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X1:大規模会議室サイト・X-CHANNEL/ルームエントリー

 渋谷、ハチ公前スクランブル交差点――

 周囲がどんなに未来都市へと進化を遂げても変わらない街角、

 今日も無数の人々が、それぞれの人生を背負って行き交っている。

 

 時間はまだ朝と呼ぶにふさわしい午前7時頃である。

 その朝の渋谷のスクランブル交差点を見下ろす位置の2階に、とあるハンバーガーファーストフード店がある。

『交差点の光景が手に取るように見える』と外国人観光客にも人気のスポットだ、

 その2階席の窓際の片隅、一人の少女が腰掛けていた。

 年の頃は16か17と言ったところか。

 膝上15センチ丈の赤いタイトミニスカート、古めかしいガーダーストッキングと合わせている。黒いタンクトップにミニ丈のレザージャケットを羽織っており、長い髪をバンダナでポニーに纏めている。足元がスニーカー系で、耳元には大粒のイヤクリップが光っている。素肌は色白だが髪はかすかに茶系に染めていた。

 傍らには赤茶のショルダーバッグ。若いが学生には見えない。そう思わせる独特の凛とした雰囲気が特徴的であった。


 彼女は隣の席にショルダーバッグを置くと、その中からある電子ツールをとりだした。

 振興の情報ツール製造メーカー【FONS】により作られたVRゴーグルの新製品である。

 発売年は今年2039年、発売されてからまだ3ヶ月となってない。それまでにない斬新な機能性により世界的な人気商品になっていたのだ。


――VRゴーグル―― 3次元仮想空間へのアクセスツール

 

 かつてはVRゴーグルと言えば大型の弁当箱を顔にベルトで固定したような不格好なものだった。

 当然、どこでも気軽にという訳にはいかない。重いし、でかいし、なにより不格好。人に見られない場所でこっそりとやるものだったのだ。

 それが劇的な技術改良により次々にダウンサイジングするのは、携帯電話はやスマートフォンの世界と同じであった。


 今やVRゴーグルといえば『サングラス型』が主流であり、オープンな構造でも網膜への直接投影で明るい場所でも使用可能になったのだ。

 さらには、音についても改良が続いた。

 イヤホンやヘッドホンで聞くだけだったのが、VR映像に合わせて会話を楽しむことも可能になった。

 これに加えて、ヘッドホンに似せた〝脳内思考の読み取り装置〟により、頭の中で考えた〝言葉〟を直接伝達できるようになっていた。これにより声でブツブツと音に出さなくてもネットの向こうの人間と対話できるようになったのだ。

 だがそれでも――サングラス型ゴーグルとヘッドホンの組み合わせはまだゴツい。

 それが、当時としても画期的だったのが〝耳の内耳神経に音声信号を直接伝える装置〟の実用化だ。骨振動と内耳神経に作用する電磁波パルスを組み合わせることで、イヤホンもヘッドホンも不要となったのだ。

 それらが新商品の登場を重ねてより洗練されるのは、かつてのスマートフォンなどと同じである。

  

 薄ピンク色の軽量なサングラス型VRゴーグルだが、それだけで〝見る、話す、聞く〟の3つを可能にしてしまったのだ。

 あとはBluetoothのような無線接続で小型軽量のモバイルターミナルについないでネットにアクセスすればいい。

 操作は音声対話インタフェースと、薄い手袋のようなヴァーチャルグローブで行う。一見シルクのようなきれいな素材だが薄膜のモーションセンサーが内蔵されていて指の動きや加速度などを感知、指も含めた右手の動きをより正確に収集するのだ。


 少女は、ファーストフードの2階席の片隅でサングラススタイルのVRゴーグルを装着し、カウンターテーブルに左肘をついて片手で顎を支えた。

 VRゴーグルによる仮想空間体験中はできるだけ体をリラックスできる姿勢がいい。本来ならリクライニングチェアでも使えればいいのだが、いつでもそう言う訳には行かないなので、この片手で顎を支えるスタイルはわりとポピュラーなスタイルだ。

 すでに電源は入っていてモバイルターミナルとも接続は完了している。ゴーグルから視界いっぱいに【サイベリア】と呼ばれる電子仮想空間が広がっていた。そして彼女はその〝頭の中〟でサイベリアの仮想空間へのアクセスを開始したのである。


