺、空を飛べない。俺の攻撃遠くまで届くけど、あそこまで――あの闇の空まで届く力を持ってない。あそこに許せないやつがいる。だけどどうにもできない」
「そうか」
タンは冷静な口調で、イプシロンの義憤と無力感を理解し頷いていた。だがタンはイプシロンに対して意外な提案をしたのだ。
「だが、君が見えているその〝敵〟のところまで君自身が飛べるなら――」
赤いシルエットのタンは片膝を突いてイプシロンのところへと目線をおろす。
「君は君自身の正義を討ち果たすことができるんだね?」
鋭くも人としての誇りと優しさに満ちた視線だった。それはイプシロンにも信じるに足る視線であったのだ。はっきりと頷いた後にイプシロンは言い放つ。
「ゲロッ、出来る。あの高さに届きさえすれば子どもたちを守ってやれる。あいつらを笑顔にしてやれる。そのためならオレなんでもヤる」
イプシロンが口にした言葉を、人々はこう呼ぶのだ。
――〝覚悟〟――と。
その小さくも確かな覚悟、それを耳にしてタンとグウィントはこう答えたのだ。
「ならば私たちは君に手を貸そう」
「あなたが望む空へと至る〝風〟を吹かせてあげましょう」
イプシロンにそう問いかけると、タンとグウィントはイプシロンを挟んで距離を取る。そして互いに目配せすると、イプシロンへと改めて問い掛けた。タンが鋭い視線を湛えながら告げる。
「今から君をあの空へと送る。少々手荒な事をするが覚悟してくれ」
次にグウィントも柔和に微笑みながら告げる。
「でも、貴方ならきっと成し遂げるわ」
そう声をかけつつ両手を左右へと大きく広げた。タンが言う。
「行くよ、グウィント」
それにグウィントが答える。
「えぇ」
何かが始まる――、それを理解し軽く周囲を見回したイプシロンだったが、意を決して空を見上げた。
そして、口上を述べ始めたのはグウィントからであった。両手を左右に大きく広げたまま言葉を滔々と唱え始めた。
「吹きすさぶグウィントの名において命じます。一迅の風よ吹きなさい、そして、かの小さくも気高き者の周りにて旋風となりなさい」
その言葉はトリガーだった。グウィントの中に眠れる力が静かに目を覚まして行く。
【 電磁気干渉型大気流制御システム 】
【 >電磁気エフェクトフィールド展開開始 】
【 >大気流制御スタート 】
【 ≫大気流制御パターン 】
【 〔環状旋回、円形フィールドタイプ〕 】
【 】
【 ――大気流制御開始―― 】
そしてその力は静かに、一迅の旋風をイプシロンの周囲へと生み出していく。
次に口上を述べ始めたのはタンである。右手を握りしめ拳を作るとそれを胸の前にて構えて、力強く宣言するように言葉を紡いでいく。
「燃やし尽くすタンの名に置いて命ずる。我が掌中より炎よ噴き上がれ、そして、熱く熱く熱気を帯びて周囲一帯の大気を加熱せしめよ!」
述べ終えると同時に握りしめた右手を開きながら前方へと勢い良く突き出す。と、同時に紅蓮の炎は彼女の手のひらから吹き上がり、グウィントの生み出した旋風へと絡み合い、渦巻く炎へと変じていく。
【 超高温プラズマ火炎、生成システム起動 】
【 左掌より電磁気エフェクトフィールド展開 】
【 同エフェクトフィールド 】
【 >展開パターン、円錐コーン形状 】
【 プラズマ火炎放射パターン制御開始 】
【 左掌中央より超高温プラズマ火炎放射開始 】
【 】
【 ――出力急速上昇―― 】
タンの右の掌から吹き出した真紅の炎は、何かに導かれるように一直線に前方へと伸びていく。グウィントが生み出した旋風の中へと向かい、旋回する炎流へと変じていく。
「今、風は旋風となり」
「風と絡み合った炎は螺旋を描いて火炎旋風となる」
そして生み出された火炎旋風は強烈な上昇気流を生み、螺旋の力となって巨大なものを生み出すのだ。そうそれは、
