Part33 天へ……天から……/新生フィール ―誕生―
今、これから彼らを迎えるのは最後の試練となる再起動覚醒作業だ。その為にはある人物に声をかけねばならない。イギリスからネット越しの協力をしてくれているガドニック教授その人である。
全ての作業が終えられていることを確認して布平は声をかける。
「教授、こちらの作業完了いたしました」
〔よしわかった。彼女の意識をそちらへと帰そう。そちらでの感覚信号の起動と、こちらでの仮想環境からの切り離しを同時におこなう。タイミングはそちらに任せるので感覚信号の起動プロセスのログをこちらの送信してくれたまえ〕
「了解です。速やかにログを送信します」
布平はガドニックの求めに応じて作業プロセスの詳細なログデータを流した。
〔よし、こちらでも確認した。以後、そちらの作業に対してオートで追従する。あとは君に任せよう。頼むぞミス布平〕
「はい、おまかせください。それでは再起動覚醒作業を開始します」
布平の指示が発せられ、全員に緊張が走った。起動プロセスの実操作をするのは五条だ。
スマートパッド上の仮想コンソールを操作する。完全休眠状態でベース基底アイドリング状態となっていたものを完全覚醒させる。
「それでは参ります」
静かに告げながらコマンドを打ち込む。
そして今、新しく生まれ変わったフィールが目覚めるためのプロセスが開始されたのである。
【 特攻装警基幹アンドロイドアーキテクチャ 】
【 トータルメンテナスシステム 】
【 ――Pygmalion 】
【 Handler Ver.12―― 】
【 】
【 個別ID:APO-XJX-F001 】
【 管理ID:Unit-F-0001 】
【 管理者名:布平しのぶ 】
【 AutherID:SPL2F01349 】
【 】
【 コマンドエントリー: 】
【 〔アイドルアップスタートフルモード〕 】
【 >基底休眠状態から完全覚醒状態へ移行 】
【 >プロセス予測タイム:128s 】
【 >カウントダウンスタート 】
それはフローラが目覚めのためのプロセスとほぼ同じものだった。姉妹と呼ぶに等しい存在なのだから当然と言えば当然である。仮想モニターに表示されていたのはいつかのモニタリングデータである。
――主動力出力数値――
――基底中枢頭脳部活動波形――
――脊髄系統神経インパルス――
――抹消系統各種モニタリングデータ――
――意識系統外部確認リンケージ――
無数のチェックデータが確認され次々にフィールの中のシステムが目を覚ましていく、そいてその工程の全てが順調に目を覚ましつつ有るのがわかる。
今こそ〝彼女〟の意識があらためて目覚めをはじめていた。
全パラメータがコンディション・グリーンを表示し、最終確認の表示がついになされたのだ。
【 APO-XJX-F001 】
【 完全覚醒確認 】
【 全体内システム、全起動確認 】
【 システム起動確認シークエンス完全完了 】
【 】
【 個体名:フィール 】
【 コンディションステータス:Weaked 】
Weaked――目覚めを意味するその言葉が示された時、すべての作業は完了したと言って良い。あとはフィール自身の目が開かれ、彼女自身の口から意味ある言葉が発せられるのを聞くだけなのだ。
今やこの作業に携わった全ての者たちが固唾を呑んで見守っている。集まったすべての者たちを代表して声をかけるのは布平である。
「フィール、聞こえる? 聞こえたら目を開いて」
そっと優しくもはっきりとした口調で布平は語りかけた。全ての人々の視線が集まる中、はたして――
「んん――」
フィールの口元が微かに動き、呻くような声が漏れる。そしてその両のまぶたは静かに開かれようとしている。まぶたがかすかに震え、そしてゆっくりとその両目は開かれて行く。
「OK、それじゃ次よ。名前を教えて」
布平がさらに尋ねる。
「私の名前は――特攻装警第6号機〝フィール〟」
「所属は?」
「警視庁捜査部捜査一課」
「あなたの指導をしてくれている人は?」
「大石課長です」
「あなたの生まれた場所は?」
「第2科警研、F班です」
「生みの親は?」
「布平 しのぶ――五条 枝里――桐原 直美――一ノ原 かすみ――金沢 ゆき――以上五名、そして――」
フィールはゆっくりと上体を起こした。体にかけられていた白いシーツがずり落ちない様に左手で抑えながら右手を支えにしてその体を起こしていく。周囲をゆっくりと見渡すと底に集まっていたすべての人々に対して柔和に微笑んだ。
フィールははっきりとこう答えたのだ。
「私は、第2科警研のすべての人々の手によって生み出されました。ここは私の生まれ故郷です」
その言葉が告げられた時、布平は強く確信すると力強く宣言する。
「再起動成功、人格の受け答えも異常なし、記憶の呼び出しも問題なしね。みんな成功よ!」
フィールのすべてを救うと言うこの困難な作業は、今ここに成功を収めたのだ。
成功の確信は瞬く間に伝播する。そして確信は歓喜へと代わる。歓喜は言葉となり人々の口からほとばしるように流れ出したのだ。
