Part23 静かなる男・前編/気配
それは全くの人形と化していた。
意識薄く呆然とし、糸に吊るされた人形のごとく全く動かなかった。それはすべての抵抗を止めていた。自らの力の証明であったものを奪われたがために。
哀れなる人形――その名はベルトコーネ。誰の目にも悪運尽きたかに見えていたのである。
「よし、そっちから降ろせ。それともうすこし足をぎっちり縛ろうぜ」
「はい」
センチュリーとグラウザーが作業している。無力化されたベルトコーネの回収準備作業である。あとは支援要請の結果到着するであろうヘリや警察車両により所定の場所へと搬送するだけだ。足を手を胴体を完全かつ幾重にも縛り上げ身動きできなくする。万が一の抵抗を想定して手首と手足の筋に相当する部分を切断しておく。不本意では会ったが、肩と股関節にも対アンドロイド仕様の徹甲弾を何発も打ち込み破壊する。そして動く事すら不可能な状況にして抵抗の可能性を完璧に封じるのだ。
「兄さん、足の固定終わりました」
「よし、俺の方も手足の主要関節の破壊完了だ。いくらこいつでもここまでやればもう大丈夫だろう。まぁ――」
センチュリーは少し苦虫を潰したような表情を浮かべる。
「本当は完全にバラバラにしちまった方が良いんだがな」
「えぇ、そうですね。でもどうしてだめなんです?」
ベルトコーネの厄介さを嫌というほどに味わっている2人にしてみれば、これでも安心できないくらいだ。だが、そうできない理由が有るのだ。
「こいつにはICPOにも世界各国から多数の情報提供要請が寄せられている。たとえ残骸からでも良いからなんらかの情報を引き出したい国はいくらでもあるんだ。然るべき検査を終えないと処分できねーんだよ。めんどくさいけどな」
「国際協力って事ですよね?」
グラウザーはベルトコーネを安易に破壊できない一番の理由を察した。その言葉にセンチュリーは頷いた。
「あぁ、犯罪捜査は国際協力あって初めて成立する面もある。国際テロならなおさらだ。個人の判断ではどうにもならない事はいくらでも起きるさ。さて、それじゃこれで一段落だな。向かえを待つとしようぜ」
「はい」
2次アーマーを身に着けたままのグラウザーが頷く。そして休憩すべくメットを外そうとする。だがそれをセンチュリーが左手をかかげて静止した。
センチュリーが周囲の様子を警戒している。グラウザーもほぼ同時に周囲を見回していた。
何かが居る。誰かが居る。だがそれが誰かがわからない。センチュリーが呟く。
「センサーで検知できねえ」
そのつぶやきを耳にして、兄の代わりにグラウザー周囲をセンサーでサーチする。幾つかのセンサーを行使したが微かながら反応が帰ってきた。
【 光学センサー:シグネチャーフィルター 】
【 > 反応なし 】
【 音響センサー:外界自然雑音解析 】
【 > 対人ノイズ、機械ノイズ 】
【 周囲存在物体との異変検知できず 】
【 電界電磁波ノイズセンサー 】
【 > 極めて微弱ながら反応有り 】
【 推測稼働機器〔小規模電子機器〕 】
【 >ただし 】
【 ノイズキャンセラーの作動痕跡あり 】
その解析結果を小声で兄に伝えた。
「兄さん」
グラウザーの囁きに微かな動きで反応してみせる。
「殆どのセンサーに反応結果ありませんでしたが、極めて微小な痕跡レベルで電子機器の作動が確認されました。ただしノイズキャンセラーが働いているので僕以外にはまずわかりません」
今のグラウザーは2次アーマー体を装着している。アーマーに備えられた高感度センサーがあるがゆえの解析結果であり、センサー機能が一世代前のセンチュリーでは判別不能であった。それはセンチュリーにも解ることだ
「電子機器?」
「例えばそう、義肢や義足の動力機構とか」
「ホログラム迷彩は?」
「使われているでしょう。無音化装備も使用されてます」
「それじゃまるで――」
「アメリカかロシアのステルス装備準拠の対機械化戦闘チームですよ」
「まじかよ?」
2人の胸中に不安がよぎる。まだ戦いも事件も終わりではない事を突きつけられていた。
互いに背中合わせに立ちながら周囲に視線を配り続ける。周囲の存在というのが何者なのか? それが判別できない状況では警告すら発することもできなかった。
「くそっ、やっとコイツを運び出せる目鼻がついたってのに!」
「それですよ」
「あ?」
センチュリーの発した愚痴に何かを感づいたみたいにグラウザーが告げる。
「ベルトコーネの残存ボディを狙ってるんでしょう。これがほしいヤツはいくらでも居るでしょうから。仮に直接利用するアテがなくても、いくら手間賃を払ってでも横取りしたい連中は居るはずです」
「依頼されている可能性か」
「えぇ」
「それなら心当たりがあるぜ。ディンキーの爺いに南本牧で恥をかかされた緋色会の連中だ。やつらなら自分のメンツを保つためにも、ディンキー本人が無理でも、ベルトコーネを手に入れようとするだろうさ」
「でもそれだと――」
グラウザーはセンサー感度を最大値に設定しながら兄へと疑問を語った。
「緋色会が軍隊並みの戦闘部隊を持っていることになります。連中なら配下の武装暴走族を送り込むはずです。緋色会直下の実行部隊は聞いたことがありませんから」
緋色会はとにかく地下潜伏を最優先する。足がつきやすくなる直下部隊は動かさない。直接の実行部隊を持っていると言う話はまず聞かない。だがそれを否定したのがセンチュリーだ。
「いや、一つだけ有る。緋色会直下の戦闘部隊がな。俗称『鬼七』――少数精鋭だが凄腕で犯罪組織同士の抗争にのみ現れる。兄貴は三度ほど遭ったそうだ。俺も一度だけ遭遇したことがある」
「え?」
さすがのグラウザーも驚きの声を上げる。経験はまだまだ浅いグラウザーだが、首都圏の犯罪組織事情には一通りの知識を身に着けていただけあって、予想外のデータに驚いた形だった。
「でも〝連中〟がこう言う状況で顔を出すとは考えられねえ。奴らは存在自体を悟られないからこそ緋色会直下の実行部隊足り得るんだ。だからコイツらは――」
「依頼を受けた〝代理人〟――?」
「おそらくな。それも俺たちにはまだ知られてないつながりだろうぜ」
迂闊な動きができない場所で周囲への警戒を最大レベルにしていたその時だった。
――カラン――
崩れたコンクリート塀からコンクリートの欠片が転がった。そちらへとグラウザーの意識が向いた瞬間である。
















