第4話 武装サイボーグ/独断専行
その日は珍しく夜霧が濃かった。
時代が新しくなり、東京湾の霧はめっきり減ったと言われる。大気汚染の減少、平均気温の上昇、それらが理由だと言われる。
しかし、その夜は違う。思うように視界が効かない。
そう――、まるで今の混迷の時代を映し出すかのように。
横浜の湾岸の高速道路を、本牧のランプ目指して2台の車両がひた走る。首都高速湾岸線、その本牧付近に南本牧埠頭へと伸びる支線がある。新設のコンテナターミナルのあるあたりを目指してアトラスたち二人は愛機を駆ってひた走っていた。
本線から支線へと入る際に、パトランプとサイレンのスイッチを切る。そして、無音のまま武装暴走族たちがいるはずのエリアへと侵入する。アトラスとセンチュリー、そしてディアリオ、三人は体内回線を経由して無言のまま会話を始める。
まず会話を切り出したのはアトラスだった。
〔ディアリオ、この一帯の区画情報のデータを頼む〕
〔了解――〕
アトラスからの求めに応じ、ディアリオのデータ検索が始まる。
【南本牧埠頭、エリアデータ 】
【高規格外航コンテナヤード・4区画 】
【全自動化物流ターミナル・1区画 】
【コンテナヤード全4区画 】
【 MC-1 から MC-4 まで 】
【 北側区画:MC-1・MC-2 】
【 南側区画:MC-3・MC-4 】
【各区画管理会社 】
【MC-1・MC-2 】
【⇒オーリス・シーラインズ 】
【 (外資系多国籍企業)】
【MC-3 】
【⇒星菱カーゴヤード株式会社 】
【 (国内星菱企業グループ傘下)】
【MC-4 】
【⇒オリエンタルロジスティクス 】
【 (マイザーエンタープライズ傘下)】
データが表示されたところでアトラスが再び問うた。
〔ディアリオ、さっきの惨劇が起きたのは?〕
〔MC-4です。最も陸地から離れています〕
〔よし、MC-4の区画を重点的に監視してくれ。それと管理会社であるオリエンタルロジスティクスの背後関係の調査も頼む〕
〔了解です〕
〔それとセンチュリー! 念押しするが殺害行為を止めるのが最優先だ、敵の戦闘行為はその次だからな〕
〔わかってる! これ以上だれも殺させねえ!〕
センチュリーが吠えるように叫ぶ。
アトラスとセンチュリーの駆るダッジとバイクは闇よりも濃い夜霧の中を切り裂きながら、湾岸線の支線を走りぬける。そして、南本牧埠頭へと差し掛かる連絡橋を駆け下りて行く。
先ほどの殺害映像が現実なら、あの一人目だけで終わるはずがなかった。組織への忠誠を求め、畏怖による恐怖政治を完璧なものとするなら、致命的なミスを犯した者は、より残虐でセンセーショナルな方法で処刑するのが最も効果的だからだ。
刺激的で残虐であればあるほど、非デジタル的な口コミによる噂のネットワークで人から人へと伝わり広がっていく。そして、それは恐怖と嫌悪をまとい、殺害行為を行ったスネイルドラゴンと言う組織の威厳となって人々の心を暴力的に支配することに繋がるのだ。
機密保持をするなら、バレないように人を殺す方法はいくらでもある。それをあえて監視カメラで見れる状態で行ったことに、その裏に隠された悪辣な意図を明確に感じずには居られなかった。
アトラスも、センチュリーも、警察と言う社会の治安を守る者として絶対に看過することはできない。これを見過ごしてしまったら自分たちは警察ではなくなるだろう――と、思わずにはいられないのだ。
〔わりぃ! 兄貴、先に行くぜ!〕
センチュリーが体内回線で叫ぶ。その声と同時に彼のバイクはハンドルを右に大きく切った。
連絡橋を降りれば、そこは南本牧埠頭の北東に広がる完全自動化のコンテナトレーラーターミナルだ。深夜0時を過ぎ静寂に包まれている中、トレーラーターミナルを横断する道路は、右手と正面の二手に分かれている。右手がMC-1とMC-2の2つのエリアにつながっていて、正面の道路は事件が起きているMC-3とMC-4に繋がっている。