「よっしゃ! やったで!」
「よかったぁ――」
「まずは一安心ね」
「まぁ、当然といえば当然ね――」
ネット越しに状況を眺めていたガドニック教授からも声が届く。
「無事成功したようだね。ミス布平」
「はい、おかげさまでなんとか」
「おめでとう。まずは彼女の帰還を喜ぼうじゃないか」
「はい!」
「行ってやりたまえ、彼女は君たちの娘だ。君が労うべきだ」
そうガドニックが告げれば布平は頷きながらフィールの下へと足早にかけていく。
かたやフィールは、戸惑いながらも自らの置かれた状況を冷静に自覚している。その視線の先にはかつての自分の体だった物の残骸が横たわっていた。そして視線は歩み寄ってくる布平の方へと注がれる。
「しのぶさん!」
「フィール!」
布平は何の遠慮もなしにフィールを強く抱きしめていた。それは生みの親として、母親として、慈しむものとして、何よりも強く暖かな包容である。
「よかった――無事に帰ってこれて」
「ご心配おかけしました」
「ほんとに――」
詫びる言葉を口にするが、それに対する返事は言葉になっていなかった。安堵する気持ちが心の底から溢れているのがよくわかる。フィールはあらためて布平に声をかけた。それはこの場所へと帰ってこれたことへの感謝の表れであったのだ。
「私は帰ってきました。この地上に、この命あふれる、大地の上に――、しのぶさん」
フィールは少しだけ体を離す。そして布平と向かい合うと、こう答えたのである。
「ただいま」
「おかえりなさい。フィール」
それは機械と創造主のやりとりでは無かった。命を宿した娘と、命を与えた母親との会話だった。
今、フィールは帰ってきた。
あの天上の世界から、死出の旅路の世界から、命あふれる者たちの世界へと、
新たな身体に新たな生命を得てこうして息を吹き返したのだ。
「帰ってきたんだ。本当に――」
そこには感慨深い思いと同時に、一抹の疑問もある。その疑問をフィールは口にする。
「しのぶさん。聞きたいことがあるんです」
「え? どんなこと?」
フィールは自らのその胸に左手を当てながら問いかける。
「私のこの新しい身体についてです。新しい機能とか力とか備わってませんか?」
唐突な奇妙な質問だった。歓喜に溢れかえっている中でF班の5人だけがフィールのその奇妙な質問に反応している。正確にはネット越しのガドニック教授を含めてであるが――
「えぇ、いくつか改良されてるわよ。貴方の新しい2次武装にも機能改良が加えられてるし」
「そうですか、それってもしかして――」
フィールはそこで布平に右手の指で〝3つ〟を指し示した。
「フレーム構造の見直しによる〝頑強さ〟の向上、ショックオシレーション機能の機能改善と拡張による〝雷撃機能〟の付与、そして、熱収支マネジメント機能の装備による〝高熱コントロール〟の3つの機能ではありませんか?」
フィールが語るその言葉に5人とも驚きを隠せなかった。
一ノ原が答える。
「ちょいまちいな! なんで知っとるん?」
五条も戸惑いを隠せなかった。
「私、この子の体内データベースにチュートリアルのセットアップはしてないわよ?」
それに声をかけたのは霧原だ。
「どういうことかしら? フィール、一体何が有ったの?」
それに加えて金沢も布平も、狐につままれたような表情でフィールの顔をじっと見つめている。そこにさらにガドニックが問い掛けてきた。
「何か、体験したようだねフィール」
「はい教授、ある人達に会ってきたんです」
「ある人達?」
「はい、有明の1000mビルにて戦火を交えた3人の人達です」
教授にとっても思い出深い場所の名が出たことで、誰のことを意図しているのかすぐに判ったようだ。
「それはまさか君がたおしたマリオネットたちの事かね?」
教授の言葉に意味ありげにフィールは微笑みながらもこう答えたのだ。
「それはまたあとで落ち着いてから説明させてください。流石に少し疲れました」
「そうか、それもそうだな。今は新しい身体に慣れることを優先したまえ。そして、ベストなコンディションになった時に新ためて話を聞かせてくれ。君に何が遭ったのかを。むしろ今は無事生還できたことにおめでとうと言わせてもらおう」
「はい、ありがとうございます」
フィールがそう答えれば、モニター越しにガドニックは満足げに頷く。
「ではまた逢おう」
その言葉を残して、ガドニック教授との接続は終りを迎えた。
布平はフィールへと労いの言葉をかけた。
「フィール」
「はい」
「聴きたいことはたくさんあるけど、今はゆっくりとおやすみなさい。それからでも十分だから。ね?」
「はい」
布平はそっと優しくフィールに語りかけながら、彼女を横たえらせていく。その傍らで金沢がフィールの身体にもう一枚、あたたかなブランケットを掛けてやった。
「それじゃ、おやすみ――フィール」
母親のような暖かな言葉を耳にしてフィールはすみやかに眠りへと落ちていった。
今はただ闘いと生まれ変わりの旅路の疲れを癒やすことが大切だった。
布平たちはただ静かにその姿を見守っていたのである。
















