Part34 カエルノオウジサマ/焦る狩人
引き金は引かれた。タイムラグはコンマゼロ数秒で弾体が射出される。
上空のステルスヘリの機体の右脇から眼下へと向けられていたレールガンライフルから、ジルコニアサーメット製の超硬化弾芯がターゲットへと撃ち込まれる。そのターゲットの名はイプシロン。クラウン配下のカエル型の機体の持ち主だ。
すでに炸裂弾頭を子どもたちを守るためにその身に食らっている。そのため、荒れた大地に這いつくばることにはなったが、それでも完全停止するには至らなかった。這いずるようにして身を起こすと再び立ち上がろうとしていた。そして一人のハイヘイズの幼子を勇気づけようと声をかけていた。
まだ倒れない。倒れるわけにはいかない。その意志がイプシロンの総身から溢れ出している。だがそれを許すような才津ではない。彼こそは黒い盤古のスナイパーだ。静かなるプライドを匂わせながら、さらなる精緻なる一撃を見舞ったのだ。
「おめえにゃもったいねぇが――、この俺のとっておきの一発だ」
ステルスヘリの機上から狙撃手・才津は吐き捨てる。その口調に喉の小骨を取ったかのような爽快感がにじみ出ている。あんなカエルもどきのアニマロイド如きに、これ以上手こずること事態が彼には我慢ならないのだ。
「これでゴミ掃除に専念――」
電子スコープ越しに地上の様子を垣間見る。大穴を開けられた残骸がそこに見えるはずだ。そして最高の爽快感を得られるはずと確信していた。だが――
「う、嘘だろう?」
――そこに見えたものに才津は驚愕させられることとなるのである。
「当たったはずだぞ? 俺の、一番のとっておきの弾だぞぉ! ふ、ふざけんなよ!」
引きつったような声を上げる。驚愕をそのまま声にする。指先が震え、驚きは怒りへと転化しつつあった。目の前の光景を受け入れられないが故である。
生存していた。無傷だった。
そこに大穴が開けられたバケガエルは存在しなかった。かすり傷一つせず、そのバケガエルは平然としていた。倒れることもなく、その台地の上に手足を踏みしめていたのだ。
「米軍の最新戦車の上部装甲すらも貫くとっておきだぞ? 当たっておいてなんで平気なんだよおかしいんじゃねえか? あぁあ!」
発作的にレールガンライフルに次弾を装填する。弾種の確認などしていない。無差別な発射だった。
「俺の弾を勝手に弾いてんじゃねええ!!」
甲高い裏返った声を上げて才津は引き金を引いた。放たれた弾は通常の硬化セラミックス弾頭だったが、それでも本来ならばダメージを与えられてしかるべき物だった。だがまたも電子スコープの中の望遠映像には驚くべき物が映っていたのだ。
弾丸が弾かれていた。弾が当たる瞬間、大きく凹み、上から潰されたように膨らんでいる。直後に潰される力の反動で凹んでいた部分が逆にはねかえっている。そして命中していたはずのレールガンライフルの弾を勢い良く跳ね返してしまったのである。その姿、まさに昔のアメリカのコメディアニメその物でしかない。
――弾が効果を発揮しない――
こうなると狙撃手はなんの意味も持たない。撃つだけ無駄だからだ。もはや才津は呆然とするより他はなかったのである。
かたやヘリパイロットの香田は財津に対して叫んでいた。
「なに呆けてやがる! ぼさっとしてねぇで自分の役割思い出せ! ボケ野郎!」
その一方で、パイロットの香田は才津の狙撃の瞬間の映像をリプレイして確認していた。そこに映し出されている映像に香田は思わずある言葉を口にする。
「超弾性構造体?」
その言葉に反応した才津の視線を感じながらも香田はさらに言葉を続けた。
「噂はほんとうだったんだ、あらゆる〝弾〟を無効化する特殊構造ロボットの研究が進められてたのは――」
「あ?」
香田のつぶやきに才津が問いかける。香田自身も驚きそのままに声を荒げて答えていた。
「衝撃を機体全体で分散させ完全吸収するんだよ。まさにお前が目の当たりにしたような状態でな。字田のダンナが言ってたが、ロボット兵器開発の連中の間では密かな噂になってるらしい。実現すれば理想の防弾性能が得られるが、実際には不可能で妥協したレベルでしか再現できない。しかし、本当に有ったのかよ! 完全レベルの超弾性構造体が! だとしたらあのカエル、一体何者なんだ?!」
性能は本物だった。ならば、なおさらの事、無視することはできない。パイロットシートから狙撃手席へと大声で急き立てた。
「才津! ここまで到達されると厄介だ! 火炎放射でも爆装でもなんでもいい! さっさとアレを吹っ飛ばせ!」
「あ、あぁ――」
怒号を上げる香田に反して、狙撃手の才津はもはや冷静さを失っていた。狙撃手とは想像以上に集中力とタフな精神を要求されるポジションだ。狙撃の瞬間に向けて、己のメンタルをコントロールし続けている。それが糸が切れるみたいに集中力の糸が断ち切られてしまったのだ。震えるその手が、今の才津の〝心〟の状態をつぶさに現していたのである。
「くそっ! くそっ! ちくしょぉぉお!」
無様なまでの狼狽がその声には現れていたのである。
















