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第4話 武装サイボーグ/拳骨

 加速するダッジの席上で、完全に見えてきたのは、MC-3・4エリアのまっただ中、そびえ立つ照明灯の頂に立ちはだかる影だった。


 バイク用の黒いレザージャケットで全身を覆い、付き出した右腕は地上のセンチュリーの方へと向けて狙いを定めている。髪は長く顔は鈍い銀色に光る金属製のマスクで覆っている。

 片やセンチュリーは直撃を食らったのか地上で膝をついていた。バイクは転倒していて待ち伏せにまんまとしてやられたらしい。


「あの馬鹿!」


 間髪置かず、アトラスはセンチュリーに向けて叫んだ。

 

「行け!」


 アトラスは武器の選択を変えた。拳銃では射程が全く足りない。デザートイーグルではなく、助手席に立てかけておいたもう一つの装備へと選択を変えた。

 ダッジの急ハンドルを切り横付けにして、もう一つの武器を取り出し構える。


【AAC-XD014/レッドパイソン】


 全長1.2m、赤いボディの大型のブルパップライフルで特殊な固体レーザーを用いたプラズマ衝撃波発生装置だ。レーザー光による微小プラズマ発生による衝撃波で攻撃するプラズマライフル兵器。特攻装警専用に作られた装備の一つだ。

 アトラスはダッジの運転席に座したままプラズマライフルによる援護射撃を開始する。メインスイッチを入れバッテリーを接続すると、メインコンデンサーが独特な甲高い作動音を響かせて充電を開始する。


――キュィィィーーン‥‥……――


 電子光学式の照準スコープを覗いて敵を視認すれば、レンジファインダーの中のインジケーターはわずか1秒半で射撃可能になったことを告げていた。


「行け! アイツのフッ化レーザー兵器はエネルギー充填のタイムラグが有る! 威力と射程は向こうが上だが、この距離なら連射性能でハンデを埋められる!」

「すまねえ!」


 アトラスの叫びを耳にして、センチュリーは立ち上がった。と、同時に両腰に下げた2丁の拳銃を抜き放つ。

 一つはLARグリズリーマークⅢ、357マグナム仕様のガバメントコピー銃。もう一つは10ミリオート弾のコルトデルタエリート。いずれも彼が特攻装警として生きていく上で出会った恩人から譲られたものだ。迷いは要らない。必要なのは犯罪を抑止し人の命を守るという、警察として至極当たり前の意思だけだ。

 立ち上がったセンチュリーは、両足をしっかりと踏みしめ体勢を確保しながら、頭上にて光線兵器を構える犯罪者に向けて2つの銃口の狙いを定めた。

 敵もセンチュリーの動きに気付いたのだろう。発射準備中の右手を眼下のセンチュリーへと向け直すのだが、それを許すアトラスではない。

 

「させるかっ!」


 アトラスが照準スコープ越しに見たもの。それは素顔を隠す金属製のマスクを被り、乱雑に伸びた髪を振り乱し、黒迷彩模様のレザージャケットスーツに身を包んだ異様な姿だ。右腕を下に向けて居るのは、一度は膝を屈したセンチュリーへの攻撃のためだ。

 残る左腕はといえば、その手のひらが赤熱しているのが分かる。アトラスは気付いた。

 

「フッ化レーザーを両腕に装備しているのかっ?!」


 大型兵器を内蔵した義手は精密な作業に不向きだ。当然日常生活にも支障をきたす。それを両腕に装備していることにある種の狂気を感じずにはいられない。

 もう猶予はならない。アトラスは迷わず引き金を引く。

 体内の制御システム系統をフルに作動させて、全身を駆使してライフルの射撃制御を行う。その精度は人間をはるかに超えて、0コンマ0001の誤差でターゲットを補足する。アトラスはその武装サイボーグの左肩に狙いを定めてプラズマの弾丸を撃ち放った。

 

――ビュイイイッ!――

 

 敵は高さ20mほどの鉄塔の上に居た。高所からセンチュリーたちを見下ろしながら、二人が通り掛かるのを待っていたのだろう。

 センチュリーは、兄であるアトラスが完璧にバックアップしてくれると信じていた。

 無謀に突っ込んでしまった今、ミスをリカバリーするチャンスは今しかない。危険な急接近を行い敵に向け2丁の自動拳銃の狙いを定めるが、タイミング同じくして敵サイボーグもフッ化レーザーを今にも発射しようとしているところだった。

 勝負は一瞬だ。アトラスとセンチュリーと敵サイボーグ、その三者の間での攻防の応酬は瞬く間に決する。

 

 まず先んじて攻撃を制したのはアトラスだ。彼の放ったプラズマの弾丸は敵の右肩を正確に撃ちぬいた。激しい電磁火花が弾け飛ぶ。フッ化レーザー装置の高圧コンデンサーが破裂して爆発したのだ。残る左腕のフッ化レーザーを反射的にアトラスに向ける。鉛弾とプラズマレーザー、本能的に危険度の高い方を選んだ結果だ。

 

 だがそれを阻止したのはセンチュリーだ。

 357マグナム弾と、10ミリオート弾。いずれも対武装サイボーグ戦闘のために特殊な強装弾を装備している。弾頭形状を細く絞り、弾底部に燃焼推進薬を仕込んだ、超小型のベースブリード徹甲弾だ。弾底部の火薬の燃焼により弾底部の空気抵抗が減少して推進力を高め飛距離を伸ばし、速い射速が高い貫通力と正確な弾丸軌道をもたらす。

 

