Part33 天へ……天から……/フィールの夢
そして作業は続いていた。
ネット越しにガドニック教授の声が響く。
〔よし、フィールの意識は完全にこちらに退避完了した。そちら側の状態はどうなってる?〕
ガドニックの言葉に布平が答える。
「マインドOS基底スピンドル信号確認、それ以外の頭脳動作シグナル全てフラットライナーです」
フラットライナー――、医学用語で脳波信号が平坦になった状態を指し、通常なら『死』を意味している。
〔それでいい。こちらでの仮想空間に彼女の身体データが再現されているのも確認済みだ。そちらの作業が終わるまで彼女は私が預かろう〕
その言葉は第2科警研にてフィールの修復に関わる者全てに強い安堵を与えていた。何しろ相手は現在世界中で用いられているアンドロイドの頭脳の主流であるクレア頭脳とマインドOSと言う人工頭脳ユニットの生みの親なのだ。まさに親以上の存在なのだ。フィールの意識と魂をあずけるのにコレほどまでにふさわしい人間は居ないはずなのだ。
「教授、よろしくお願いいたします」
〔うむ。そちらの作業が無事完了することを祈っている〕
「ありがとうございます。はい、それでは――」
布平はそう答えて作業へと戻っていく。その彼女の視界に、戻ってきた金沢と一ノ原の姿が有った。落ち込んでい金沢の顔に明るさと力強さが戻っている。それをみて作業の総指揮を執っている布平にも成功の可能性が感じられる。これから新造される新しい機体についての指示をだすべく彼女たちの所へと向かった。
かたや――
今、ガドニックはモニター越しに第2科警研での戦場のごとき作業を見守ることしかできなかった。そして、預かったフィールの意識体はガドニックが構築した仮想空間の中でまどろみの夢を見ているだろう。こうなると彼にもどうすることもできない。順調に眠りの中へと落ちているフィールのライフステータスを確認しながらガドニック教授はこうつぶやいたのだ。
「フィール――今、君はどんな夢を見ているんだね?」
その問いに答える者は誰もいなかったのである。
@ @ @
光が降り注いでいた。
光が満ち溢れていた。
光は足元から立ち上っていた。
そして、そこは無限の地平線へとつながっていた。
フィールは今――
地上を離れていた。
「あれ? ここ――どこ?」
一人、呆けた様子で周りを見舞わす。
「あたし、たしかフローラと一緒に居てそこで……」
そうだ自分はフローラと『実家』へと帰還しようとしていたはずだった。そして――
「途中で……」
そこまで気づいたことである思いに到達していた。
「まさかあたし死ん――」
そこで不意に冷静さが戻ってくる。周りをつぶさに観察すればそこが普通の地上世界で無いことは一目でわかる。無限に続く地平線。そこには町並みも建築物もない。常緑の大地でただただどこまでも広がっている。
頭上を仰げばそこもまた不思議な空だった。太陽も月もない。無数の星々が広がり星明かりで地上が照らされているのだ。そこは明らかにフィールの知る地上では無かった。
元来、フィールは理知的で聡明な人柄だった。自らが置かれている状況を常に正確に把握する癖が身についている。そして彼女は総合的に判断を下した。
「そうね、ここがマトモな地上でないことは確かだよね」
ここがどこへと続いているかはわからない。そして地上で自分の身に何が起きたのか、何が行われているかなど知る由もなかった。フィールの顔に暗がりがさす。それは避け得ぬ現実への後悔、そして懺悔だった。
「ゴメンね、フローラ……」
せっかく。あれだけ自分に会いたいと必死に頑張ってきた妹なのだ。それが目の前でこのような自体になったとすればどれほどの悲しみだろうか? それを思うととてつもなく大きな罪悪感で潰されそうになる。そしてフィールは悟る。
「これなんだね。〝別れる〟って言うことの重さって」
これまでの警察としての仕事の中で、どれほど家族や仲間と死別させられた被害者たちと向かい合ってきただろう? 嘆き、悲しみ、怒り、絶望、そして、死への憧憬――、それらの何よりも強い負の感情を目の当たりにして義憤にかられていたが、フィールはそれだけではあまりにも不足していた事を痛感した。
「そうだよね。残された人の事を思うなら、死して全てが終わるって事だけは間違いだよね」
なすべき事が有ったはずだ。伝えるべき言葉があったはずだ。守りたいものがあったはずだ。沢山の思いや、沢山の感情、それがとめどなく溢れてくる。だがそれを伝える術は無いのだ。
――無念――
フィールはその重さを骨身に染みて痛感していたのだ。
周囲を見回せば、他にもこの世界へと招かれてきた人々が大勢居る。そして。一つの方向へと一心に歩いている。それが向かうべき場所なのだろう。
「行こう」
フィールは歩き出した。そして、覚悟を決めた。
















