Part24 静かなる男・後編/漆黒のステルスヘリ
それは調布飛行場から離陸した無灯火の漆黒の機体のヘリであった。
二重反転ローターの特殊静音ヘリ。ロシア製のカモフKa-226をベースとして大幅に改良されたモデルであり、特にエンジンとローターに徹底した静音化が施されていた。コレに加えて、ホログラム迷彩装置や、逆波形式電子消音システムなどを装備し、夜の闇に紛れてひっそりと飛び立ち、誰にも気づかれぬこと無く、作戦目的地域へと赴くことが可能である。
機体名『闇烏』、武装警官部隊・盤古東京大隊所属でありながら、武装警官部隊の中央指揮権から切り離されて独立行動を許可されている特殊な2小隊にのみ与えられた機体である。
機体開発発注者は警視庁公安部。運用しているのは武装警官部隊・盤古『情報戦特化小隊』
警察の中にありながら、警察ではない〝無法者の巣窟〟と呼ばれたセクションである。
その機体に搭乗していたのはパイロットを含め約8名、それに加えて他1名が同乗していた。
全員が盤古に与えられる標準武装タイプをさらにカスタムし、ステルス機能を大幅に強化した黒いプロテクターを装備していた。所持している銃器はHKのMP7で、4.7ミリ×33弾丸を使用し、小型ながら、大型拳銃並かつサブマシンガン以上の制圧能力を持つ小型軽量小銃だ。それにサイレンサーと小型暗視スコープを装備してステルス戦用にカスタムしている。
ヘリのパイロットシートに1名、残りが8+1名が後部キャビンに押し込まれるようにして乗機していた。そして機体の最後尾は観音開き式のハッチになっている。そこから隊員が空中投下か、ペラリング降下を行える仕様になっている。音もなく現れ、密かに潜入し、何処へともなく去っていく。その異常性は警察と言う法治組織の中でも際立っていた。
彼らこそは盤古『情報戦特化小隊』
法の傘から外れてあえて違法をなす事を道義とした社会にありえざる無法者の巣窟だったのである。
そこに彼は居た。特攻装警第4号機ディアリオ、彼は機体の最後部で圧倒的不利な呉越同舟を強いられていたのである。
@ @ @
ディアリオは戸惑いの中に居た。盤古とは何度も轡を並べている。ともに国家と市民を守る者として何度もともに協力しあった者同士である。だがこの場に居る彼らは根本から異なる。
会話、視線、ボディランゲージ、あらゆる者が近づこうとしない。交わろうとしない。
あるのはただ見えざる壁である。
彼らは情報戦特化小隊と呼ばれる。それ故にネット能力はかなり高いものがある。もし望むなら、ディアリオと極めて高度な情報連携を行うことも可能だろう。だがそれは望み薄だ。なぜならすでに三度ほど、強力な違法クラッキングを食らっているからだ。ディアリオの内部システムへの強引な割り込みを〝興味本位〟で仕掛けてきたのだ。
1度目は侵入を電脳防壁で遮断した。
2度目は警告として逆侵入をしかけた。
3度目は相手への処罰として、敵システムへのプログラム破壊をしかけた。
3度目の侵入への反撃で、約一名悲鳴を上げる者が居たが、それに対して誰も反応しなかった。『反撃されるものが悪いのだ』と言わんばかりである。
――なんて連中だ――
ディアリオは嫌悪感を持て余していた。あまりに剣呑で無作法な行為の連続に辟易するばかりだ。だが今は目的地に到着するまでは耐えねばならない。そして機を見て謎のベールに包まれた情報戦特化小隊の彼らの実態を掴まねばならないのだ。ディアリオは己の体内のセキュリティレベルを最高度へと引き上げる。同じ警察の人間に対してこのような事をしなければならないのはこれが初めてのことであった。内心、溜息をつくばかりである。
だが、その時である。
【 特攻装警体内通信システム 】
【 メッセージファイル送受信プログラム 】
【 >メッセージ受信 】
【 >暗号化形式:XXXXXXXX 】
【 >ファイル名及び、発信者名、ともに不明 】
そんな彼のもとに特殊暗号化ファイルが送信されてきた。送信元は不明。世界中の様々な匿名化サーバーを経由しているためだ。だがそのファイルの暗号化形式には心当たりがある。
――これは、情報機動隊の暗号ファイルフォーマット?――
微妙に暗号フォーマット形式が改変されているが原型となっているのは情報機動隊の物で間違いなかった。複合キーが不明だが、ディアリオの能力ではさしたる問題はない。