 もっとも――


 これらは本来は医療用として編み出されたものだ。身体機能に不自由を抱えている人々への福音として造られたものだ。

 目に障害を持つ人々の視力補助として、

 発話にハンデのある人が自由に会話できる補助として、

 重篤な聴力障害のある人への補助として、

 それらは開発されたものだったが市場転用されたのだ。

 

 結果、低価格化が進み、より人々に浸透していく。

 今や街のいたるところで仮想空間アクセスを楽しむ者たちが溢れている。

 

 この時代――


・家庭用ロボット

・アンドロイド

・オフィス・オートメーション

・ホーム・オートメーション

・完全自動化運転

・高精度医療用義肢

・低負荷人工臓器


――などとならび、大都市圏の光景は劇的に変わりつつあった。

 

――科学技術は社会を豊かにする――


 人々はそう信じていた。

 だが、忘れてはならない。

 

――発達した科学は〝犯罪〟にも影響を及ぼすと言う事を――


 そう、パソコンやネットの普及が新たなタイプの情報犯罪を生み出したように。

 2030年代――、社会の混迷はさらに深化していたのである。

 


 @     @     @  

 

 

〔アクセス開始、バツちゃんにつないで〕


 その〝頭の中の声〟で問いかければ、返ってきたのはVRゴーグルと関連付けしておいたスマートフォンのナビゲートプログラムからの音声だった。成人女性の落ち着いた声だった。

 

〔ナビ了解、バツちゃん、正式名称[X‐CHANNEL]に接続します。ルームカテゴリーを指定してください〕

〔ネタ雑談の都市伝説でおねがい〕

〔ナビ了解、ネタ雑談、都市伝説に接続します〕


 すると彼女がかけたVRゴーグルが彼女の眼の網膜へと直接に映像を投影する。そしてレンズ越しの空間上に極めてリアルに仮想現実の3D空間を映し出すのである。

 そこには両開きの扉があり、彼女は右手を空中で踊らせるとドアを開ける仕草をする。

 右手にはめられたヴァーチャルグローブ――、それが彼女の右手の動きをより正確に読み取り、仮想空間内で再現する。

 その右手の動きにより〝扉〟は開かれた。彼女は[X‐CHANNEL]へとアクセスを開始した。

 

【――大規模掲示板サイト[X‐CHANNEL]――】


 空間上に浮かんだ両開きの扉。その扉のノブをそう操作すれば、ドアは開き中へと彼女をいざなっていく。

 そして仮想空間〝サイベリア〟の中では、仮の外見――すなわち〝アバター〟が設定される。

 彼女が使うアバターは、ヴァーチャルアイドルの3Dデータをカスタマイズしたものだ。

 一般の若い女性たちの間では個性的なオリジナルモデルをアバターにする事は、変に注目をあびる結果となるので市販モデルやフリーで提供されているモデルを使うのが一般的だ。彼女もまたそれに習っていた。

 ミニのワンピースドレスに青いロングヘア――その髪をなびかせて仮想空間の中を移動して行く。

 

 ドアの向こうは巨大な回廊が幾重にも重なっている。

 階層がジャンルであり、回廊が道一つ異なるとサブジャンルの違いとなる。

 そのサブジャンルは一つの通路であり、通路の左右には無数の片開き扉が存在している。その一つ一つが〝ヴァーチャル会議室〟であり〝掲示板〟であるのだ。

 だがそこでは〝歩く〟必要はない。音声ナビとの対話で瞬時にして移動可能なのだ。

 

 彼女が指定したジャンルは[ネタ雑談]、そしてその中でも[噂話・都市伝説]のサブジャンルだ。

 

 そして彼女はその扉の中ほどに掲示されたルーム名を高速で検索していく。


         :

         :

[事務所によって麻薬漬けにされた芸能人]

[街でビビった話、総合]

[若手芸人の噂、Part3]

[【ほらほら】ステルスヤクザってなに?【あなたの隣に】]

[【患者虐待】北関東○○病院【通報黙殺】]

[ハリウッド女優、A.K.関連]

[二流【芸能人】の噂スレッド]

[裁判官の誤判の噂、総合]

[芸能タレント男女交際]

[武装暴走族と接点のある、もしくは関わってる著名人]

[よく現実離れした場所があるんだけど?]