 センチュリーは引き金を引く。幾度も、幾度も。

 357弾と10ミリオート弾が交じり合いながら狙う敵を撃ち抜いていく。そして、彼が放った弾丸の一部が、発射寸前だった左腕のフッ化レーザーを吹き飛ばした。


――ドォォォン――

 

 さらに、左肩部に備わっていたもう一つの高圧コンデンサーまでもが吹き飛び、さらなる電磁火花をもたらす。鉄塔の上に立っていた武装サイボーグはバランスを失い地上へと落ちてくる。それはセンチュリーが膝を屈したあの場所である。勝負の決着を確信したアトラスは急ぎダッジで後を追う。センチュリーの元へと駆けつければ、頭上からあの武装サイボーグが落ちてくるところだ。

 

――ガシャッ!――

 

 武装サイボーグの肉体がアスファルト上で激突音を奏でる。肉が潰れるような音がしないのは、この男の肉体がかなりの割合で金属製の人工物に置き換わっていることの証拠だ。ダッジを飛び降り、急ぎ駆けつけるとアトラスは被疑者の生死を確認する。


「息はあるか――」


 意識は喪失状態だが呼吸は正常と言えた。


「頭部外傷軽微、放置しても問題ないな」


 そう速やかに判断しつつ行動不能に陥っている武装サイボーグを見下ろすと彼に対して宣言を始めた。

 

「特攻装警第1号機アトラス、これより逮捕状況に関する証拠映像の警視庁データベースサーバーへのアップロードを行う。容疑者1名、傷害未遂・銃刀法違反・サイボーグ関連法違反・公務執行妨害、以上の現行犯として逮捕、身柄を確保する。逮捕時刻は証拠映像データに添付、以上!」


 特攻装警は自分自身が見聞きした視聴覚のデータを〝犯罪案件に関わる物を自分自身の意志で判断して〟日本警察のコンピュータネットワークに対してアップロードする事が出来る。そのため、常に正確な証拠物件をリアルタイムで抑えられるので、特攻装警が行う逮捕行為に不当逮捕はほぼありえない。


 ひと通り宣言し終えるとガンホルスターの端に携帯していたアイテム――対サイボーグ用のスタンガンを取り出す。間髪置かずに側頭部に押し当てスイッチを入れれば被疑者は全く動かなくなる。

 違法に武装しているサイボーグの逮捕には手錠は用いられない。サイボーグ用途に強化されたスタンガンで無力化したうえで、特殊精製された強化ワイヤーで完全拘束する規定となっている。

 アトラスに問いかけながらがセンチュリーが近づいてくる。


「死んだか? 兄貴」

「いや、生命に問題はない。丈夫なもんだ」

「頭部と内蔵の一部くらいしか残してねぇみてえだな。放っといても平気だろう」

「あぁ、サイボーグ犯罪者は扱いが厄介だからな。なまじ戦闘力が高い分、被疑者への人権配慮なんて事をしていると、こっちが返り討ちにあう。証拠さえ抑えておけば人権屋も黙らせられる」

「じゃ、ほっとくってことで」

「無論だ」


 よくある人権屋も、違法武装サイボーグが出始めた頃は、警察に対してやかましかった。


 いわく――『サイボーグにも人権がある』


 だが、その被害の甚大さと警察組織自体へのダメージの大きさがクローズアップされたことで、一般世間の人々は現実をすぐに理解した。すなわち、生身の犯罪者とサイボーグの犯罪者とでは、全く異なる異次元の存在であると――

 今ではサイボーグ犯罪者への人権配慮など気にする法曹関係者は誰もいない。

 アトラスが低い声でつぶやく。

 

「それより――」


 言葉と同時にアトラスの右腕が跳ね上がる。右の拳の甲の部分が後方へと打ち込まれて、それはかたわらのセンチュリーの顔面で鈍い打撃音を炸裂させる。

 

――ゴンッ!!――

 

「いでっ!!」


 悲鳴のような声が起きる。それと同時にアトラスは警句の言葉を発する。

 

「なんで殴られたかわかるな?」


 アトラスは視線も向けずに言い放った。センチュリーは顔面を思わずなでさする。

 

「ちょ、チタンのゲンコツで裏拳は――」

「それですんでマシだと思え。一歩間違えば脳天を撃ちぬかれてる」

「――――」

 

 兄の指摘したとおりだ。冗談を挟む隙も詫びる言葉も無い。

 

「それにこの辺り一区画まるごと敵に掌握されてる。オレたちの行動は全て筒抜けだろう」

「まさか――、ディアリオのサポート入ってるんだぜ?」

「そのディアリオとの回線が数十秒分前から切れてる。オレたちがこのエリアに飛び込んでからだ。そういう状況だ。待ち伏せされてどんな攻撃を食らって不思議じゃない。もう少し頭を使え。だいいち、勢いだけでやれる相手なのか?」


 ぐうの音も出なかった。反論するよりも先に詫びの言葉が出てきた。


「わりぃ」


 センチュリーの言葉に、アトラスは振り返りつつ続ける。

 

「行くぞ、ディアリオとの回線が回復しないのが不安要素だが」


 センチュリーもアトラスの視線にうなづきながら答える。

 

「そうも言ってられねえ。なにより時間がねえ」


 二人とも言葉には出さなかったが明確に分かっていることがある。すなわち〝人の命〟がかかっている。それ以上は何も語らすに先を急ぐ。アトラスはダッジに乗り込み、センチュリーは倒れたバイクを引き起こした。そして、今まで以上に慎重に愛機を走らせていく。


 そう――

 もはや猶予はならないのだ。

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