Part31 シャイニングソルジャーズ/ワルキューレの騎行
東京湾に浮かぶ退廃と無法が支配する異形の街――東京アバディーン――
その街の中心にして支配力の中枢となる場所、それが多国籍大規模企業グループ『白翁グループ』が支配する金色の伽藍『ゴールデンセントラル200』である。
地上200mの高さを誇る高層ビルで円筒形状をしている。また外壁表面の高耐久性ガラスの表面に施された鏡面保護コーティングによりビル全体が金色に光り輝いている。
東京アバディーンの住む者ならば、この壮麗なる支配の象徴の巨大ビルの輝きに対して、この東京アバディーンと言う退廃の街の支配者がだれであるのか、思い知らされずにはいられない。すなわち、このビルを所有する白翁グループであり、そして、その影に存在する集団である翁龍である。そのビルの輝きが意味する物の正体に思い至るたびに、人々は心のなかに恐れを抱くこととなる。
ゴールデンセントラル200――それはこの街の支配の象徴である。
そのゴールデンセントラル200の32階フロア、通称『円卓の間』と呼ばれる集会フロアがある。とある特別な存在である7つの組織が、定期的に会合をする間であった。
翁龍、緋色会、ブラックブラッド、ゼムリ・ブラトヤ、ファミリア・デラ・サングレ、新華幇、そしてサイレント・デルタ――
人種も文化背景も、世代も、組織形態も、活動方針も、犯罪レベルも、全く異なるこの7つの組織は、この円卓の間にてとある人物によりひとつにまとめられていた。
サイレントデルタ・メインアドミニストレーター
IDナンバー555、通称『ファイブ』
総銀無垢のボディを三つ揃えの高級スーツで包んだ怪人物。サイボーグともアンドロイドとも言われるがその正体は全くの不明。
だがその優れた情報掌握能力とネットワーク能力から、円卓の間に集う闇社会の住人たちと対等に渡り合い、抗争と勢力争いに明け暮れていた彼らを、意見調整の場所として円卓の間に結びつけることに成功した人物だ。
彼の手により産み出された意見調整機関は、〝七審〟――またの名を〝セブン・カウンシル〟と呼ばれる。
ファイブ――かれこそはセブン・カウンシルの要なのである。
@ @ @
ファイブは今、歓喜の入口にあった。彼の手の届く範囲に、一つの獲物がかかったからだ。
その獲物の名は『特攻装警第6号機・フィール』
現時点で全特攻装警の中で唯一の女性型であり、飛行能力と空戦能力を持つ戦女神。
その愛らしくも凛々しいルックスは警視庁を象徴するマスコット的存在であり、彼女の登場がアンドロイド警官と言う、ともすれば警戒されやすいコンセプトである特攻装警の持つ社会的イメージを、どれだけ改善し、どれだけ人々に馴染みやすくさせたのか、計り知れないものがある。
その彼女に向けられているのは〝好意〟であり平穏な社会への〝願い〟だ。
フィールはある種のヒロインであるのだ。人々にとって紛れもなく〝正義の味方〟といえる存在だったのである。
そのフィールを自らの作戦展開エリアへと捕らえたのが、サイバーマフィア・サイレントデルタを統べる〝ファイブ〟である。ファイブは自らの周囲に3次元ホログラムによる空間ディスプレイを展開している。
そして、円卓の間の中央に、今これからはじめられようとしている〝余興〟のための準備を始めようとしていたのである。
「さて皆さん、少々退屈でしょう? 今からちょっとしたお遊びを始めたいと思います。お付き合いいただけますか?」
ファイブが楽しげに、円卓の間に残留していた人々に声をかける。
この場に残っていたのは翁龍の王之神老師と王麗莎女史、ファミリア・デラ・サングレの首魁ペガソと、その秘書兼愛人のナイラだ。
ママノーラとウラジスノフは作戦活動中、緋色会の天龍は活動拠点へと引き返して行った、ブラックブラッドのモンスターはママノーラの依頼を受けて何処かへと向かい、新華幇の伍志承と猛光志は、これ以上残留しても益なしとして立ち去っていった。
王之神とペガソは、まだこの部屋にて得られる情報に期待して、ファイブとともに待機していた。なにしろ、ここには電脳と情報犯罪の権化であるファイブが控えているのである、今、この東京アバディーンの土地にて起きている事件や騒動について情報を得るには最適な状態であった。
ましてや、今、あのベルトコーネを巡って混沌とした状況が続いているのである、いたずらに動くよりもじっと待機する方を選んだ者が居たとしてもなんら不思議ではなかった。その〝待つことを選んだ者たち〟に向けてファイブはさらに告げた。
「少々悪趣味ではありますが、美しいモノが散華するさまをご覧に入れましょう」
