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第3話 4号ディアリオ/殺意

「たっ、たた――、助けて――」

 

 深夜の港に微かに響くのはその男の奇妙なまでに引きつった声だ。だがその声に同情するような者は誰もいない。その男を取り囲ように4人の特異なシルエットの男女が立ちはだかっている。

 その彼らに取り囲まれて退路を塞がれている男たちが数人居た。すでに陰惨な仕置をたっぷりと加えられたあとであり、一人として血を流していない者は居なかった。

 その一人一人を確かめるかのように、若い女性のハスキーな声で呼びだされていく。

 

「ベイサイド・マッドドッグ、サブリーダー・松浜稔」


 僅かな赦しと救いのチャンスを求めて呻くように声を発していたのはこの男だった。

 

「同じく、メンバー・平戸一樹」


 松浜の隣で蒼白な表情で言葉を失っているのは彼だ。


「それと――、他に2人ばかり居たけどポリにパクられたんだって? あと、組織離脱を企てて足抜けしようと画策していた者が5人」


 他にもこの場に連行されてきた男が5名。奇しくもいずれもが連行されてきた理由は同じであった。

 その若者たちからは、立ちはだかる4人の者たちのシルエットがくっきりと浮かび上がっている。しかし声だけが響いて闇夜の中では素顔を見る事すらできない。そしてハスキーボイスの女は尚も彼らに酷薄そうに問いかけていた。

 

「それでさぁ。ベイサイド・マッドドッグのお二人さん、アンタたち余計なこと漏らしたわよねぇ?」

「―――」


 松浜は声をつまらせて答えを返せないでいる。イエスともノーとも答えられない状況下で、命を永らえる術を探していたが、それは到底見つかりそうに無い。

 月下の薄明かりの中で、紫色の髪の毛のその女は静かに歩み始める。そしてその細い指先を獲物を追い詰める女郎蜘蛛の足先のように松浜の首筋に這わせている。その彼女の指先は白銀のシルバーメタリック。マニキュア代わりに指先に紫色に光るLEDチップが埋め込まれていた。だがその紫色は唐突に赤色に変わる。

 

「答えたくないならそれでいいわ。アンタたちみたいな間抜けのお返事なんてアタシたち期待してないシィ! アハ、アハハハ!」


 いささか正気を疑うような甲高い笑い声を響かせながら、その右手の指先を下から上へと振り回す。するとその指先の延長線をなぞるかのように、松永の右頬が鮮血を溢れさせて引き裂かれた。そこにはナイフもメスもない。その女は指先の動きだけで相手の肉体を裂いたのだ。

 

「ひぃっ! ギャアアア!!」


 大きく裂けてしまった右頬を両手で押さえながら松永がのたうち回る。その有様を彼らを取り囲んでいる4人たちは冷ややかに見下ろしていた。そしてその白銀の腕を持つその女は退屈そうに告げた。

 

「ねぇ? 殺っちゃっていい?」


 問いかける相手は彼女の右隣に佇んでいた。スーツ姿にスキンヘッドのシルエットが闇夜に浮かんでいる。

 

「好きにしろ。ただし一人だけだ」

「えー、一人ぃ?」

「あとで好きなだけ殺らせてやる」

「なにさハイロンったら、そうやっていつもお預けするクセにぃ」

「言ってろ。あとで目一杯可愛がってやるよ」


 スキンヘッドにシルエットの男は女を宥めるように言葉をかける。だが女はそれを鼻で笑うと一笑に付した。


「嘘ばっか! だってアンタ――」


 ジリッジリッと足元の砂混じりのコンクリートを踏み鳴らしながら両腕と同じく白銀に鈍く光る細身の両脚が前へと進んでいく。ぶつくさと不満を口にする女は不安定な感情を隠そうともせず苛立ちを理不尽な怒りへと変換した。

 

「アタシよりも太めの女がお気にじゃねえかよ!」 

 

 のたうち回るその男に近づくと左手を伸ばしてその頭の毛を鷲掴みにする。そして、その細いシルエットからは想像できないような力を露わにして、その男の体を引きずり回したのだ。

 力のままに引きずり振り回し、反対の方へとほおり投げると指先を赤く光らせた右手をた高く振り上げた。そして、その次に起こったのは一人の男にもたらされた断末魔の瞬間であある。


――ヒュォッ!―― 


 かすかな風切音が鳴った。それは軽やかと言うには不似合いなほどに殺伐とした音だった。そして風切音と同時に、一人の男の命は断頭台の梅雨と消えるがごとくに、鮮血を撒き散らして無残にも刈り取られて絶命したのである。

 一瞬にして事切れて動かなくなった骸に向けてその女はこう吐き捨てたのだ。


「男のくせにギャンギャン喚いてんじゃねえよ!」


 女はその一人の男の命だけでは物足りないのか、右手の指先を確かめるように弄びながら、スキンヘッドの男の元へと歩み寄っていく。そしてスキンヘッドの彼に抱きすがる様に体を寄せながら彼の耳元でささやく。

 

「まずは一人目」


 男に首に両手を絡め、その細身の体を絡み付けるように抱きついていく。その腰の動きは体の芯から湧いてくる興奮と欲情を押さえきれないかのように情熱的であり、それはさながら殺意と愛欲の興奮を区別できていないニンフォマニアであるかのようだ。

 スキンヘッドの男はそんな彼女の腰に手を回し抱き寄せながら労いの言葉をかけてやる。

 

「上出来だ。じきに残りのガキどもも殺らせてやるよ。何事も段取りってのがあるからな。それまで待ってろ。なにしろ〝あいつら〟が来るからな」


 その男のつぶやきは、その場に居合わせた者たちの耳に届いていた。新たに現れる者――、それが誰であるかは誰の目にも明らかだ。スキンヘッドの男が言う。

 

「それまで〝こいつら〟と遊んでろ」


 男に言われて、女は残りの囚われの者たちのところへと向きを変える。静かにゆっくりと、それでいて、歩き出したあとの足取りははっきりしている。内なる衝動と欲求を抑えられないかのように女は男へと返事を返す。


「あいよ、言われなくてもそうするよ。待ち時間が退屈でさ」

「じきに退屈しなくなる」

「期待してるよ――」


 女はふと歩みを止めて肩越しに視線を送ってその男の名を呼ぶ。

 ふいに洋上の方から一隻の小型船舶からのサーチライトの光が投げかけられた。その光が浮かび上がらせたもの――

 

「ハイロン」


――それはスキンヘッドの頭部と顔面の片側に、のたうつ黒い龍のタトゥーを彫り込んだ異様なルックスの男の姿だった。彼の名は『ハイロン』――黒い龍の名を持つ闇の世界の住人である。

 そのハイロンの視線は、まだ彼方のベイブリッジのある方角を向いている。その地から此処へと来るであろう〝彼ら〟の来訪を、彼は彼なりの最大の〝礼〟を持って待ちわびていたのである。

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