さらにトレーラーターミナルを進めば道路は右へとカーブしている。
その先にこの南本牧埠頭の南端、1つ目のコンテナヤードであるMC-3を眼前に捉え、さらにその先のMC-4へと繋がっているのだ。
〔おい! 何をする気だ?〕
一人抜け駆けして、センチュリーのバイクはアクセス道路を突っ走る。そして、眼前の鉄柵を前に路肩に止められた放置車両を踏み台にして大きく跳躍する。その白いボディのバイクは緩やかなカーブを描いて鉄柵を乗り越えていった。
「あの馬鹿!」
アトラスが思わず叫んだ。
思い切りがいいのがあいつの良い所だと分かってはいるが――
「熱くなりやがって!」
――熟慮が足りず暴走するのが最大の欠点だった。一人先走ってどうなるものでもないだろうに。苛立ちながらもアトラスは一人、MC-3とMC-4エリアの背後に伸びるアクセス道路へと向かう。それぞれのエリアは鉄柵で仕切られていて完全無人化されたゲートから入ることになる。
深夜、業務外のこの時間、昔なら夜間警備要員が常駐していただろうが、今のこの時代、夜間警備は完全無人化されていて、巡回もロボットやアンドロイドの手を借りているところがほとんどだ。
この南本牧埠頭も御多分にもれず、トレーラーターミナルも含めて、最低限の作業員とトレーラーの運転手、それと施設管理の責任者以外はロボットとアンドロイドに置き換わっているのだ。
人気の途絶えたコンテナ埠頭――
MC-3とMC-4は隣接していてお互いを仕切る柵は存在しない。
アトラスはセンチュリーを体内回線で呼び出そうとする。
〔センチュリー、MC-3のゲートから入るぞ〕
応答はない。安否が気にかかるが気に病んでも無意味だ。周囲に視線を巡らせれば、夜間の明かりは最低限の街路灯しか存在しない。散発的に存在する明かりだけが頼りだ。
アトラスは自問する。
「このエリア、セキュリティシステムが設置されているはずだが」
国際物流の要となる場所だ。密入国や密輸入などへの対処のためにも高度な無人セキュリティシステムが張り巡らされている――はずなのだ。だがこれだけの惨劇が起きているにもかかわらず何の反応もない。そもそも強固な鉄柵と高度な無人化ゲートで防護されたエリア内にやすやすと出入りしている連中なのだ。
「一区画まるごと眠らせたのか。そうとう腕の立つのを抱えているらしいな」
アトラスは片手運転で腰に下げた愛銃に手を掛ける。幾度も危機を乗り越えてきた大切なパートナー――IMIデザートイーグル50AEだ。警察用途としては強力すぎてあまりに不似合いだが、アンドロイドや武装サイボーグを相手とした対機械戦闘も可能な選択として、彼のパートナーである刑事が選んでくれた機種だ。
それに加えて、今夜はもうひとつ用意してあった。アトラスは元々、際立った特殊能力を持たないシンプルな構成のアンドロイドだ。拳銃以外の攻撃手段は用意しておくに越したことはない。アトラス専用に用意された特別な武装が助手席に立てかけてある。
その時、赤熱した光が鉄柵越しに輝いた。ライフル弾とは異なる、甲高い残響を残す発射音が響いているなか、アトラスは咄嗟に急加速しつつハンドルを切る。タイヤが甲高いスキール音を上げながらダッジバイパーがS字を描いて走れば、赤熱した光が再び発射される。
〔センチュリー!〕
遭遇戦だ。先に突っ込んだアイツが戦っている。どんな敵が待ち構えているか想像すらつかない中であまりにも無謀だった。
「くそっ!」
入場ゲートを突破しながらアトラスは吐き捨てるように叫ぶ。今となっては間に合うように祈る他ない。
