[【人間の掃き溜め】東京アバディーンの噂【犯罪の巣窟】]

[……


 検索結果の中にとあるタイトルを見つける――


[【リアル正義の味方? 】特攻装警ってなに?【予算の無駄?】]

[《ルームタイプ:会議室》《鍵:オープン》《開設時間:07:21》]


 時間を見れば、今、ルーム開設されたばかりだ。スラングでは〝部屋を開く〟と言う。

 このサイトでは会議室部屋は時間制であり通常は最長で2時間、上級会員になると12時間まで可能になる。消されたくない情報はルームタイプを掲示板にして文字記録とすればいい。

 

〔入室しますか?〕

〔する〕

〔ハンドルネームは?〕

〔なしで〕

〔了解、匿名で入室します〕


 部屋が入室者を制限できない鍵無しのオープンタイプの場合、特に必要がなければ大抵は匿名の〝名無し〟でエントリーするのが常である。だれに見られているのか分からないのがネットだからだ。

 扉を開いて中へと移動する。すると壁のない円形のフロアがあり、そこに多くの匿名の人々が集っていた。

 VR仮想空間〝サイベリア〟で会議室としては最もポピュラーなスタイルである。人々は円形のフロアの中で輪を描いて集まっていた。彼女はその輪の外側に近い方に場所を確保した。今回はギャラリーに専念するつもりなのだ。

 

 サイベリア内のオープンスタイルの会議室では、参加者は〝トーカー〟と〝ギャラリー〟とに分けられる。自ら発言を積極的に行うものと、あくまでも観戦・拝聴に専念する者たちとに分かれるのだ。そしてギャラリーは外側に位置するのがセオリーであり、内側に近い位置に立つトーカーだけが発言が認められるのだ。

 当然、ギャラリーは雑談や不用意な声あげも憚れる。悪質な場合はルーム管理者により強制排除となる。

 オープンな鍵なし部屋という事もあり、集まっている人々のアバターはほとんどが特徴のない〝既成品(テーラー)〟と呼ばれるものだ。逆に個性が際立つ程にカスタマイズがされている物を〝カスタム〟と言い、はじめからオリジナルで作られれているものを〝オーダー〟または〝オリジナル〟という。

 この部屋を訪れたこの彼女のアバターの場合はカスタム寄りのテーラーとなる。大抵は場に合わせて複数使い分けるのがセオリーである。

 そして、ルーム設置者らしい人物がトーカー側のエリアの最も中心に近い位置で発言を開始した。灰色で若い男性風。特に目立つ特徴のない没個性タイプである。そのアバターが動きを見せることで、会議室でのトークのスタートである。


「えー、特攻装警について色々と情報知りたいから部屋を開きました。知ってる人、情報よろしく。

 ちなみに約束事確認。

 ネタ重複は叩かないこと。

 あくまでも噂メインなので誤情報にはソフトに対応すること。

 それから、荒らし、粘着、スルーな。反応したらその人も荒らしって事で。おK?」

 

 するとトーカーやギャラリーたちから次々に声が上がる。

 

「OK」

「OK、了解」

「OKです」

「部屋建てサンクスです」


 定番の挨拶もそこそこに会話は進む。ルーム開設者がさらに語る。


「えー、まず公式に出てる名称はこれ」


 すると空間上に文字として表示される。

 音声会話だけでなく、文字データーを空間表示するには専用プラグインアプリの追加や、両手をフルに使ってバーチャルキーボードでのタイピングを併用するなどの手間が必要となる。つまりそれだけの設備投資をしている人物ということになるのだ。


【1号:アトラス     】

【2号:         】

【3号:センチュリー   】

【4号:ディアリオ    】

【5号:         】

【6号:フィール     】


 次に発言したのはアニメに出てくるような小学生男子をデフォルメしたようなアバターだった。


「あれ? 2と5は?」


 その隣の三つ揃えの背広姿で頭は三毛猫のアバターが話す。さしずめ三毛猫猫貴族と言った雰囲気である。動物っぽいアバターを好むのが〝ケモナー〟と呼ばれるのは20年以上前から意外と変わっていなかった。

 

「警視庁のHP見てきたけどどこにも出てないよ?」


 ルーム解説者が言う。


「2は欠番らしい。5は知らん。原則非公開だって」


 さらに別なアバターが発言した。青白い霧のような不定形タイプだ。


「知らんって――」


 青白い霧が笑いながら言う。更に別なミリタリー迷彩模様の歩兵アバターが皮肉交じりに言う。


「カス情報」


 三毛猫猫貴族が皮肉めいて言う。

 