【 暗号化ファイル複合化作業開始 】
【 >復号キー逆推測 】
【 >推測復号キー、総当り適用スタート 】
ディアリオの体内にある5つのサブプロセッサー、その内の一つを駆使して暗号化ファイルを解読する。そしてそれは速やかに解錠された。その暗号化文章の内容を見てディアリオは困惑せざるを得なかったのだ。
〔 緊急極秘通信ファイル 〕
〔 発信者:スパングル 〕
スパングルとは黒アゲハの英名だ。公安4課課長の大戸島が好んで用いる匿名ハンドルネームである。
〔 Dへ 〕
〔 〕
〔 ベルトコーネ暴走の件について、FSB 〕
〔 から3件の極秘情報を抜き取っているが、 〕
〔 どこまで把握していた? 〕
〔 早急に返送せよ。 〕
異様な内容だった。確かに有明事件の際にベルトコーネの暴走の過去データを得るために、ロシア情報部FSBの情報ファイルをこじ開けたが、その事だろうか? ディアリオは素直にファイルを返送する。返送先は緊急時の手順としてあらかじめ定められていた、匿名送信手順に従った。情報機動隊内部で開発された分散送信式の特殊通信手順の一つである。
〔 発信者:D 〕
〔 スパングルへ 〕
〔 〕
〔 ベルトコーネの海外における暴走の事実 〕
〔 について3件の事例をハッキングした。 〕
〔 内容については暴走のトリガーとされて 〕
〔 いる条件についてで、ベルトコーネの主人 〕
〔 であるマリオネット・ディンキーが、他者 〕
〔 より攻撃や侮辱をうけたり生命的な危機に 〕
〔 陥った時に高確率で暴走する事がある。 〕
〔 この暴走事例が3件存在する事を把握し 〕
〔 ている。ただしその個々の案件内容までは 〕
〔 セキュリティ回避に対する猶予時間が切れ 〕
〔 たために詳細情報は入手できていない。 〕
〔 なお、後日の再アクセスには対策が行わ 〕
〔 れており再侵入には成功していない。 〕
それが事実だった。FSB内で秘匿されている情報を全て入手するためには余裕が無かったのは事実である。後日あらためて探ろうとしたがセキュリティレベルが上げられていて、到達は困難であったのだ。そしてそれを発信してから30秒ほどが経った時だ。再び暗号化ファイルが届く。送信者はもちろん大戸島である。
〔 緊急極秘通信ファイル 〕
〔 発信者:スパングル 〕
〔 Dへ 〕
〔 〕
〔 本件に関して英国より極秘情報が寄せら 〕
〔 れた。ロシア情報部との極秘取引により、 〕
〔 開示されたものだ。あの有明事件にてお前 〕
〔 が探ろうとしたFSB内部情報の物とほぼ 〕
〔 同一の物だと思われる。 〕
〔 詳細内容を別添付する。 〕
〔 そちらでも確認されたし。 〕
それは思わぬ知らせだった。
本来なら吉報と受け取るべきなのだが、ディアリオは脳裏の何処かでそれを凶報としか取れずにいた。ディンキー本人の死亡が確認されたことで極秘情報として秘匿し続ける意味が低下した事も関係あるのだろう。アレだけのリスクを覚悟して探った重要情報があっけなくもたらされた事に拍子抜けせざるを得ない。
だが、その内容がとてつもなく重い物であろうと言う予感はあった。あのロシアの情報部がトップシークレットを敷いた案件なのである。アンドロイドの単なる暴走案件でここまでのセキュリティが掛かるのは腑に落ちない物があったためだ。
ディアリオは慎重に暗号化添付ファイルを開封する。
だが、その実態に触れた時、ディアリオは驚愕させられる事となるのである。
――――――――――――――――――――――――――――
件名:
ロシア情報部FSB極秘案件情報
テロアンドロイド、個体名ベルトコーネ
ロシア国内における『破局的暴走』についての詳細データ
概要:
ロシア当局は個体名ベルトコーネの暴走的行動について――
①通常暴走と、②破局的暴走
――の2種類に分類していた。
この中でも〝破局的暴走〟が開始される時の条件は2つ存在する。
まず、ベルトコーネ自身が致命的なまでに破壊された状況にある事。致命的な状況にまで破壊されることで、短期間ではベルトコーネ自身本来の自我意識下では、自律的な行動が取れるまでに回復するのが困難、あるいは不可能である事が第1の条件となる。
次に、第1の条件が満たされている時に『ベルトコーネの骨格内』に設けられた特殊自己成長型ナノマシンによる『第2の頭脳中枢』が起動覚醒し、成長型ナノマシンによる自己修復機能によりある程度の機能回復が見込まれる事。
