Part32 輝きの残渣/敗北者ファイブ
「畜生! 畜生! 畜生っ!!」
何処かの空間、何処かの場所、何処かの部屋――
何処とも明示されない場所に彼は居た。
そこは電脳空間――、VRテクノロジーを駆使して造り上げられた仮想実存空間、通称『サイベリア』――そこに彼は居た。
呆然と立ち尽くしていたかと思うと、両膝をつき頭をかきむしっている。そのシルエットは総銀無垢であり三揃えのスーツ姿だ。
「畜生っ!! なんで! なんであんなやつに! あんな生まれたばかりの新参者になんであんな事がぁ!! 畜生っ! 僕の! 僕の! アバターをよくもぉ!! うがぁあああ!!」
そして床に顔を伏せると地面をかきむしるように爪を立てる。その慟哭と怒りは獣の咆哮のごときだ。
そんな醜態を晒す彼の周囲に光が灯る。その数、総数8体、光の中に立つのは様々なシルエットのアバターたち。その一つが声を発する野太い男性の声だ。
「無様だなぁ? おい、負け犬ってやつぁ! あ? ファイブよ」
その声の主は厚手のバイカージャケットに黒ワイシャツを着込み、赤いネックマフラーをネクタイ風に巻いていた。頭部はガトリングの銃口でありアイカメラはガトリングの中心軸とガトリングを囲む四隅に設けられていた。
「何しに来た! エイト! 僕を笑いに来たのか!?」
「あぁ、そのとおりだ。負け犬様ってやつを――」
エイトはつかつかと近寄ると、ふいに右足を後ろへ引くと返す動きでファイブの頭を蹴り込んだ。
「制裁にな!!」
「がふっ!!?」
エイトの痛烈な蹴りにファイブの体は二転三転する。転げるファイブに別なアバターが嘲りをあびせた。
「ほーんと、あんたってすぐに図に乗るからさぁ、こういうことをしでかすんじゃないかって予想してたのよ。そしたら案の定」
ハイヒールの甲高いヒールの音が鳴り響く。金色のメタリックのピンヒール。細く絞ったヒールを持ち上げるとそれをファイブの左手の関節へと勢い良くおろした。
――ズガッ――
「がぁああ!」
「ちっとは頭使えよ。このウスノロ!」
ファイブにピンヒールを打ち込んだのは美しいモデル体型のリアルなヒューマノイドボディだ。だが体の表面にまるでタトゥーの様に接合線が走っていることからかろうじて人造ボディであることが読み取れている。肌の色は日本人、目は黒、髪は艷やかな黒髪でボリュームのあるミドルボブだ。
膝までの丈のマーメイドドレスは紫と青のグラデーション。シースルー気味でベースボディが浮かんでいる。
「あんたはデバイス管理に一番長けてるしハッキングスキルもそれなりだから安心してセブンカウンシルの管理を任せてたけどさぁ! この始末どうしてくれんのよ!! これでのこのこカウンシルのメンバーの所に出てってもう一回信じてくれって言えんの? 追い返されるのがオチでしょ! 今までの苦労、全部パーよ! どうしてくれんのよ! このクズ!」
罵詈雑言をあびせまくると、ヒールを引き抜いてファイブの顔を蹴り上げる。その彼女にかけられる声がする。落ち着いた老年の声だ。
「おちつけシックス。騒いでも始まらん」
「ワン?」
ワン――、その名の主は大理石製のヘッドが取り付けられたステッキを手にしていた。そのステッキを床につきながら悠然と歩いてくる。着ているのは古めかしさの漂うクリーム色のブリティッシュトライディショナルスーツ。腰には懐中時計の金鎖を下げ、襟元は純白のスカーフ。頭部は20以上は有ろうかという小型のカメラアイと10以上のワイヤレスターミナルが集合している。それが一定速度で回転している。
「こいつはすでに制裁を受けた。アバターの破壊。それが何を意味するか判るだろう? シックス、エイト」
「まぁ、そりゃあねぇ」
そう不満げに答えるのはシックス。
