Part31 シャイニングソルジャーズ/二人目の十三妹
はしゃぎながら叫ぶファイブにフィールは尋ねた。
「なぜ、何故知ってるの? 改良型のブレードの事を?」
戸惑いを隠せないフィールにファイブは楽しげに告げた。
〔当然だろう? 僕はサイバーマフィア、ネットの情報を掌握するのは得意中の得意だ! 警察内部の機密情報や警察ネットワーク上の事件記録も自由自在さ! 君がこれまでの警察任務の中で用いた機能については完璧に把握している! 君が何を出来るのか全部お見通しなのさ!〕
「そんな――、嘘よ! だって、情報機動隊やディアリオ兄さんや、トップクラスのネット技術者がセキュリティを構築しているのよ?」
〔それがどうした? そもそも人間様が作り上げたものだ。作れるということは、壊せると言うことだ。完璧なセキュリティなど有るはずがないだろう? それが現実というものさ! だからこそ僕達はサイレント・デルタを組織した! この世界に存在するあらゆる情報を、あらゆる機密をこの手に握る! そして世界を奪い取る! それこそが僕らの望み! 君にまつわる情報など筒抜けなのさ! 次は何を仕掛ける? 超高速起動か? 単分子ワイヤーか? 大技のシン・サルベイションか? それとも苦し紛れにXDMコンパクトでも撃ってみるか? それ以上の打つ手は無いはずだ! さぁ! さっさと絶望するんだ! フィール! 君の残骸はボクが丁寧に遊んでやるよ! ハハハハハハ!〕
興奮を暴走させるようにファイブがけたたましく叫び続けた。勝負は決したと言わんばかりにだ。だがそこでフィールは狼狽えることも、激昂することもやめてしまった。ただ静かに沈黙して、静かに周囲に視線を走らせるばかりだ。その変化にファイブが問いかける。
〔どうした? もはや絶望して声も出ないか? 無抵抗なのを弄んでもつまらん。そろそろ残る右手も毟らせてもらうとするよ。そして君はすべての抵抗手段を失うんだ! さぁ、覚悟するんだねフィール!〕
「――――」
それでもなおフィールは沈黙を守っていた。無駄に反抗せずに、無駄に攻撃せずに、自らに残されたものを冷静に思案していたのだ。
――単分子ワイヤーでドローンを捕らえても追いつかない。超高速起動を発動させても力尽きれば元の木阿弥、むしろ、ファイブはそれを狙うだろう。シン・サルベイションは一対一の破壊手段。大多数に囲まれては使用する意味が無い。つまり私単独では脱出はもう無理ということ。ならば残る手段は――
そう思案しつつ、フィールは頭部シェルからノーマルのダイヤモンドブレードを数振り取り出した。そしていつでも使用可能なように右手に握りしめる。
――少しでも長く生き残り助けを待つしか無い!――
だがその答えに疑問が湧くのも事実だ。
――本当にくるの?――
救援の手が来ることは相当に困難だ。
――信じるしか無い――
自分以外の特攻装警が全て行き詰まっているとしても、それ以外にも頼れる存在は居るはず。今の自分の惨状を布平たちが把握していないはずがない。ならば――
――来る! 助けはかならず来る!――
フィールは信じた。一縷の望みを。その残された右の瞳は炯々として輝いている。満身創痍を極めながらも、フィールの心は今なお折れては居なかったのである。
@ @ @
「どうしたんだ? 王老師? さっきから黙っちまって」
ペガソが王之神に問いかける。だが王老師は憮然として黙ったままだった。ただ一言だけ小さくつぶやくいていた。その言葉を聞き取れたものはペガソだけだ。
「シーサンメイ」
その言葉を耳にしてペガソは怪訝そうに老師を見つめる。その視線に王老師がうなづいている。老師には見えていた。フィールの今なお折れない心を。勝負はまだ終わっては居ないのだ。
そして、老師には見えていた。
「ほう? 来たか」
そのつぶやきは誰にも聞こえていなかった。
月も無い、闇に落ちた夜空。それが雲が割れてそこから星明かりが覗いている。その星明りの中に、老師の鋭敏な感性と深い洞察力は、その星明りを背にして現れた一つの影を見ていた。それは新たなる力である。戦いの第2幕が切って落とされようとしていたのである。
@ @ @
第2科警研の庁舎の屋上――
そこからもう一つの白銀の天使が飛び立った。
シルエットはフィールに似ていたが、細かな部分に差異があった。
所有している装備に違いがあったのは当然として、最も大きく異なるのはその〝翼〟である。
フィールが2枚一組の放電フィンを主翼兼推進装置としているのに対しして、その機体は全く異なる形状の飛行ユニットを装備していた。
両肩の基底部から伸びる一対のサブフレーム。その左右先端に大きめの円筒形状のユニットが装備されている。MHD推進装置とエアジェットダクト装置を組み合わせ、速力より尾比推力の向上と空中での三次元位置の精密制御を狙ったものである。
装備名称『電磁フローター』
布平率いるF班が新たに開発した〝白銀の翼〟である。
フィールの翼が速度性能を重視しているのに対して、電磁フローターは精密空間位置制御を得意とし重量物の起重に重きをおいていた。それは、その装備を必要とする者がフィールたち特攻装警とは異なる組織から求められて産み出されたことに理由があった。
彼女は警察ではない。
彼女はレスキューである。
彼女が制圧するのは犯罪者ではない。
彼女が制圧するのは火災であり自然災害であり事故であり、人命を脅かすあらゆるトラブルに立ち向かうことが彼女の使命である。
特攻装警応用機体第1号機、F型応用機、個体名『フローラ』――
彼女こそは首都圏の人命を守るべく産み出された、新たなる空の守り手である。
フローラは府中の第2科警研を飛び立つと、一直線に東京湾へと向かった。
向かう場所は中央防波堤内域埋め立て市街区。通称『東京アバディーン』
そこで戦いに望んでいるはずの、未だ有ったことのない〝姉〟――特攻装警第6号機フィールを支援することが今回の任務であるのだ。
奇しくもそれはフローラが立ち向かう初めての〝実戦〟であった。とは言え、作戦の詳細が細かに決められているわけではない。現場では誰が居るのか、どんな状況が起きているのか、詳しくは何一つ解っていないのだ。自分の判断で全ての行動決定をしなければならない。
「でも――」
フローラは解っていた。
「わたしは〝命〟を救うために生まれた」
おのれが産み出されたその理由を、彼女は理解していた。
「わたしの翼はそのためのものだから」
フローラはとびつづける。白銀の鋼の翼を震わせて――
現在速力マッハ0.62――、
彼女がまだ見ぬ〝姉〟の下へとたどりつくまで3分足らずである。
府中郊外の中河原から出発して、多摩川沿いに東南東へと進路を取る。進む先には川崎の市街地を右手に見ていた。そしてそこでナビゲーションシステムに従い真東へと進路を切れば、1分ほどで事件現場空域へと到達する。
大井ふ頭の倉庫の灯りを眼下に、羽田エアポートの光を右手に眺めながら直進すれば、そこに見えてくるのが中央防波堤内域エリアである。
