「だったらお前出せ」


 それに対して言葉を挟んだのはファンタジーの賢者のような焦げ茶のローブをかぶった老人風のアバターだ。俗に〝FT住人〟と呼ばれるファンタジー系統のアバターである。特定ジャンルの事情に深く通じた者が好むと言われている。


「特攻装警が非公開なのは犯罪対策だよ。1号アトラスと3号センチュリーが出始めの頃にマスコミが追い回して活動に支障が出たから政府レベルでお達しが出たって話だ」


 焦げ茶ローブの賢者に三毛猫猫貴族が相槌を打つ。


「それ、4号のディアリオの頃じゃない?」


 焦げ茶ローブの賢者が答えた。


「それだな。4号は俗に〝やばい〟と言われてる。無理に知ろうとしないほうがいい」


 すると先程のデフォルメアニメキャラの男の子が尋ねてくる。


「なんで?」


 それに答えたのは、青白い霧の不定形タイプ。


「あれだろ? 情機」

「情機って?」


 デフォルメアニメ男の子がさらに問えば、青白い霧の不定形タイプは答えるのを拒否した。

 そのかわりに両耳を手で押さえる顔アイコンが表示された。

 

「ア~ア~、聞コエナーイ!」


 デフォルメアニメ男の子が苦笑しつつ言う。


「なんだよそれ!」


 男の子の疑問に焦げ茶ローブの賢者は静かに答えた。

 

「警視庁が昔から運用していたサイバー犯罪対策室の公安版だよ。くれぐれも注意しな、調べないほうがいい」


 アバターの向こうの本人の年令と経験の深さが感じられる落ち着いた語り口だった。そこに三毛猫猫貴族が畳み掛けた。


「それって、ぐぐってもアウトってこと?」


 焦げ茶ローブの賢者が頷いた。


「アウト、全部筒抜けらしい」


 流石にこれには会議室の中に驚きと戸惑いの空気がながれていた。

 デフォルメアニメ男の子が困惑の表情を浮かべている。


「うわぁ……」


 その困惑の空気をはらったのは、青白い霧の彼だ。

 

「でもなんで2と5は名前でてないの?」


 ミリタリー明細模様の歩兵アバターが言う。

 

「なぁ? 誰か知らん?」


 するとそれまで沈黙を守っていた。新たなアバターがギャラリーサイドから、トーカーサイドに歩み出て発言を始めた。

 ファンタジー系住民の好むタイプで、チロリアンハットにマント、腰にはナイフと剣という冒険者スタイルだ。見るからにサイベリア世界をつぶさに見て歩いているような雰囲気があった。

 その彼がややハスキーな耳障りの良い声で発言を始めた。


「2号は欠番、登録抹消扱いだよ。5号は機動隊所属って言われてるよ」


 三毛猫猫貴族が嬉しそうに言う。

 

「新情報キタ―――!」


 デフォルメアニメ男の子がはしゃいで言う。


「名前はー?」


 だがチロリアンハットの冒険者は解答を拒んだ。

 

「名前は勘弁ですね」

「え? なんで?」


 男の子の疑問に。チロリアンハットの冒険者は帽子のつばを片手で掴んで下げながらこう答えたのだ。

 

「死にたくない」


 青白い霧の彼が言う。


「そんな大げさな」


 だがチロリアンハットの冒険者は顔を左右に振りながら言った。


「大げさじゃないよ。ヘタに知ってるふりしてネットで吹聴していると、情機やネット犯罪者が裏取りしようとするんだ。場合によっては身柄特定されて押さえられるからね」


 この言葉を耳にした男の子氏は青い顔をしていた。


「うわぁ……マジか」


 ミリタリー歩兵の彼が言う。


「何その厳重さ? この部屋やばくね?」


 青白い霧の彼が明るく言った。

 

「大丈夫っしょ。噂レベルだったら」


 重い空気を青白い霧の彼が振り払う。それで調子に乗ったのかデフォルメアニメ男の子がはしゃぎ気味に言った。


「そんなことより噂まだー♪」


 猫貴族は苦笑いで言う。

 

「お前が捕まってしまえ!」


 そんなノリツッコミにギャラリーからも笑い声が溢れたのだ。

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