Part27 黒い盤古/狂える正義
それは悪意そのものである。
ある者は狙撃任務の途中で反撃に合い小型榴弾を至近距離で胸と両腕に食らって心肺機能と両腕を奪われた。
ある者は違法アンドロイドによる自爆テロで倒壊する建造物の下敷きになり下半身を圧砕されてしまった。
ある者は人工頭脳搭載型の新型の時限爆弾の除去作業に失敗、身体の前半分を破壊された。
またある者は、近接格闘能力を持つアンドロイドにより頭蓋骨を粉砕され死線を彷徨っていた。
武装警官部隊・盤古にて対機械戦闘・対アンドロイド戦闘の任務につくことは、戦闘被害のリスクを背負うことである。そして実際に多数の負傷者殉職者を生み出していた。ハイテク化・重武装化の一途をたどる未来型犯罪に対抗するためとは言え、その犠牲は決して少なくなかった。当然、その任務の過酷さに異を唱えるものも現れる。このままでは犯罪抑止のために戦えない。
――もっと力を――
上申されたのはさらなる重武装化の要求である。海外では軍隊や治安維持特殊部隊などに対して条件付きで行われている健常者への戦闘用サイボーグ技術の適用が求められたのだ。
だがその上申に対して、日本政府は動かなかった。
ハイテクサイボーグの合法適用をあくまでも医療用に限定し、健常な肉体を持つ者への武装目的のサイボーグ技術適用を違法として警察関係者や自衛隊に対してサイボーグ技術適用を制限したのである。
その代わりとして、盤古隊員に支給される武装は強化され、それまで軽武装タイプしか無かったのが装甲防御力とパワーアシスト機能を強化した標準武装タイプの盤古プロテクターが支給される事となった。さらにはより防御力と戦闘力を強化した重武装タイプの開発と支給へとつながる事となる。
だが、その融通の聞かない判断がある事件を引き起こしてしまう。
一向に減らない犠牲者殉職者の現状に不満を持った異分子による東京都心での小規模クーデターが発生してしまう。通称『東京戦争』と呼ばれる事件である。
この事件は東京都心への自衛隊の投入という最悪の事態をギリギリで避けるため、盤古と盤古が血で血を洗う闘争を繰り広げると言う、もう一つ別な最悪の事態を招くこととなってしまったのだ。そして警察が重武装戦闘力を持つ事への議論が引き起こされ、さらには人間が武装をすることの是非へと議論が進んでいく。犯罪抑止のためのサイボーグ技術の適用の是非と言う深刻な問題と交差しながら――
そして最終的に日本警察と日本政府は『人間以外の者に重武装を運用させる』と言う結論を導き出すこととなる。これを具現化するために考えられたプランこそが〝特攻装警計画〟だったのである。
一方で、戦闘サイボーグの合法適用の除外と言う結論にどうしても同意できなかった者たちが居た。犯罪者の違法武装に対抗できるだけの戦闘力を警察が保有する。それは決して間違ったことではない。それに何より、盤古隊員の消耗を減らすことは何よりも急務なのだ。必要とされる物を必要として求めて何が悪いのだろう? 忸怩たる思いを抱えたまま最前線から身を引かねばならない者たちが、東京戦争への不満を残しながら失った身体機能を補うために医療用サイボーグ素材を移植されることとなった。確かに社会生活への復帰は医療用で達成できた。多くを望まなければ日常生活には何の問題もない。だが盤古として警察官としての職務への復帰は絶望的であった。
だが――
元盤古隊員の医療サイボーグ適用――、
その事に目をつけたある者たちが居た。
日本警察公安部、一般に公安警察と呼ばれる彼らは国体と言うシステムを守ると言う目的さえ達成できれば、その過程は一切問わない剣呑な連中であった。
彼らは盤古の運用状況に対して生ぬるいと考えていた。犯罪抑止のために悠長に手段を選んでいては世界地図規模の違法犯罪集団の日本流入を食い止めきれないのだ。そのためにも彼ら公安は盤古のさらなる強化を望んでいたが、それは刑事警察との駆け引きや、一般世論や政府中枢の思惑も有り、公安部の思うようには進められずに居た。
正規の盤古を、公安が望む形で運用する事は到底達成することは不可能だ。盤古隊員のサイボーグ化と、それによる対犯罪戦闘能力の総合的な強化。それだけが公安が盤古に求めた理想である。
そして彼らは思い至る。
武装サイボーグを健常者に適用するのがダメなのならば――