「あんたに言われちゃしゃあねえな」
あっさりと引き下がるのはエイトだ。
「我々にとって固定アバターは存在そのものだ。不揃いナンバーのアンマッチから始まって、二つ揃えのダブル、そして3つゾロ目のトリプルと位階を上げるのに相当な苦労を越えて皆ここに到達している。アバターはそれぞれの人生そのものだ。それを規定通り破壊されたのだ。これ以上は勘弁してやれ。それより――」
――カッ!――
鋭い音をたててステッキを床へと突き立てる。そして眼下にファイブを見下ろしながらワンはファイブへと告げた。
「サイレント・デルタ、メインアドミニストレータ・トリプルファイブ――通称、シルバーフェイスのファイブ。お前に宣告する」
宣告――、その言葉にファイブは顔を振り上げる。
「お前のIDナンバーである〝555〟を凍結し、メイン・アドミニストレータとしての地位を剥奪する」
「な――」
冷酷なまでの宣告がくだされる。もはやファイブには問い返す気力すら無い。それに対してかけられたのは若い男性のスレた口調の声だった。世の中を斜めに見ることのしかできないひねくれたティーンエイジャーを彷彿とさせる口調だった。
「当然だろう? テメぇ組織にどれだけの大ダメージを与えたのか考えろっつーの!」
声の主を探して振り向けば、直径2センチほどの六角形の円筒から変形したハチ形の飛行デバイスだった。
「フォー?」
「気安く名前を呼ぶなっつーの。落ちぶれのナンバーレス風情がよぉ!」
六角形のハチはファイブの周囲を飛び回ると、ファイブから離れていく。ハチが飛びゆく先にはラフな仕立てのグリーンのフード付きのロングパーカージャケット姿の青年男性のアバターがあった。フードから垣間見える顔面は蜂の巣のハニカム形状そのもので、その蜂の巣の一つ一つにハチ型の飛行デバイスが無数に収納されているのだ。
ハチ型のマイクロデバイスが蜂の巣穴から見え隠れしている。非人間的な不気味さが何よりも印象的だ。
「俺たちサイレント・デルタのルールじゃ、ナンバーIDの指定権限はワンにあるんだ。それはてめぇも解ってんだろ? そのワンが剥奪を宣言したんだよ! たった今! この瞬間から! てめえは名無しのナンバーレス! 組織の最下層の落ちぶれ野郎だ! どん底のクズが生意気にメインアドミニストレータを名乗ろうと言うのがそもそもの間違いだよ! おとなしく便所掃除かIT土方でもやってろよ! ばーーか! そっちのほうがよーっぽどお似合いだぜ! ひゃっひゃっひゃ!」
「そ、そんな――」
ファイブは慌てて立ち上がる。そして周囲に懇願するように声を発した。
「頼む! もう一度! もう一度チャンスをくれ! セブン・カウンシルを構築してアイツらをまとめ上げたのはこの僕だ!」
「ソレは無理だよ。なあLトゥー?」
「そうだよね! Rトゥーにいちゃん」
ファイブの懇願を無碍に否定したのは双子のアバターだ。身長140くらいでRが兄でジーンズにスカジャン、頭部は特撮ヒーローのようなメカニカルマスク。隣のLは女児向けのふわふわのエプロンドレス、頭部は可愛らしい着せ替え人形の頭だ。
さらにそれに続いて発せられる声は少し歳かさのある青年男性の理知的な声だ。
「これは決定事項です。そしてワンの裁決が覆ったことは今までただの一度もありません。諦めてください」
「ナ、ナイン――」
ファイブが視線を向ければそこに佇んでいたのは純白のホワイトセラミック製のスリット眼のマスクの男だ。長身で医師が着るような純白の上下に白衣をはおっていた。
「それでもチャンスをと言うのなら、また最下層からやり直すんですね。それくらいの機会は与えられるでしょうから」
どうあっても覆らない現実に元ファイブは崩れ落ちるようにつっぷしるしかない。
















