Part24 静かなる男・後編/ウラジスノフと言う男
ウラジスノフ・ポロフスキー――
極東ロシアンマフィアの二本進出勢力であるゼムリ・ブラトヤの首領のノーラ・ボグダノワの右腕となる男。
24時間、寝室浴室以外では常に付き従い、ノーラの身辺を完璧に警護する男だ。
すでに60を超え70に手がとどく年齢だが、全身のいたるところにサイボーグマテリアルを移植して老いによる衰えをキャンセルしている。その左目は人工の眼球カメラであり、独特の冷え切った視線をたたえていた。
その体には歴戦の戦いの足跡が、色濃い傷跡として刻まれている。義肢化されていない胴体や頭部の皮膚にはいたるところにナイフ傷や銃創跡が残されている。元ロシア軍人であり、ロシア中央のスペツナズにも在籍した事のある、北の大地を駆け巡っていた猛者中の猛者である。
特殊工作戦闘とステルス戦闘のエキスパート。生粋のマフィアでは無いが、ママノーラの父親とは古くからの親友であった。幼い頃の可愛らしかった時のノーラも知っている。彼女が父の跡を継ぎ次代のマフィア頭領を襲名するときにも立ち会っている。
鉄壁の護衛役にして、極東ロシア最強のステルス戦闘私兵部隊の指揮隊長でもある。
彼が率いる部隊の名は『Тихий человек(チーヒィ チラヴィエーク)』
またの名を〝静かなる男〟と呼ぶ
ゼムリ・ブラトヤの中に存在する戦闘部隊の中でも最上級に位置し、組織の首魁であるノーラの指示により、ウラジスノフが率いて行動するステルス戦闘特化部隊である。
以外にも構成メンバーの平均年齢は50代を超える。いずれもがロシア軍の最前線で苛烈な戦闘経験を重ねた実戦経験者をウラジスノフが自分自身の目で見極めて集めてきた逸材ばかりであった。そしてウラジスノフ同様、身体の大半をサイボーグ化する事で老いによる衰えを拒否し、長い経験に裏打ちされた確かな戦闘スキルを発揮しうるのである。
その老いた姿を軽んじて無残な返り討ちに会った敵対勢力は決して少なくない。その高度にして確かなステルス戦闘スキルを称して、誰が言うともなく彼らを――
『静かなる男』
――と呼ぶようになった。そしてそれがいつしか、ウラジスノフ直下のエキスパート部隊の部隊名となる。
部隊名『Тихий человек(チーヒィ チラヴィエーク)』
その彼らは、ウラジスノフを含めて21名が、グラウザーとベルトコーネたちを囲むようにしてその気配を完璧に隠していた。それはあのシェン・レイですら見落とすほどの物だったのである。
@ @ @
ウラジスノフはグラウザーたちのバトルが行われた地点を見下ろす倉庫ビルの頂に位置していた。ステルス機能をフルに起動させ、映像はもとより、熱反応、電磁波ノイズに至るまで完璧に秘匿してその気配を殺す。
シェン・レイにも、特攻装警にも、その存在を気取られずに、部下を周囲に展開している。当然、通信連絡手段も傍受を想定した独特の方法である。
――微細化超音波多重化通信――
人間の可聴周波数外の超音波において異なる周波数を多数同時に用い、暗号化のスクランブルを掛けた上で、同じ静かなる男の部隊員間のみにおいて、完璧な隠匿通信を可能にするものである。
無論、傍受できたとしても受信・復号化に専用の機能や装備が必要であり、たとえ神の雷シェン・レイであろうとも、通信メッセージの復号化はまず不可能という代物だった。それはウラジスノフがそれまでの戦闘経験とそこから得られた知識から編み出した技術概念である。
彼はあらゆる行動がステルス技能と気配を殺すことに特化していた。極端なまでに口数が少ないのは、それらのステルス行動がその体に完璧に染み付いている事も理由の一つだった。彼は部下に常々言っていた。
――頭で考えるうちは本物じゃない。無意識で安定して変わらぬ行動がとれるようになってこそ本物だ――
静かなる男のメンバーは、熟年者高齢者が多かったが、いずれもウラジスノフの厳しい指導と訓練を受け入れた猛者たちである。彼らの連携行動はまるでひとつの精密機械であるかのように緻密であり正確だったのだ。
今、ウラジスノフは見つめていた。眼下にて単分子ワイヤーにて絡め取られていたベルトコーネの無様な姿を。だがその醜態には憐憫も満足もしていない。冷徹なまでの状況判断があるのみである。
彼はまだ動かない。動くべきタイミングではないからだ。その彼に部下から通信が入る。
〔メイオール〕
メイオール、ロシア語で少佐を意味する。部隊の中でのウラジスノフの呼び名だ。
〔なんだ〕
〔待機続行ですか?〕
〔続行だ。まだ神の雷とヤポンスキのポリスロボットがそばに居る。ポリスロボットは一つは壊れかけだが、もう一つはフル武装だ。気取られると引き離しにくくなる。神の雷が姿を消したら包囲網を縮めろ。その後に俺から合図するから一気に畳み掛けてベルトコーネから引き離せ。ターゲットとポリスロボットの間に〝遮断線〟を構築して接近させるな〕
〔да〕
ウラジスノフは口を動かさずに一切の会話を行っていた。いわゆる頭脳中枢とネット回線をつなぐ電脳装備を持っているためだが、彼ら特有の超音波多重化通信のために発音中枢と聴覚中枢を通信機能と繋いでいるためでもある。普段は無口な彼だったが、作戦行動の時は雄弁だった。
そして通信の後に眼下にて、壊れたマリオネットのようにワイヤーにて吊るされているベルトコーネを注視していた。ベルトコーネの無残な姿を見ていると過去の記憶が鮮明に蘇ってくる。それは彼が退役軍人としての安寧な暮らしを捨てて、極東ロシアンマフィアの荒事の場へと身を投じる事となったきっかけでもあるのだ。
――マフィアの存在を黙認はするが、協力はしない――
それが彼がロシア軍人として己に科した誇りであったが、それを曲げてまで彼はマフィアの裏社会へと身を投じたのだ。
「ミハイル――」
ウラジスノフはその脳裏へと浮かんだ者の名を小さく声に出した。無論、それに気づく者は誰も居なかった。今、ウラジスノフは過去の時間を呼び起こしつつあったのである。
















