第2話 アトラスとセンチュリー/大黒PA
だが、今夜ここに来たのはノスタルジアに浸るためではない。
「おっ、居た居た――」
センチュリーの視線の先には、また新たに、特異なルックスの人物が立っている。背後にダッジバイパーのオープン2シーターのEVカスタム車両を停め、使い込まれたアーミーグリーンのフライトジャケットを着 込んだ彼――。
その肉体はすべて総金属製であり、センチュリーの人間的なルックスとは異なる。いかにもメカニカルなロボット然とした外見ではある。だが、非人間的な無機質な感じは伝わっては来ない。
顔面の細いスリット状の部分から瞳からは、人間的で温かみのある光が垣間見えている。
――特攻装警第1号機アトラス――
特殊精製された超高強度な特殊チタン合金でできたボディを持つ〝始まり〟の特攻装警だ。
センチュリーが兄であるアトラスの姿を見つけてバイクの速度を落とす。すると、通り過ぎる若者たちの声が、アンドロイドであるセンチュリーの鋭敏な聴覚の中に嫌でも飛び込んでくる。
「おい! 〝片目〟のヤツ来てるぜ! ヤバイよ!」
〝片目〟――それはアトラスの事を示す隠語だった。
「まじかよ! あれ警視庁だろ? こっち神奈川だぜ?」
「バカ! 特攻装警に管轄なんてかんけーねーよ! 今日ばかりはヤバ――」
会話がそこで途絶えれば、声の主がセンチュリーの存在に気付いていた。不意にその声の方向を振り向けば、センチュリーとかち合った視線が怯えを見せていた。センチュリーは慌てる2人に微笑みかけたが、威圧としてはプレッシャーは十分だ。
声の主たるシャツ姿の二人の若者は、愛想笑いを振りまきながら慌てふためくようにその場から駆け出していく。センチュリーは自らの記憶を手繰れば、2人のうちの1人に見覚えがある。
「アイツ、渋谷で見かけたな。確か、葉っぱ撒いてたっけ」
葉っぱ――大麻のことだ。
葉っぱを撒く――大麻の密売の事だ。
「ありゃ取引してるな。ちょっとお灸すえるか」
そうつぶやくとセンチュリーは自らの視聴覚情報をコピーして編集する。
【視聴覚情報データベースより 】
【 個人特定データ分離処置開始】
【 】
【犯罪可能性対象者2名確認 】
【犯罪容疑:薬物密売、薬物不法所持の可能性 】
【未成年の可能性あり、注意されたし 】
【日時、西暦2039年10月2日 】
【 午後10時58分】
【データファイルクラスター圧縮完了 】
【 】
【日本警察ネットワークデータベースアクセス 】
【Auther:特攻装警3号センチュリー 】
【データ種別:注意人物特定情報 】
【 位置情報付加済み】
所定のプロトコルを経て、この数分間の視聴覚情報を日本警察のネットワーク上へとアップロードする。
「おしっ、これであとはこの辺の警らの連中に任せるとすっか」
細かい事案を見逃さないのも大切だが、今は優先しなければならないことがある。センチュリーは兄の居る方へとバイクを進めた。
「兄貴!」
センチュリーが声をかけながら走り寄る。アトラスはセンチュリーの声に気付いて顔を上げた。
「来たか――」
センチュリーのバイクがアトラスの直前で停まる。
「兄貴、待たせたか?」
「いや、案外早かったな」
「県警と地元所轄への引き継ぎが少し手間取っちまってな。さっさと丸投げして逃げてこようと思ったんだが、そうもできなくってよ」
センチュリーの語る口調にアトラスは何かを感じたらしい。
「なにか面白くないことでもあったのか?」
センチュリーには愚痴をこぼす癖は無かったが、どうしても釈然とせずに不満を溜め込むことはどうしてもある。イライラを残さないためにもここは思い切って話すことにした。
「あぁ、ちょーっとな。あんまりにも段取りはひどかったんでな」
「神奈川県警の連中か? 今回は珍しく連中の方からお前の声をかけてきたんだってな?」
「話と情報の発端は俺のほうさ。だが、実際の身柄確保の作戦の方はハマの連中の仕切りだ。ただそれがあんまりに酷くってよ」
そうぼやきながらセンチュリーは腕を組む。苛立ちの度合いが伝わってくるようだ。
「そもそも、おれがいつも追ってる武装暴走族の動きを調べててネタが入ったんだが、末端の数人が『今夜横浜で大きなヤマを張る』って吹いてたって言うんで、ハマの連中に協力してもらって話を聞こうとしたんだ。けど、こっちの所轄の少年捜査課の方ではかねてからマークしていたメンツだったらしくて、それならいっそパクろうって話になっちまった」
「任意も何もなしか」
「あぁ、裏付けも地取りも無しでタレコミの情報だけでガラを押さえるのはやりたくなかったんだが、横浜は俺たち警視庁の人間の縄張りじゃないからな。決定権はハマの連中の方にあるからおとなしくしてたんだが――」