さらに、ベルトコーネの第2の頭脳は『自己の存在を守り存続させる事』を最終目標として、残存機能の全てを駆使して『自分以外全て』への無差別な破壊殺戮行動を開始する。
なお、ベルトコーネの中で通常活動する一般的頭脳の極度の激情状態により引き起こされるのが『通常暴走』であり、この段階ではベルトコーネ自身が通常概念的なレベルで沈静化すれば自然に収束する物であり、通常の警察・軍隊での装備概念でも十分に対処が可能であると、FSB当局では判断している。
だが致命的は破壊状況をもたらす『破局的暴走』は、ベルトコーネ本来の主頭脳を完全に除外し、自分以外の全てへの排除・破壊行動を発生させ破壊的戦闘行為をひたすら継続するための物である。そこには一切の情動的な手加減や仲間意識は存在せず、また特殊能力の使用程度についても抑止的判断は全く行われない。
さらに、体内制御プログラムなどが外部からのクラッキングなどにより喪失していても、骨格内の特殊自己成長型ナノマシンが、即座に機能代行を可能とする制御ユニットを、自己形成可能であり、ベルトコーネが持つ固有機能である〝質量慣性制御機能〟を、一切の制限なくフルパワーで行使する事が可能である。
この破局的暴走はテロ行為の最終的実行手段として、大規模破壊・大規模殺戮を目的としている。そのためロシア国内において発生した3件において、一件辺りにつき数千人規模の死傷者が発生している。これは国家の威信に影響がある事や、マリオネット・ディンキーのテロリストへの名声へと繋がりかねないため、その影響を考慮して、ロシア情報部FSBにおいて重要機密事項扱として厳重管理されている。
なお、最重要事項として『破局的暴走の停止条件』であるが――
ベルトコーネの所有者であるマリオネット・ディンキーの意思によってのみ行使可能である。ベルトコーネがその着衣に装備している『全身の拘束ベルト』をマリオネット・ディンキーの意思によって作動させることで、破局的暴走における最終的抑止としてベルトコーネの前進を完全拘束、ベルトコーネの全行動を不可能とするための物である。
しかし――
ディンキー本人がすでに死亡して居る現在、最終的抑止手段である『拘束ベルト』を作動させる手段が残されていない。(もしくは作動方法が解明されていない)
このため、現時点において破局的暴走が開始された場合、これを抑止・停止する手段はほとんど存在しない物と考えるべきである。
内部骨格内の第2の頭脳ユニットは、高機能ナノマシンより作動する機械式コンピュタープロセッサーによる自己推論ユニットである。一切の人間的な感情表現は存在せず、心理的コミニュケーションにより感情に訴えて暴走行動を抑止する事も不可能である。
なおFSBでは、通常暴走については重要度が低いと判断されており、情報の保存も公開も一切行われていない。
――――――――――――――――――――――――――――
ディアリオはすべての言葉を失った。
――う、嘘だろう?――
最終的解決手段が存在しないと言う事実。そして、一度破局的暴走が始まったならば、それを平和裏に食い止めることは不可能であるということ。
それはディアリオを驚愕させるには必要十分であった。多大な心理的ショックを与えて、動揺させるには必要十分であった。その心理的ショックを無言のまま押し殺すと、それを外面へと出さないためにある手段をとった。
それはアンドロイドでしか行えない非常手段である。
【 特攻装警身体システム統合制御プログラム 】
【 >頭部表情系インタフェース 】
【 ≫緊急介入処理スタート 】
【 ≫無意識/有意識感情変化 】
【 表情系自動連動処置強制介入 】
【 〔通常感情変化、完全遮断完了〕 】
それはある意味強引な処置だった。〝顔〟に現れる表情変化の一切をシャットアウトし、ポーカーフェイスに徹する。こうでもしなければどう言う対応をしていたか彼自身でも皆目自信がないからである。
そして何事もないかのように静寂を守りつつ思案を巡らす。
――ナノマシン集積体による機械動作式のコンピュタープロセッサー、すなわち通常の電子的コンピュタープロセッサーとは根本的な動作概念が全く異なり、外部からのハッキング介入が極めて困難な代物だ。だがまだまだ研究途上であり、現時点ではまだ学術機関での基礎研究レベルのはずだ。だが、なぜそんな物がベルトコーネの中に?――