そう語りながらファイブはヴァーチャルコンソールを操作した、彼が起動させた100体以上の空戦ドローン、軍用にも適用可能なだけの戦闘力を有した悪意の象徴――、それをまるでオーケストラの楽団員をタクト一本で操る指揮者のごとく、勇壮に、華麗に、操り始めたのである。
【 BGM演奏開始 】
【 曲名:オペラ「ニーベルングの指環」 】
【 :第二部第三幕前奏曲 】
【 『ワルキューレの騎行』 】
【 作者:リヒャルト・ワーグナー 】
壮麗かつ悲壮なオペラ楽曲がBGMとして流れ始める。それをバックに、まるでベトナムの密林地帯を焼き払うヘリ部隊の如くに、漆黒の闇夜の東京アバディーンの魔窟の街から、黒いシルエットのドローン体が、闇夜を舞うコウモリかカラスの如くに、そこかしこから舞い上がっていく。
それはまさに魔物の如くだ。
魔窟の街の上空に迷い込んだ一人のワルキューレを悪夢へと誘う魔物たちの葬列である。
大仰かつ、凝った趣向を展開するファイブに対してペガソが口元を歪ませながら楽しげに語る。
「いい趣味してんじゃねえか、ファイブ。ナチスがヒトラーを讃える席で流した曲で、あの日本警察が誇るヴァルキュリアを血祭りにあげようってわけか」
ペガソの言葉にファイブが笑いながら答える。
「その通りです、ミスターペガソ。ボクの悪趣味に少々お付き合いくだされば幸いです。なにしろ――」
ファイブは語りながら両手の平を上へと向けて両肩の辺りにかかげながらこう告げる。
「この体ではこう言う形でしか快楽が得られないものでして。普段はタレントアンドロイドや、個人所有のメイドロイドやネニーロイドなどを捕らえて弄んでいるのですが――」
そしてファイブはさらにヴァーチャルコンソールを操作し、東京アバディーンの街の各所から発信させた戦闘ドローンを上昇させ、包囲展開し、瞬く間にフィールを取り囲んで退路を断ちながら哄笑の叫びを上げる。
「今宵の獲物はあの戦女神! 日本警察が誇る特攻装警のフィール! 是が非でもこの手に捕らえたい! これほどの最高のチャンスを逃す手はない! さぁ、最高のショーをお見せしましょう! 悪食のこのボクにお付き合いいただけるのでしたらねぇ! ククククッ!」
それまでの冷静な振る舞いが嘘であるかのように、ファイブは興奮気味に語り、そして耳障りな笑い声を上げる。その狂態に王麗沙は眉をひそめて王老師の背後へと下がり、ナイラはこれから起こるであろう惨劇を思い描いて怯えにも似た表情で視線を伏せた。
王之神は黙したまま語らずじっと空間上のスクリーン映像を見つめている。
だが、ただ一人――
「ファイブ」
ペガソの呼び声に微かにファイブは視線を向ける。そのファイブにペガソがかけた声は賞賛と好意だった。
「いいねぇ。こう言う余興は嫌いじゃねえぜ。なにしろ首から下は味気の無ぇプラスティックボディ――徹底的に遊んでやるのが礼儀ってもんだぜ。獲物の毛皮をひん剥くようにな!」
ペガソだけは喜びの声をもってファイブが繰り広げようとする残酷ショーを期待を寄せたのである。
「なぁファイブ、お前にとっちゃああの女は、マリリン・モンローかキム・カーダシアンでもレイプするような気分なんだろう?」
ペガソはウィスキーの注がれているグラスを傾けながらファイブを賞賛する。
「見届けてやるよ。お前が獲物を味わうところをな」
それは強烈なサディズム。そして、同じサディズムを嗜好としている者同士が感じ合うシンパシーの様なものだ。ペガソにとって女とは獲物でありトロフィーだ。その獲物を味わう瞬間こそが男としての本懐だ。フィールと言う至高のアンドロイドガールをその掌中へと収めたファイブをペガソは讃えた。それは闇社会という弱肉強食の世界に生きる者だけが得られる感覚だったのである。
「ミスターペガソ。あなたのご期待お答えしましょう――、とくとご覧あれ」
ファイブはさらにコンソールを操作する。
【 サイレントデルタ総体システム群 】
【 管制プログラムシステム 】
【 】
【 >空戦機能ステルスドローン 】
【 >SD0124 より SD0223 】
【 指定攻撃対象:特攻装警第6号機フィール 】
【 攻撃実行モード: 】
【 リレーショナルセミオート 】
【 】
【 戦闘コマンド〔――実行――〕 】
仮想ディスプレイの上でグリーンのコマンドが実行される。そのコマンドに込められた悪意とサディズムが乗り移ったかのように戦闘ドローン群は、野原の実りを食い尽くす大量発生イナゴの様に、羽虫のような作動音を響かせながら急加速していく。そのドローンどもが向かう先には――
「さぁ! 踊れ! 踊れ! 死に物狂いで逃げ回れ! 逃げ切れるのならばな! 特攻装警フィール! お前の翼はボクが全てむしり取ってやるよ!」
――白銀の翼のアンドロイドの少女が蒼白の表情で為す術無く佇んでいたのである。
















