Part22 過去の記憶/新谷と協力者
警視庁の庁舎から一台の一般車両が走り出す。近衛が個人的に協力をとりつけている外部協力者だ。警察の現場諸活動に携わる人間であるならば、個人的なコネクションを有してそれを日々の業務に生かしている事は決して珍しくない。
ましてや捜査畑や暴対へと席を置いたことのある近衛である。犯罪捜査の最前線を切り抜けるために情報屋や内部協力者と言った様々なつながりを豊富に有しているのは疑い用のない事実である。
近衛は警察には似つかわしくないピンク色のリッターカーの後部席に乗り込むと、一路、市ヶ谷へと車両を走らせていた。後部席から運転席へと問いかける。
「渥美さん。いつもお手を煩わせて申し訳ない」
問いかける先は運転席の人物だ、だが運転席のその女性は屈託のない笑顔で答えてくる。
「そんな、いつも言ってるじゃないですか。困った時はお互い様だって。あたしらだって仁さんにはちょいちょい助けてもらってるんですから。おかげさまで堅気になってなんとかかんとかやってけるのも旦那があってのことです。危ない橋の一つや二つ、いくらでも渡りますよ」
「そう言っていただけるとありがたい。今回ばかりは時間的に余裕がない上に、身内が敵になっているもので」
その車のハンドルを握っているのは、和装姿の妙齢の女性だった。まるで深川あたりで芸者でもやっていそうな物腰の女性だった。髪の毛を結い上げた姿は和の心其の物だ。ただ切れ長の瞳は鋭く、その人がいくつもの修羅場をくぐり抜けている事を如実に表していた。
「それはそれでまた難儀な事ですよね。同じ日の本の国を収める公僕だってぇのに」
「いや、本当にお恥ずかしい」
「しかたありませんよ。強い力を持った男衆が雁首揃えたら、だれが天辺取るかを競うのは本能みたいなもんです。でも下々のあたしらからしたらやっぱり、旦那みたいな人に頑張ってもらわないとねぇ」
渥美と呼ばれた女性は皮肉を込めつつも、近衛を褒めるような言葉を送る。そして落ち着き払った声であらためて訪ねた。
「それで行く先は市ヶ谷でいいんですね?」
「はい、市ヶ谷駐屯地の裏手でおろしてください。そして要件を済ませたあと、さいたま市へと向かいます」
「わかりました。そいじゃことが済むまで適当に流してますんで電話してくださいな」
「えぇ、それで結構です。この埋め合わせはいずれ」
近衛がそう言葉を漏らせば、渥美と言う女性は口元に微笑みを浮かべた。
「期待してますよ。旦那」
そんな大人のやり取りがかわされる中で、近衛のスマートフォンが背広の中で鳴り響く。それを取り出しながら通話を始める。
「私だ――、そうか――わたしももう時期到着する。ヘリを千葉から回す――たのむぞ」
言葉少なに要件を済ませると、あらたに別な場所をコールした。
「私だ。ヘリを出せ」
言葉はシンプルだが、行動のトリガーとしては十分だった。そしてさらにもう一箇所へとショートメールを飛ばす。
【発信者:近衛仁一 】
【受信者:大石拳五、小野川利紀 】
【宴会準備完了、 】
【来賓を向かえて現地にて集合のこと 】
一見ふざけた内容だが近衛なりの暗号として韻を踏んだつもりである。先方へ送信意図は伝わるだろう。
「これで準備は整った。あとは間に合うかどうかだ」
近衛は一人つぶやいた。仕掛けられる仕掛けはすべて張り巡らせた。そして、引ける引き金を一つづつ引くだけだ。
近衛を乗せた車が市ヶ谷の地へと走り去ったのである。
