そしてディアリオの思考はさらに進む。
――もしそれがベルトコーネの中に組み込まれているとなれば、通常的なアンドロイドとして内部動作システムへの攻撃や破壊は全く無意味だ! 骨格内に存在するという2次制御中枢を物理的に破壊する必要がある。だとすると事は一刻を争う。あの東京アバディーンではグラウザーたちとベルトコーネが鉢合わせているはずだ。そこに加えてあのエリアでは多種多様な犯罪組織や非合法集団が活動を続けている。どんな予想外の介入がベルトコーネに対して加えられているか検討もつかない。奴が行動不能回復不能となるような致死的攻撃が加えられて居ないことを祈るのみだ。それでももし破局的暴走へとつながる行為が既に行われてしまったとするならば――
ディアリオはポーカーフェイスのまま覚悟を決めた。
――一刻も早く、あの洋上都市に住む者たちを避難させるしか無い――
無言のまま待機し続けるディアリオ。そのディアリオに視線を向ける者が居る。
闇烏の機内、パイロットに次いで2番目に前方の席に座している盤古隊員で、特別にカスタムされた標準武装タイプのプロテクターを身に着けている。
この情報戦特化小隊の第1小隊隊長を示すエンブレムプレートがその左胸に取り付けられている。彼の名は字田 顎、2小隊合計18名存在する情報戦特化小隊を一手に束ねる男である。
「ディアリオ」
音程の低い電子ノイズ混じりの声で字田は話しかけてくる。天然の声帯ではない、電子合成された人工音声だ。
「ナニかあったカ?」
まるでロボットか旧時代にはやった音声合成ソフトのような声だったが、基本的な会話を行うには十分だった。その字田はヘルメットを外して襟元を開放している。古傷があるためあまり圧迫したくないためだ。
その喉にはまるで溶接で塞いだようなケロイド状の酷い傷跡がある。過去に燃焼系弾丸を食らった際に声帯を吹き飛ばされた傷跡であった。奇跡的に一命はとりとめたが肉声は完全に失ってしまった。そのためその喉の中に音声合成機能を有した人工声帯を埋め込んでいるのだ。それ以外にも顔面も傷だらけで両目をガーゴイルズタイプのサングラスで覆っている。左右の眼球もすでに人工カメラ眼化されている。爆発物処理に失敗して体の前面を大規模に失ったためである。その体はサイボーグのベースとしてもズタズタであった。
ディアリオは字田にこう答える。
「いえ、なにも。ただ少々手癖の悪い方が居られるようで」
感情的抑揚を押し殺した平坦な声。別にディアリオが字田に合わせたわけではないが、特別彼に迎合するつもりもなかった。感情を込める意味が無いだけである。
「スマンな、あとでよくキョウイクしてヲク」
まるで感情のないロボットと会話をしているようだった。そしてディアリオが隠した内心を見通しているかのようでもある。あまり深追いして会話をしたくない相手だ。ディアリオは会話を簡単に済ませることにした。
「了解」
そしてディアリオはとある情報について字田に問いかけた。
「ところで字田小隊長」
「ナンダ?」
「妻木大隊長がここ2週間ほど姿が見えませんが?」
盤古東京大隊の大隊長にして全ての盤古を束ねる男。妻木。彼は特攻装警たちとも深い信頼関係にあった。その彼の姿が見えず連絡も取れないのだ。作戦行動は妻木の部下である小隊長クラスが代行を行っているようだが、連絡すら取れないのは異様だった。
ただそう言った重要情報について、この字田と言う男が素直に答えるとは到底思えなかったが、聞くだけ聞いてみることにする。そして字田が口を開かずに喉の音から電子音声を響かせた。
「妻木ダイ隊長は出向中だ。陸上自衛隊にて特別研修を行ってイル。現ザイ、小隊長クラスが持ち回りデ代行中だ」
字田は以外にも素直に答えてきた。驚きつつもその内容には納得するしか無い。
――自衛隊で特別研修? 有明事件で多大な殉職者を出したことへのペナルティか?――
特別研修の理由はなんとなく解る気がしたが、それをよりによってなぜこのタイミングの時に行うのだろうか? 疑問は尽きぬが字田に対して交わした言葉はそれで終わりだ。字田もそれ以上は問い詰めてはこなかった。再び機内に沈黙が訪れた。あとは目的地まで待つのみである。
















