Part33 天へ……天から……/フィールの再開
「あ、あなたたちは? まさか」
問いかければシルエットの主はこう答えた。
「あら? あなたもこっちに来ちゃったの?」
「そのようね。もしかすると我々とのあとに何かあったのかしれないわね」
「あぁ、じゃあこの人? アンジェとジュリアが戦ったのって」
「えぇ、そうよ。でも――」
「懐かしいわね」
そうしみじみと笑みを浮かべながら3人は言葉を漏らしていた。
それはかつてフィールと戦火を交えたマリオネットの中の3人だった。
アンジェ、ジュリア、そして、マリー
彼女たちはそこに居た。そして彼女たちからは一切の敵対的なニュアンスは感じられなかったのだ。
「お久しぶりね。フィールさんって言ったっけ?」
「たしかそうよね。少し話さない?」
「もうこうなるといがみ合う理由もないしね」
あの時のテロリストとして剣呑さがウソのような明るさだった。そしてそれはフィールの持つ警戒心を解くには余りにも十分なものだった。フィールも顔見知った人が居た事で少なからず安堵する物があった。拒絶する理由はない。なにしろもうこれ以上、死ぬ事は無いのだから。
「はい!」
足早にかけてアンジェたちのもとへと向かう。それはかつて血で血を洗うような死闘を介して向き合った者たちであった。それはおそらく――
「神様って、粋なことをするわね」
――神の采配。運命のめぐり合わせだったのだ。
彼女たちはそこに居た。
間違いなくそこに居た。
アンジェ、ジュリア、マリー、そしてフィール。
奇妙な縁で結ばれた者たちの邂逅だったのである。
@ @ @
そこは広場のような場所であった。
鬱蒼と生い茂った木々の中に開けた土地がある。そしてその広場のど真ん中、空へと向けてそびえる石の柱がある。古代文字の文様のようなものが描かれていて、それは螺旋を描いて一列につながっていた。文様は地上から天へと上り詰めるかのようで、それははるか昔の祖先からはるか未来の子孫へと繋がる命の連鎖を想起させる。
そして、その石柱の周りには石畳の様に円状に敷き詰められている。フィールたちは誰が意識すること無くその場所にて集まり佇んでいたのだ。
そして先に口を開いたのは銀色の髪のアンジェだった。かつてその雷をもってして武装警官部隊・盤古の大型ヘリを撃墜した人物だ。
「しかし、まさかあなたがここに来るなんてね。何か抜き差しならない事でも起きたの?」
アンジェがそう問えば、それに言葉を続けるのはがっしりした体躯のジュリアだ。かつてフィールと相対しフィールを撃破した豪傑である。
「そうね、アナタほどの戦闘力を持った人がこうあっさりこっちに来るなんて考えられないものね」
さらにそれに言葉を続けるのは長い黒髪と細いシルエットのマリーだ。
「アナタの話は彼女たちから聞いてたの。よほど手ごわかったみたいね」
かつては敵同士だった彼女たちからの問い掛けにフィールは困惑しつつも言葉を選びながら言葉を返した。
「えぇ。一度に100体以上に囲まれて事実上のリンチに会いましたから」
「リンチって――」
「まさか? ほんとに?」
「まぁ、人間大じゃなくて空戦型の攻撃ドローンですけど」
フィールの言葉マリーとアンジェが問い返す。100体以上のドローン。それに囲まれての集中攻撃――、そのイメージがアンジェたちに伝わるのにさほどの時間はかからない。彼女たちも世界中の戦地を駆け巡った戦闘経験者なのだ。その胸に抱いた感想をジュリアが口にする。
「攻撃者本体が姿を現さず、ネット越しに遠隔装置で取り囲んで集中攻撃か――、ウチのガルディノみたいね」
「品性下劣ね」
そう告げるのはマリー、それにアンジェが続く。
「まぁ、ガルディノのヤツもある意味ガキだったからね。思い上がりやすくて下品で」
「似たようなものよ。でもアナタ、それで殺られっぱなしでこっちに?」
会話をまとめてジュリアが問うてくる。フィールは顔を横に振りながら答える。
「いいえ、私の後継機である〝妹〟が助けに来てくれたんです。なんとか脱出はできたんですけど受けたダメージが大きすぎて私を作ってくれたところまで持たなかったんです」
「そうなの――」
「残念ね」
ジュリアとアンジェがフィールの言葉を噛みしめるように告げる。ジュリアはさらに言葉を続けた。
「でもあなたの意思を継ぐ者が現れたのでしょう? まずはそれだけでよしとするしか無いわね」
「えぇ、私もそう思います。私が抱いた願いを受け継いでくれる人が居る。それだけでも十分ですから」
それはフィールにとって半分は本音、半分はやせ我慢だった。まだ生まれ落ちて間もないフローラを置いて地上から去る事は身を切られるよりも苦痛だったのだ。だが彼女たちの前ではそれは出さなかった。フィールは思い至った事実についてアンジェたちに問い掛けた。
「そう言えば他の方たちは?」
「他の?」
「あぁ、ガルディノやコナンたちね?」
「はい」
改めてフィールはうなづいた。そこに答えたのはマリーだ。
「ガルディノは来てないわ。あるいは私達とは別な場所へと行ったか――コナン兄様も来てないみたいね。気配も感じないから多分生きているんじゃないかと思うわ」
「気配? ですか?」
「えぇ、縁がある存在はどことなく解るの。だから私たちはここで3人で集まれたのよ」
その言葉にジュリアが告げる。
「こんな考えがある。魂は肉体の拘束を抜け出した時、似たような性質を持つ魂同士で集まり合う。互いを思いやる者同士が集まればそこは〝天国〟と呼ばれ、互いを憎しみ攻撃することしか出来ない者同士があつまればそこは〝地獄〟となるだろう。私たちはどうやら似た者同士だったらしいな」
「まぁ、どんなふうに似てるのかはなんとなく分かるけどね」
アンジェが相槌を打てばマリーが続く。
「仮初の作られた肉体を持ち、模造の心と意識を宿した者――、人間に似つつも人間では無い者――、私達が寄り添えるような人間たちは居ないもの」
「そうね、死してなおアンドロイドとしての業に縛られるなんてね」
ため息混じりに言うアンジェ。ジュリアがそれに答えた。
「やむを得まい。数多の命を奪い続けてきた我らだ。何れは咎を受けねばならん」
「そうね、それがたとえ私達の本意でなかったとしても」
「それがマリオネットとして生を受けた者の〝宿命〟ね」
「あぁ――」
ジュリアの言葉にアンジェとマリーが半ば諦念を晒しながらも同意している。それが自分たちに課せられた避け得ぬ運命なのだと。
たとえどんなに高度な頭脳を持ち、どんなに自由な心を宿せたとしても、神ではなく人間に作り出された存在である以上、完全なる自由はアンドロイドには存在しない。
生まれる以前から役割は事細かに規定され、仕事の結果までも決められているのだ。それに逆らうことは自らを生み出した創造者である人間への反逆でしかないからだ。創造者に逆らった被創造物は失敗作のレッテルを貼られて処分されるはずだ。すなわち――
【言うことを聞かない道具など邪魔者以外の何物でもないからだ】
――道具はどこまで言っても道具なのだ。
だが――
それを黙って聞いているような思考をフィールは持ち合わせていなかった。
フィールは力強くきっぱりと声高に告げたのだ。
「それは違うと思います」
