――医療サイボーグを、武装サイボーグとして転用すればいい――
――公安の急進的な一派はそう考えたのだ。
そして盤古東京大隊にある特殊な新小隊を設立するプランを上程、速やかに実行させることに成功する。対電子戦・対情報戦闘に特化した専門部隊を設置するプラン。すなわち『武装警官部隊盤古・情報戦特化小隊』の設立案である。
公安部はこの情報戦特化小隊の隊員を、負傷により医療用サイボーグ技術適用となり、盤古の最前線から除隊せざるを得なくなった者たちから選抜する。対電子戦・対情報戦闘に特化させることで、慢性的な志願者不足に陥っていた盤古の隊員の増員を医療サイボーグ適用者から充当して行くと言うのが表向きの理由だった。健常な肉体を持つ者が最前線での戦闘行為を行い、医療用サイボーグ適用者が身体に負担の掛からない範囲で後方支援や、遠距離攻撃、あるいは対電子戦・対情報戦闘を行う。そう言う趣旨のもとに設立されたのがこの『情報戦特化小隊』なのである。
だがその表向きの説明を信じる者は盤古内部には誰にも存在していなかった。
それは公安部が意図する本意が余りにも露骨に現れていたからに他ならなかった。医療用と言いつつ、与えられた肉体補助機能が健常者の肉体機能を遥かに超えた物ばかりとなれば、それが何かしらの邪な企みの上に存在しているとは誰の目にもわかることだ。
それに加えて集められた人員のメンタルが、恐ろしく歪んでいたことも影響していた。
情報戦特化小隊に集められた者達はいずれもが対犯罪戦闘の中で身体機能を失い、日常生活にすら支障をきたしていた者たちばかり。そしてその彼らが、重武装化する犯罪者と犯罪がもたらす利益に群がる利害関係者への憎悪として、巨大な敵意を露わにしているとなれば、彼らがまともに、警察としてのモラルの上に理性的な行動を取るとは到底思えなかったのである。
その事を危惧して情報戦特化小隊の運用停止を具申するものも居た。盤古東京大隊の前大隊長だった峯岸と言う人物だ。彼は情報戦特化小隊の内情と実状を命をかけて調査し、それを警視庁と警察庁の上層部へと上訴しようとした。犯罪に対して憎悪をもって行動する者を野放しにするわけには行かないと言うのが彼の持つ信念であった。
だがわすれてはならない。
情報戦特化小隊の背後に居る者達は――
警視庁公安部の急進的な一派
――なのである。国体の護持と国家システムの堅持と言う結果を導くためならば手段は一切問わない情け容赦無い者たちなのだ。そして彼らは敵視した、〝大隊長峯岸〟の存在を――
その後、峯岸は理由不明の失踪の後に心臓麻痺死体で発見され事故死扱いで処理された。その死因捜査を指揮したのが実質公安部だったとなれば、峯岸の死に違法性が無いとは誰が言えるだろうか?
疑問と疑念が大量に沸き起こったが、その疑念を裏打ちする確かな物証は何一つ出てこなかったために、峯岸大隊長の死の問題は時を置かずして風化することとなる。
そしてさらに追い打ちをかけるように、情報戦特化小隊に対してある異常な決定がなされる。
――情報戦特化小隊の指揮系統を盤古東京大隊から独立させる――
すなわち、他の盤古部隊から一切独立した不可触部隊として運用するという決定がなされたのだ。これらの決定を促した者たちが誰であるのか、聡明な者なら即座に察知しただろう。だが峯岸の不審死の事件が、情報戦特化小隊の背後を暴くことへの無言の警告として力を発揮していた。確実な物証なき状態で敵対的な行動を取ることは命取りとなるのだ。
誰もが情報戦特化小隊と言う存在を忌避し煙たがるようになる。その黒いプロテクターになぞらえて〝黒い盤古〟との悪名を背負って。
だが、その黒い盤古へと身をやつす者達は自ら望んでその部隊へと関与していた。
自らの身体機能を奪い、自らの警察人として職を奪い、人としての尊厳すら奪っていった犯罪と言う事実。そして闇社会に蔓延する違法ハイテクと、それをばらまき続ける組織犯罪を彼らは憎悪した。
彼らは望んだ。犯罪がこの世から無くなることを。
だがその手段には一切の慈悲も、一切のモラルもない。ただハイテク犯罪を行う者たちへ最大級の悪意と憎悪をもってして彼らは容赦のない過剰な攻撃を加えるのである。
彼らの名は『武装警官部隊盤古・情報戦特化小隊』
それは常軌を逸した〝狂える正義〟である。そして〝無法者の巣窟〟である。
















