第3話 4号ディアリオ/察知
当然の問いだった。ディアリオはその答えを冷静に整然と答えてみせる。
〔はい、経由地履歴を洗ったさいに、この3つのコンテナは神戸のコンテナターミナルで税関を通過した履歴が残っています〕
〔神戸?〕
〔そうです。ですが、その神戸からこの横浜まで移動実績を示す証拠となるデータがありません〕
〔あ? なんだそりゃ?〕
当然の疑問だ。やや間の抜けた声でセンチュリーが尋ねれば、ディアリオはさらに応え続ける。
〔国内の貨物物流データすべてを洗いましたが、このコンテナの識別番号が〝妥当な移動ルート〟として移動した実績データがでてきませんでした。出てきた移動実績データはすべて偽装でした〕
〔つまり、神戸に荷降ろししたと見せかけて、別なコンテナとデータを入れ替えてこの横浜に荷降ろしした――と言うわけか〕
〔そう考えて間違いありません〕
〔時間稼ぎの小細工か――、ってぇことは、貨物物流のシステムにも偽装工作が出来る背後が居るってことだな〕
〔だろうな、センチュリー。今回の案件に緋色会が絡んでいる以上、それぐらいはやってのけるだろう〕
〔偽装工作の件は、別途私が追跡しておきます。それとこの周辺のすべての監視カメラ映像を探知します〕
〔あぁ、頼む〕
ディアリオの提案にアトラスが頷けば、ディアリオは間髪置かずに作業を始めた。
【 南本牧周辺、路上監視カメラ、 】
【 及び、私有地監視カメラ、全アクセス開始 】
同時に捜査対象エリアとなる街区に設けられた、あらゆる種の監視カメラの映像が同時に映しだされはじめる。事件に無縁そうな映像は順次省かれていき、最終的に二〇ほどの映像が残る。
その中の幾つかに映る人影――、それにセンチュリーは見覚えがあった。
〔ディアリオ! ナンバー5と7と15! それに映る人物像を検索してくれ!〕
ディアリオはセンチュリーの求めに応じた。
そもそもディアリオは、情報犯罪捜査に特化した特攻装警だ。メインとなる頭脳の他に、体内に5基の情報処理専用のサブプロセッサーを持っている。複数同時にデータを操ることなど造作でもない。さらには警視庁の権限をフルに活用して日本国内のあらゆるデータベースや情報源にも侵入可能である。
【 当該画像解析、人物シルエット抽出 】
【 輪郭及び外見特徴シンボル化 】
【 日本警察犯罪者データベースアクセス開始 】
【 抽出画像データ 】
【 犯罪者データベースと高速照合スタート 】
センチュリーに指摘された撮影画像をサンプリングし、対象となる人物像の特徴を抽出。
それを瞬く間にデータベースの検索にかける。
検索開始から、その結果が出るまでわずか3秒、恐るべき速さである。
【データ照合完了・当該人物データ、3件 】
【#1 本名:不明 】
【 通称名:黒竜[ハイロン] 】
【 所属組織:広域武装暴走族スネイルドラゴン】
【 補足:スネイルドラゴン主要幹部 】
【 中枢組織構成員の疑いあり】
【#2 本名:葛城 遊馬 】
【 通称名:バジリスク 】
【 所属組織:広域武装暴走族スネイルドラゴン】
【 補足:スネイルドラゴン主要幹部 】
【 実働戦闘部隊構成員との確認あり】
【 傷害・傷害致死で前科あり 】
【#3 本名:不明 】
【 通称名:ジズ 】
【 所属組織:広域武装暴走族スネイルドラゴン】
【 補足:スネイルドラゴン主要幹部 】
【 女性、実動戦闘部隊構成員 】
【 殺人事件5件で関与 】
【 重要参考人として手配中 】
【 】
【他1名、本日横浜福富町管内で発生した 】
【 戦闘行為案件で目撃情報あり】
リストアップされたのは3名+1名、その名を目にしてセンチュリーの表情が険しくなる。
「兄貴!」
「どうした?」
センチュリーの怒鳴る声にアトラスは驚かざるをえない。
「急ごう! オレたちが考えてる以上にヤバイぜ!」
「どういう事だ? はっきり説明しろ」
センチュリーの直感は事態が最悪の状態へと向かっていると感じている。その感覚が焦りを呼び起こすのだ。だが興奮状態のセンチュリーとは反対にアトラスは冷静だった。センチュリーも落ち着かざるをえない。
「今回の件で動いているのが武装暴走族の下部組織だなんて見込み違いだ! スネイルドラゴンは緋色会直下の危険度S級の超武闘派だ! 俺がさっき神奈川県警に預けた一件で出てきた武装サイボーグも出てきてる!」
「スネイルドラゴン? 東京神奈川湾岸一帯を拠点にする広域組織か?!」
「あぁ! あの頭と顔に黒い龍を彫り込んでるヘイロンは俺が今追っている重要参考人だ! 忘れるはずがねえ!」
「大物だな。しかし何故だ? ――いや待て」
アトラスは会話を静止する。するとディアリオが中継している映像に変化が現れた。武装暴走族の幹部たちとそれらの取り巻きたちが、数人の若者たちを引きずり出している。そして、逃げ場を断つように取り囲み始めた。それを見てセンチュリーは何かに気付いた。
「あれは? スネイルのメンバーじゃ無いな? 俺が取り逃がしたマッドドッグの2人も居るじゃねーか!?」
「ただ、逃がしたわけじゃ無いようだな」
センチュリーが、その画像に写っている光景が何を意味しているのか分からないはずが無い。ハンドルのグリップをより強く握りしめてしまう。
「そう言うことか! 情報をリークしてしまった末端構成員を回収して処分するつもりか!」
つまりは仲間を逃がそうとしたのではなく、逃走を支援したと見せかけて捕えて密殺する腹づもりだったのだ。アトラスは告げる。
「おそらく初めからそう言う指令パターンを織り込み済みだったんだろう。それと同時に、来賓のお出迎えも代行する気だ」
それでセンチュリーも合点がいった。末端の構成員にしては武装サイボーグの戦闘力があまりに高すぎたのだ。おそらくはスネイルドラゴン本隊からの極秘監視役だったのだ。
映像がさらに変化した。怯えて許しを請うている末端構成員の一人をバジリスクと呼ばれる男が引きずり出している。暴れて逃れようとしてるが、バジリスクのその拳で何度も殴られ制裁を加えられていた。
そして、別アングルを写しているカメラ映像にはさらに赦し難い光景が映し出されようとしていた。
別な男が髪の毛を捕まれ引きずられて、地面にうつ伏せに放り出されようとしていた。
「やべえ!」
その映像を見て叫ばざるをえない。ジズと呼ばれる女が進み出て右腕を振り回す。すると目に見えないギロチンでも落ちてきたかのように鮮血があたりに飛び散ったのだ。
「何故殺す?! あいつ殺されるような事はやっちゃいねえぞ!」
センチュリーの叫びを耳にしてもアトラスは沈黙していた。ほんの数秒、沈黙を守ったが、不意にダッジのアクセルを全開に踏み込んだ。
――ギュギュギュギュ!――
ダッジのホイールが白煙を上げてすさまじい加速を生み出していた。同時に、アトラスの叫びが届いてくる。
「飛ばすぞ!」
「当たり前だ!」
二人の駆る車輌が怒りとともにサイレンとパトランプを作動させた。二人は制限速度を超え一気に南本牧の現場へと駆け抜けていく。たとえ容疑者であろうと軽んじていい人命など無い。二人の怒りは警察に関わるの者として純粋な怒りである。