「さあお行きなさい!」
「小さくも気高き者よ!」
天をも貫く【火炎竜巻】である。
――ゴオオォォォォ――
真紅の炎の龍の如く、それは怒れるようにのたうちながら天へと一直線に伸びていく。
そして、その竜巻の中を吸い上げられるように空へ空へと運ばれていくのは、カエルのシルエットを持つ小さき者であった。
その名はイプシロン――、一匹の滑稽なバケガエルは天上へと駆け上がる。
今こそ、その胸に義憤と正しき敵意を秘めて、闇夜の空に身を潜める黒い悪漢へと鉄槌を下すのだ。
瞬く間にその1m程の丸いシルエットは炎に吹き上げられた木の葉のように空の頂へとたどり着いたのだ。そしてイプシロンは、子どもたちを脅かしていた脅威の正体を今こそその目に捕らえていたのだ。
「見つけた――空から子供らを苦しめるヤツを!」
火炎竜巻に空へと運ばれながらもイプシロンはその目に強い敵意の輝きを放っていた。
断罪の輝き、
憤怒の輝き、
そして、その何よりも強い視線は、ある者たちの姿を正確に捉えていたのである。
その視線は、空の高みとホログラム迷彩によるステルスシステムに守られていた才津にとっては驚きと恐怖以外の何物でもなかった。
「なっ――、何だ手前ぇ!!」
とっさにレールガンライフル『サジタリウスハンマー』を前方へと向ける。だがそんな物に怯むイプシロンではない。
「答える理由はない! ケェエエエッ!!」
怪鳥のような鳴き声を響かせて、イプシロンはその口を開き真紅に染まった〝舌〟をムチのようにしならせて解き放つ。
――ヒュオッ!――
ステルスヘリの機体外側の着陸用のスキッドへと舌を絡ませると一気に攻め寄る。そして、その小さな緑色の身体をステルスヘリの機体内へと飛び込ませたのである。
――ダァンッ――
まるでバレーボールでも撃ち込んだかのような音を響かせてイプシロンはヘリの機体の中へと飛び込んでいった。巧みに着地に成功し即座に体勢を整えると、ヘリの機体の中で見つけた二人の男たちを怒りの視線で射抜いていた。もう、どこにも逃すつもりは無い。叩きつけるような怒れる口調で二人へと告げる。
「もう遊びの時間は終わった。お前たちをこの空から引きずり下ろす!!」
同時にその両足に渾身の力を込めている。弾丸のように飛び出す準備はすでにできていた。
突如としてヘリの機内に飛び込んできた侵入者に、パイロットの香田も、狙撃手の財津も、動揺しないはずが無かった。
「何やってんだ! 早くそいつを叩き出せ!」
香田が悲鳴のように叫んでいる。機内で暴れられたら墜落しかねない。才津はそれを理解しつつも、狼狽える以外に何もできずに居た。苦し紛れに、その腰に下げていた拳銃【ベレッタPX4ストーム】をバケガエルのイプシロンに向けて抜き放つ。
「うるせぇ! ふざけんじゃねええ!!」
逆ギレでしか無い罵声をぶちまけながらそのトリガーを引いた。だが、イプシロンにはそんなオートマチック拳銃の40口径弾など何の効果もない。何発撃っても全弾跳弾してあっさりと跳ね返し、攻撃することの無意味さをまざまざと見せつけたのである。
「なにかしたか? お前?」
冷ややかに問うイプシロンはそれ以上何も語らなかった。そしてその両足に込めた力を開放すると、ヘリの機内で一気に飛び出していった。
そもそも――
正義には様々な形がある。
悪意を持って悪しきを成そうとする者に対して、様々な形の正義が行使される。
今、イプシロンもまた一つの形の正義を行使しようとしていた。
すなわち――
『鉄槌』
――である。
役目を忘れ、私欲と快楽のために暴力と悪意を行使しようとする者に対しての〝応報の鉄槌〟である。
今まさに、正義の瞬間は訪れたのである。
