そこまで話したところでセンチュリーは大きくため息を付いた。
「末端の下部組織の連中には違法サイボーグは居なかった。だが末端組織であるベイサイド・マッドドッグには広域組織がケツ持ちしているって話があるんだ。それでなくても最近は小規模な組織にも広域組織が支援の話を持ちかけて巧妙に支配下に取り込む事案が増えている。下部組織の子分連中がヤバイとなればケツ持ち連中が手を出してくる可能性は十分にあった。そうなれば一般の捜査員と俺だけではどうにもならない。事前に武装警官部隊に話をつけていつでも来てもらえるようにするのがセオリーだ。けどよ――」
「おつかいのお願いはしてなかったってわけか」
「あぁ、県警と所轄署の少年犯罪担当だけで処理する腹積もりだったんだ。案の定だ、派手な戦闘になっちまったんだ」
「無線で聞いた。銃撃戦にまでなったそうだな」
アトラスがセンチュリーに問えば、センチュリーは渋い顔で頷いた。
「ひどいもんだ。派手に打ち合った挙句、捜査員2名が負傷。警察車両も何台かオシャカだ。当初の捜査対象は4名だったんだが、あとから増えて最終的に7名になった。だが身柄を押さえられたのはそのうち3名、残りは綺麗サッパリ逃げやがった」
「逃走を許したのか。脚の早いお前らしくないな」
兄たるアトラスが諌めるようにしてするが、強い口調でセンチュリーは反論した。
「しゃあねぇだろ? 重戦闘が可能なレベルの違法サイボーグが混じってたんだ、明らかに〝俺〟対策で事前にしこんであったとしか考えられねえんだ。両腕の速射レールガンと、両足の放電兵器装置でガチで格闘戦でやりあう羽目になった。そいつの対処に手を取られている間に、軍用の煙幕装備と、無人運転車を使われて、包囲網を強引に突破されたんだ。死人が出なかっただけラッキーなくらいだよ」
「そうか――、で? その違法サイボーグは?」
「逃げられた。そもそも日本国内の犯罪者データーベースに一切乗っていなかった。全くの新顔だ。黒人系のルックスで、海外から密入国してきた可能性もある。そもそも武装のレベルが段違いだ。本当ならそう言う連中の出現を想定した布陣を引くんだが――」
「特攻装警が居るんだから、それで十分と思われたか?」
「あぁ、向こうの生活安全部の課長がやたらと俺のことを気に入ってくれてよ。信頼してくれるのはありがたいけど、腕前を高く買われるのも考えもんだぜ」
「まぁ、お前の言うことはわからんでもない。だが神奈川県警には俺達のようなアンドロイド警官は未配備だ。運用ノウハウが無い分、俺達がカバーするしか無いさ。しかし、よくそんなタレコミ情報が得られたな? 腕の良い情報屋でも抱えてるのか?」
アトラスの問いにセンチュリーは笑みを浮かべて答えた。
「そんなんじゃねえけど、前に非行や暴走行為やらでパクった連中からのタレコミだよ。組織の足抜け手伝ったり、社会復帰するのに受け皿になってくれる所探してやったりしてたら、マメに色々と口コミの情報流してくれるんだ。まぁ、カタギにもどったんなら無理すんなっては言ってるだがな」
センチュリーも職務柄、複雑な事情を抱えている若者や少年少女と向き合うことが多い。単に捕らえるだけでなく、社会で生きていく道筋を立ててやらないとまた犯罪事案の世界に舞い戻ることは珍しくない。
アトラスもその事はよく痛感している。そのアトラスの所属は警視庁の組織犯罪対策の4課、いわゆる暴対である。いわゆるヤクザはもとより、半グレ・ステルス・海外から流入してくる外国人マフィア。さらにはネットワーク社会で国境を超えボーダーレス化した国際犯罪事案にも関わることも多い。21世紀初頭、暴力団対策法の施行で表向き、一般社会から暴力団やヤクザの姿は見えなくなったと言われるが、実際には社会の地下に潜伏する事案が増えただけにすぎない。一見すると一般企業と犯罪組織とが区別がつかなくなってしまい、犯罪捜査がより困難になってしまったのだ。
さらには海外から極秘裏に流入してくるハイテク技術やサイボーグ技術の地下社会での氾濫により、違法武装化する犯罪組織が急増してしまい、生身の刑事による捜査では太刀打ち出来無くなりつつあった。
アトラスもセンチュリーも『捜査活動と対犯罪戦闘が同時に行える要員が欲しい』との現場からの痛切な声を日本警察上層部が聞き入れて生み出された背景があるのだ。
「しかし、それよりも兄貴――」
センチュリーが話の流れを変え、先を急ぐ様に兄であるアトラスの顔を見つめる。
「緊急の案件ってなんだ?」
















