Part32 輝きの残渣/リタイア
フィールとフローラはともに手を携えながら東京アバディーン上空を西方ヘと離脱しつつあった。視界の先には大井ふ頭と羽田空港エリアが見える。フィールの上司である大石へは直接コールを試したが向こうも作戦中なのだろう返信は無い。業務上必要な報告メッセージは送った。何かあれば向こうからメッセージが返ってくるだろう。
羽田エリアの航空管制データを得て行き交う航空機を躱しながら2人は第2科警研への帰路を戻りつつあった。そして、羽田近傍を過ぎ東京モノレール上を過ぎ、平和島ジャンクションを過ぎた辺りに差し掛かったときだ。
2人に近寄る航空機の姿がある。民生用のティルトローターヘリ。第2科警研のオフィシャル機だ。当然そこにはあの人物が乗っていた。
機体側面のドアが開いて聞き慣れた声がかけられる。
「フィール! フィールじゃないか?」
「新谷所長?」
「新谷さん!」
第2科警研所長の新谷だ。ヘリの爆音に抗うように新谷は大声で問いかけてくる。それに答えたのはフィールだ。フローラは基礎育成中にも何度か遭っているが、第2科警研の施設外で遭ったのはこれが初めてであった。
「それにフローラまで――お前たちも今回の一件で借り出されたのか」
「はい、グラウザーたちが活動しているエリアの上空で監視任務に当たれと指示を受けまして」
「それでか、しかしなぁ――」
新谷は呻くようにつぶやく。
「ヒドい有様じゃないか」
そう漏らす顔には愛娘に等しい存在が受けた労苦を辛そうに案する新谷の顔があった。
両足喪失、左腕損傷、左脇腹損壊、頭部左半壊――、飛行機能が無事だからこうして飛んでいられるが、それすらもギリギリと言ってよかった。
「そうとう手を焼いたらしいな」
「はい、戦闘用のステルスドローンの大群に襲われまして――」
そう語りながらフィールは傍らのフローラに視線を送る。
「この子に駆けつけてもらってなかったら、助からなかったと思います」
「そうか。ご苦労だったなフローラ」
新谷がフローラにねぎらいの声をかける。そこには〝一命〟を取り留めるという大役をこなしたことへの素直な称賛が込められていたのだ。だがそれに浮かれるようなフローラではない。
「いえ、私は無我夢中で少しだけお手伝いしただけです。敵を倒したのはお姉ちゃんだし」
「私だけでは無理だったよ。2人で力を合わせたからできたのよ。それで、所長」
「なんだ?」
「申し訳ありませんがこの状態なので離脱します」
「まぁ、しかたないな。気をつけて帰れよ。本当なら回収して送ってやりたいがまだグラウザーたちが作戦中だし、センチュリーも大破している。なんとしてもこれで回収しないといけない」
「そんな! セン兄ィが?!」
「あぁ、右腕全損、両眼焼損、かなりやばい状態だ。今すぐにでも牽引作業をやってやりたいが何しろアイツらがいるからなぁ。近寄れんのだ」
アイツら――、その意味をフィールは知っていた。
「黒い盤古ですね?」
フィールの問いに新谷は頷く。
「攻撃される恐れがあるので退避しているんだ。スキを見て突入するつもりだ。そういうわけだ、すまんがフローラ、送っていってやってくれ」
「はい、わかりました」
フローラは災害現場の救助活動を主眼に置いた機体だ。今のフィールくらいなら抱いて飛ぶくらい容易いことだ。
そしてフィールが新谷に告げる。
「新谷さん、後のことはよろしくお願いいたします」
「あぁ、任せろ! 幸い、ここにはグラウザーの居る涙路署の刑事さんたちも同行してくれてる。近衛さんたちもなにやらやっているようだ。最悪の自体には絶対にさせんよ。それより体をしっかり治すんだぞ」
「はい、皆さんのご武運が有りますように」
フィールは唯一残された右手で敬礼をする。フローラもそれにならう。
それは当然、機内にて待機している第2科警研の派遣メンバーや涙路署の捜査員たち、そしてパイロットの室山も、戦いを終えたフィールとフローラに対して労をねぎらう視線を送っていた。
「それでは皆様失礼いたします」
敬礼を終えてフィールとフローラはその身を翻すと空域から去っていく。一路西へ、第2科警研庁舎へ――
新谷は2人が飛び去る姿をいつまでも見つめていた。
















